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博士転生〈戦国時代にユートピアをつくる〉  作者: ビアンコ
乙姫編

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第五話 追撃

誠一家は夜明け前に軽い朝食をとり、誠が山中に作った山小屋を目指して敦賀の街を離れた。


それぞれが背負子と仕込み刀の杖という装備で、誠だけが愛用の弓を背負子の側面に固定している。


一行の中でひときわ重そうな背負子を担いでいるのが惣兵衛だった。中身はこの数ヶ月の商いで儲けた金子である。銭のままではとても持ち出せる量ではなかったが、志乃の実家である京の大店に頼んで敦賀の廻船問屋への紹介状をしたためてもらい、まとまった儲けが出る度にこつこつと砂金へ両替してきた。おかげで、今こうして惣兵衛の背負子ひとつに収まっている。


「大家さんには家賃を前払いしているから迷惑かけないと思うけど、やくざが壊した家具の代金はそのうち支払いに行かないといけないねぇ」


志乃が申し訳なさそうに言う。


「ほとぼりが冷めたら僕がちょっと行ってくるよ。ふみは父さんが書いてよ」


「誠が行かなくても、代金も文といっしょに誰かに配達してもらうことにするよ。その方が危なくないしな」


「誠、つけられてる」


澪が誠に小声でささやく。


「え! 何人くらい?」


「わからない。見える範囲にいるのは3人くらいだけど…時々入れ替わっているみたい」


「澪、もっといるわ。殺気をいろんな方向から感じる」


志乃が澪の情報を補足する。


「街の中では仕掛けてこないようだな。誠……どうする?」


「開けた場所で大人数に囲まれたら勝ち目ないから、怯えているふりをして山の中まで誘導しよう。たぶん、行商人だからって油断していると思う」


「お兄ちゃん……怖い」


紬が怯えて袖を掴んでくる。


「紬〜大丈夫だよ。お兄ちゃんが守ってあげるから。心細いならお兄ちゃんが抱っこしてあげようか?」


「絶対ヤダ」


山道に入り、一家の隊列は先頭から誠、澪、紬、惣兵衛、志乃という並びになった。


30分ほど歩いて街からかなり離れたころ、追跡者たちが姿を現した。


人数は20人。前後から一家を挟み込む形に布陣する。野武士のようだ。


装備は統一性がなく、胴丸や腹巻、陣笠などを装備している者が半数程度、軽装の者でも鎖帷子くらいは着用している。


「こりゃ、母さんでも苦戦しそうな相手だ……こんだけ防具着込まれちゃな」


敵の武装を見て、誠が呟く。

武器は日本刀と槍で、弓を装備していないのが不幸中の幸いだった。

リーダー格の野武士が、後方からおもむろに現れる。


「悪いが男は皆殺し、有り金は全部頂く。女は生け捕りだ」


少しでも情報を引き出そうと、誠は駄目元で野武士に話しかけた。


「あの〜! 僕を殺したら『乙姫』を作れる人がいなくなるけど、それで良かったの?」


「桔梗屋から金だけ奪って殺すように言われている。残念だったな、坊主」


「オジサン! 最後に家族で相談する時間を少しもらってもいいかい?」


「わかった、わかった。武士の情だ。少しだけ待ってやるよ。家族に別れの挨拶でもしてきな」


圧倒的な数的優位を疑っていないのか、リーダー格の男に気負った様子は欠片もない。


家族会議が始まる。


「誠、どうするよ?」


「まず、僕が弓で敵の数を減らすから、それまで持ちこたえてくれるかな。母さんは父さんを、澪姉さんは紬を守ってくれると助かるよ。僕の護衛はいらないから」


「誠、本当に大丈夫なの? 私が守ってあげようか?」


(澪姉さんは優しいなぁ。紬にも見習ってほしいものだ)


「じゃあ、もし姉さんに余裕があったらお願い」


誠は皆の顔を見回して続けた。


「矢が尽きたら僕が敵の中に切り込むから、母さんと姉さんは隙を見て敵の数を減らしてくれたら助かる」


「わかったわ」


武装した野武士に囲まれて、さすがに家族の顔色は悪い。

紬なんか、この世の終わりのような表情をしている。


「もう、皆そんなに心配しないでよ。ツキノワグマに襲われるのと比べたら楽勝だって」


「お兄ちゃん…笑えない冗談を言うのやめてくれる」


話もまとまった頃、野武士の首領から催促の声がかかる。


「おーい! 坊主、話は終わったか?」


周りから野武士の下卑た笑い声が聞こえる。


「うん! じゃあ、僕もせいぜい悪足搔きさせてもらうとするよ」


「坊主、せいぜい楽しませてくれよ!」


野武士のセリフに、周りも大声で笑い出す。


「こりゃ、完全に舐められてるな」


誠が弓矢を構えると同時に、戦闘が開始した。


野武士は完全に油断していて、家族が怯える様を見て楽しんでいるようだ。おそらく桔梗屋からやくざ者たちが撃退された話を聞いていないのだろう。


誠はサイコキネシスを発動し、矢にまとわせた力場を高速回転させると同時に、一発目を放った。


放たれた矢は敵のリーダー格の胴丸の心臓部分を貫通し、そのまま後ろにいた二人の野武士の胴体にも直径5cmほどの穴を空けて貫通、その背後の樹木を爆散させてようやく止まった。


「敵の首領を最初に潰すのは戦略の基本だよね」


(小声で独りごちながら、誠は次のターゲットに狙いを定め、矢に力場を纏わせる。)


出だしにリーダーを討ち取られた野武士たちは、樹木が爆散する轟音で感覚が麻痺し、状況がまったく理解できていないようだった。誠は、敵が呆気に取られているうちに槍持ちの野武士を優先的に狙い、数を減らし続けた。


「槍が相手だと、仕込み刀の母さんや姉さんじゃ不利だから、先に潰させてもらうよ」


矢の残数も少ないので、初撃のように同一射線上に並んだ敵を貫通させて同時に討ち取りたいところだが、相手も警戒しているのか、そう都合良くはいかなかった。


しかし、誠の奮闘の甲斐あって、矢が尽きた頃には野武士の数は7人まで減っていた。


「矢のストックが8本しかなかったから仕方ないか……猟ではそんなに使わないからな」


誠は仕込み刀を抜刀し、敵陣に切り込んでいく。


ここにきてやっと正気に戻った野武士たちは、誠を見て口々に叫ぶ。


「ガキは矢を打ち尽くしたぞ、取り囲んで嬲り殺しにしろ!」


「トドメを刺した奴が次のかしらってことでいいんだよな!」


「よっしゃ、早いもの勝ちだぜ!」


力場で防御を固めているので、敵の攻撃は誠にはまったく届かない。

刀にも力場を纏わせているので、胴丸の上からでも豆腐に箸を差し込むように簡単に心臓を一突きできた。


「今回は、敵に僕の異能がバレる可能性が高いから、全員討ち取る必要があるな…もし噂が広まったら社会復帰は確実にできないだろうし、下手したら討伐対象だよ」


誠は小声でボヤきながら、一人また一人と討ち取っていった。


志乃と打ち合っている野武士も、誠の先制攻撃ですっかり動揺してしまい、実力が発揮できていないようだ。


志乃は、敵が鎖帷子で武装していない顔面に狙いを定め、隙を見ては突きを飛ばしている。数瞬の後、突きが脳組織まで達したのか、相手は絶命した。


「お姉ちゃん! あいつら、こっちに向かってくるよ!」


敵も誠には敵わないと思ったのか、澪や紬を人質にとろうと戦略を変えたようだ。だが、家族に近づこうとする野武士に対しては、誠が刀から力場を飛ばして頚椎を粉砕した。周りからは、誠が斬撃を飛ばしているように見えた。


「お兄ちゃんって、あんなに格好良かったっけ?」


「紬、馬鹿なこと言ってないでちゃんと刀を構えなさい!」


「お姉ちゃん、分かってるって。そんなに怒らなくてもいいじゃない」


誠は全員を討ち取ったことを確認して、家族のもとに戻った。


「みんな、怪我はないかい?」


「誠こそ、大丈夫なのか?」


「うん、僕は平気だよ」


「ほんとにお兄ちゃんだよね? すごく格好良かったんだけど」


「えっ、ホントに! じゃあ、ご褒美にチュ〜してチュ〜」


「やっぱ、お兄ちゃんだわ……」


「誠、助かったわ。あんた強かったのね。私があんたの姉さんじゃなかったら惚れてたわよ」


「そう言ってくれるのは澪姉さんだけだよ」


当面の危機から脱した安心感と、極度のストレスでハイになっているせいか、家族から軽口が出るようになった。


「皆は少し待ってて、野武士から刀を回収してくるよ。金物は貴重な資源だからね」

「お前、あんな重い物をどうやって運ぶつもりだ?」


「父さん、大丈夫だって。伊達に猟で鍛えてないから!」


回収できた刀は全部で13本、相当な重量だ。しかし、誠はサイコキネシスでズルができるので、野武士から剥ぎ取った布で紐を作り、背負子にくくり付けた。


「お兄ちゃん、死人から物を分捕るなんて…なんか外道そのものだよね」


「紬〜、これはれっきとした迷惑料だから。お兄ちゃん、これっぽっちも悪事なんて働いてないよ!」


「必死に誤魔化してる…」


紬はストレスで顔が青いままだが、無理に明るく振る舞っているようだ。


一方で、一家の司令塔である志乃は冷静に状況を観察し、分析していた。


「誠、あんた、その力……」


母である志乃は息子の異能に気づいたのか、途中まで言いかけて口籠った。誠ももう、これ以上は異能のことを秘密にしておけないと悟った。


「母さんにはバレちゃったか……山小屋についたら全部話すよ。とりあえず、今はここを早く離れた方がいいと思う。それと、また襲撃されては敵わないから、尾行がいないかだけは皆で気をつけてもらえるかな?」


「わかった。まずは誠の山小屋へ急ごう」


襲撃に遭った恐怖からか、家族の歩みは速い。


一刻も早く安心できる場所に避難したいのだろう。さらには精神的なストレスが限界に達していたせいか、山小屋まで移動中は終始無言が続いた。


途中から山道を外れ、深い森に入る。樹冠の高い木々が延々と続く森だ。

樹冠が日光を遮っているせいか下草はあまり生えていないが、似たような風景が続くので、目印でもないと遭難は避けられない。


誠はおもむろに、懐から方位磁針を取り出した。

これは日課の狩猟や釣りで川に行く用事があるとき、砂鉄を含む川底から根気よく磁鉄鉱を探し続けた成果だった。磁鉄鉱さえあれば、方位磁針は比較的簡単に自作できるのだ。


紬が物珍しさから興味を持って聞いてくる。


「お兄ちゃん、それ何?」


「これはね、東西南北が分かる道具だよ」


「お兄ちゃん、また適当なこと言ってる」


「ホントなんだって〜。紬〜、信じて〜」


「お兄ちゃんの言うこと、信じられるわけないじゃん」


森の中に入ってからは、方位磁針で方向を確認しながら尾行を警戒しつつ、不規則に進路を変えて移動した。


(もし尾行がついていたとしても、これで完全に撒けたと思う)


しかし、かなりの遠回りになったので、山小屋に到着したころにはすっかり日が暮れていた。


「暗くなっちゃったけど、尾行を撒くにはちょうどよかったかもね」


「お兄ちゃん……もう私疲れた」


「紬……よく頑張ったな。ナデナデしてあげる」


「うっとうしいから、ヤ・メ・ロ」


暗い中、山小屋に家族を案内し、ロウソクに明かりをつけた。


「誠、ここって敦賀の借家より広くない?」


「さすが澪姉さん、こんなに暗くてもわかるんだね。今日は疲れているだろうから、明日詳しく説明するね」


「期待しているわ」


「今日は遅いし暗くて危ないから、厠と水飲み場だけ案内するね。皆、着いてきて」

まずは炊事場まで引いた上水道から案内した。


「誠、これ、家の中まで水路を引き込んでいるの?」


「そうだよ、母さん。これから水を汲みに行く必要はなくなるから、楽ができるよ」


「すごーい! 新鮮な水が飲み放題じゃん」


「紬に喜んでもらえて、お兄ちゃんは満足だな」


次に、山小屋の脇に設置した水洗トイレの場所へ案内した。さすがに暗いので、トイレが水洗なのには誰も気付かなかったようだ。


必要最低限の案内が終わったところで、夕食タイムだ。山小屋の炊事場には、誠が小遣いを貯めて買った鍋など、生活に必要最低限のものが揃っていた。夕食は茶の間で取ることにしたが、茶の間には誠の趣味で囲炉裏まで設置されており、今回は囲炉裏の上に吊るした自在鉤に鍋をかけて、薪で煮炊きすることにした。


ちなみに『乙姫』で儲かって増額した誠の小遣いは、ほとんど山小屋のこういった設備の購入に使ってしまい、誠の懐には金がほとんど残っていない。


夕食の食材は、引っ越しの時に携帯してきた乾飯と、移動中に山中で採取してきた山菜、誠が山小屋にストックしていた干し肉で、調味料は志乃が敦賀から持ってきた味噌だ。これらを鍋に入れ煮込んで夕食とした。


空腹と極度の疲れで、食事中は皆、無言である。

今日初めて温かいものを腹に入れて、やっと家族の皆も落ち着いたようだ。腹も膨れて緊張が解けたのか、睡魔が襲ってきた。


ちなみに寝具も、藁の上にボロの麻布を被せただけの粗末なものだが、家族全員の分を誠は用意していた。


それでも、今日一日を生き延びたことに感謝して、皆は深い眠りについた。

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