第六話 隠れ里
誠が山小屋を建てた場所は周囲を深い森に囲まれており、いわば隠れ里のような立地だった。
山小屋の周囲だけ開けており、裏には花崗岩質の露頭と、その壁面からの湧き水でできた小川が流れている。広場の一部には竹林が茂っていた。
山小屋での翌朝、家族で簡単な朝食を摂った後、志乃《母》から説明を求められた。
「誠、昨日使っていた不思議な力について話してもらえるのかい?」
「うん、家族には打ち明けておいた方が僕も色々やりやすいし、そうするよ」
「父さんも、乙姫の尋常じゃない加工の精度や、やくざ者との立ち回りから薄々気づいていたから、そう深刻にならず軽い気持ちで教えてくれるかい?」
「ありがとう……父さん。実は僕ね、物に触らずに動かしたり、切ったりできるんだ。乙姫もほとんど、この異能で作ったようなものだよ」
「お兄ちゃん、めちゃくちゃ便利じゃん」
「他にはね、水の温度も変えられるんだ。例えば、お湯だって念じるだけで沸かすことができるんだよね」
「お湯が必要な時は誠に頼めばいいのね」
「そういうこと。いつでも頼ってくれていいよ、澪姉さん」
「やくざ者や野武士から斬りつけられても無傷だったのも、そうなのかい?」
「うん、力場っていうか……透明ですごく硬い膜みたいなもので体を覆うイメージかな」
「なに、お兄ちゃん、無敵じゃん」
「いや、全然そうでもないよ。例えば、この異能がバレれば世間からは気味悪がられて村八分だろうし、戦国武将が軍勢で寝る間もなく攻めてきたら、討伐されるのは時間の問題だよ」
「なんだ、全然ダメじゃん」
「でも、普段生活する分には便利な力だと思うよ。ここの山小屋も異能で作ったし」
「誠、知らせてくれてありがとう。母さんもだいたい分かったわ。皆、いいかい。誠から聞いた話は他言無用だよ」
「わかったわ」
「しょうがないから、秘密にしておいてあげる。その代わり私のお願いを聞いてよね」
「お兄ちゃん、紬のお願いなら全力で聞いちゃうよ〜!」
「……」
「じゃあ、次は僕から。山小屋の説明をしたいのだけど、いいかな?」
家族一行をひきつれて、昨夜案内できなかった部分を説明していく。
「まず、部屋割なんだけど。書斎は父さんと母さんの仕事部屋に、寝室はふたりの寝室として使ってもらって、作業部屋は僕専用の工作部屋、客間は僕と澪姉さんと紬の寝室にするっていうのはどうかな」
「母さんと父さんは文句ないわ……いいわよね? あんた」
「父さんも賛成だ」
両親は納得してくれたが、紬は今にも不満が爆発しそうな顔をしている。
「なんで、こんなに広いのにお兄ちゃんと一緒に寝ないとダメなの? 絶対にイヤ!」
「え〜」
「誠、わたしも一人の部屋がほしいわ」
「お兄ちゃん、わたしも一人部屋がほしい! お兄ちゃんは茶の間でいいでしょ!」
「もう〜、仕方ないな。じゃあ、とりあえず澪姉さんが客間で、紬が作業部屋でいいかい? そのうち、一人一部屋当たるように山小屋を増築するから、それまで我慢して」
当面の部屋割が決まったので、屋外の施設を案内する。
まずは昨夜は暗くてよく見えなかった厠からだ。
「昨日詳しく説明できなかったけど、この厠は水洗式なので臭くないし、清潔です!」
「誠、床の下を常に水が流れているのね」
「そうなんだ。さらに、用を足した後に外のため池の水門を開くと水が大量に出るから、大きいのもしっかり流すことができるよ」
「誠、排水の行き先はどうなっているんだ?」
「父さん、よくぞ聞いてくれました! 排水は沈殿池に一旦貯めて、上澄みは森のなかに流れるようにしてるんだ。沈殿池はそんなに深くないから、定期的に底にたまった肥を外に掻き出して肥料にしようと思ってる」
「その作業は誠と父さんがやってくれるのよね」
「できれば家族皆の交代制にしたかったのですが……」
「ダメに決まってるじゃん。女に汚い仕事させないでちょうだい!」
「誠、できれば私も遠慮したいわ」
「母さんも父さんに任せることにするわ」
「「……」」
気を取り直して。
「次は風呂の説明ね」
「今あるのは蒸し風呂なんだけど、異能がバレちゃったから、今晩までに浴槽式の風呂を作っておくね」
「え、うち専用のお風呂があるの?」
志乃が驚くのも無理はない。もとは京の都の大店の娘で家に風呂があったらしいが、駆け落ち同然で惣兵衛に嫁いでからは貧乏暮らしが続き、せいぜい桶に張った湯で体を拭く程度であったからだ。
水路もすでに浴室内まで引っ張ってきているので、工事はすぐに終わるだろう。
「とりあえず、今ある設備はこんなところかな。小屋の増築はもう少し待ってね」
「誠、敦賀の借家と比べると随分ぜいたくな暮らしができそうで、母さん、びっくりしたわ」
「家にお風呂があるのは嬉しいわ、ありがとう……誠」
「お兄ちゃん、やるじゃん」
「ちょっとは見直してくれたかな? ご褒美にチューしてくれたら、お兄ちゃん嬉しいな〜」
「……」
「じゃあ、荷物の整理や部屋の片付けもあるだろうから、一旦夕方まで解散ということで」
家族は昨夜に運び込んだわずかな荷物をほどいて、山小屋のそれぞれの部屋の片付けに戻っていった。
残った誠は、花崗岩の露頭をくり抜いて作った浴室の壁面に向き合った。数人が入れるだけの広さがあるため、天井はあらかじめアーチ状に整え、要所には太い岩の柱を意図的に残してある。
サイコキネシスの力場を壁の一角に集中させ、結晶の粒界に沿ってゆっくりと岩を剥がしていく。掘り出した破片は力場でまとめて外へ運び出し、こうして出来上がったのは、一人用の小さな浴槽だ。狭いようだが、順番に浸かれば一家で使うには十分だろう。
「さっそく湯を張って実証実験してみるか」
浴室には露頭壁面から湧く地下水を上水道として既に引き込んでいるので、その水路を余った部材で延長し、浴槽まで引っ張ってきた。
「水も十分貯まったので、沸かすとするか」
温度調節の必要があるので、誠は手を水中に入れて異能で湯温を上げていった。
「こんなもんか。早速入ってみるとしよう」
浴室には脱衣所が仕切りで設けられている。そこで衣類を脱いで湯船に浸かる。
「うおー! 感動だ〜。転生してから初めての風呂だよ! ここまで一年近くかかったな。結局サウナ風呂は準備が面倒だから一度も使わなかったしな。最初から浴槽式にしておけばよかったぜ」
「あー! お兄ちゃん、一人だけズルイ! お姉ちゃんとお母さんを呼んでくるから、その間に上がっておいて!」
妹よ……理不尽すぎやしないかい?
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その晩、夕食を食べながら誠は考え込む。
桔梗屋と完全に敵対してしまったので、大っぴらに敦賀に買い出しに行くのは無理だろう。当面必要そうなものは誠が買い出しに行くようにして、将来的には自給・自作できるものはここで作れるようにするのがベストだと考える。
「衣食住のうち、住はOKで、食も狩猟生活でギリギリなんとか、衣がちょっと厳しそうだな」
となると、次は衣類を自作できるようにするのがミッションになりそうだ。
一方で、桔梗屋一派が攻めてくることも想定しなくてはならない。
「防衛戦力の強化も必須だろうな」
追われる身のままでは、澪や紬の嫁ぎ先を見つけるのも絶望的だろう。
「携帯ウォッシュレットなんて作ったせいで、歴史の矯正力で消されようとしてる? いくらなんでもハードモードすぎるだろ」
誠は十三歳にして街から追い出され、山奥で自給自足の生活を余儀なくされてしまった。




