第四話 襲撃
敦賀の大店の一つである桔梗屋も『乙姫』を真似た商品を作ろうとした口だ。かなりの資金を職人に投じて作らせようとしたが、ピストンやネジの加工は『乙姫』よりも数段劣ったものしかできず大損しているので面白くない。
「源七はいるかね!」
「へい!大旦那様」
源七は桔梗屋に仕える用心棒だ。身長180cmのがっしりした体型の中年男で過去のことを知るものは少ない。無口な男で、もとは落ち武者だったというのがもっぱらの噂だ。
「明日、『乙姫』とかいう商品で商いしている惣兵衛という奴の家まで行くので、一緒についてきておくれ」
「わかりやした」
「明日はほんのご挨拶だけだから、荒事にはならないと思うけどね」
桔梗屋はこれまでも敦賀で新興の商人が現れる度に政治力や暴力で尽く潰してきたのだ。自分の手は決して汚さないが手段を問わずにかなり非道なこともやってきている。
街のやくざ者との繋がりも深いし、背後には野武士の戦闘集団もいると噂されている。
「出る杭は叩いておかないとね」
翌日の昼過ぎに誠一家のもとに、桔梗屋と用心棒の源七がいきなり訪ねてきた。
狭い借家住まいなので子供3人は庭に出て、惣兵衛と志乃の2人が接客にあたる。
「私は敦賀で商いをさせてもらっている桔梗屋というものだがね。今日はあんたの所の『乙姫』のことで相談があってきたんだよ」
「はあ、これはどうも…で…どういうご要件でしょうか?」
「いやね、『乙姫』をこれから私の所にだけ卸してもらいたいのだけどね。卸値は売値の1割でどうだい?」
「桔梗屋の旦那、御冗談を言わないで下さいよ。そんなことして此方に何の得があるのですか?」
「そちらさんに得はないだろうけど。こっちの言い分を聞いてもらわないと、良くないことが起こるよって、今日は警告に来てやったんだよ。もし、気が変わったなら何時でも私を訪ねてきておくれ」
「….」
「じゃあ、今日はここらで失礼するよ」
桔梗屋が帰った後、家族会議が始まる。
狭い借家なので、誠たちにも桔梗屋との話は丸聞こえであった。
「まずいことになったな。桔梗屋さんは悪い噂が絶えない大店なんだよ。母さん、どうするよ」
「そうだね。もしかしたら、ここらが潮時かもしれないね。今日の話を断ったら敦賀には住んでられなくなるだろうし、受け入れてもタダ働き同然だから長くは保たないだろうね」
「それって、敦賀から出ていくってこと?私、お花ちゃんと離れ離れになるの嫌だからね」
「紬、我儘言って母さんを困らすんじゃないの!」
「まあまあ、澪姉さんも紬も落ち着いて」
「桔梗屋さんが今日連れてきていた源七って人も只者じゃなかったわね、澪はわかった?」
「ええ、殺気が尋常じゃなかったわ。私じゃ勝てないかも」
「母さんなら多分勝てると思うけど、桔梗屋さんのバックには源七さんみたいな人が沢山いるらしいし、父さんはあの人達を敵に回すのは賢くないと思うけどな」
「幸いにも『乙姫』では一財産築けたし、しばらくは暮らしには困らないから敦賀から引っ越すのが賢いと母さんは思うけど、どこに行こうかしらね」
「はい!引っ越し先に心当たりがあるんだけど。狩りで山の中を歩いている時に見つけた場所なんだけど、そこに山小屋を作ってあるんだ。家族5人なら暮らせるくらいの大きさで作ったから、しばらくそこに住んでみない?
近くに湧き水や小川も流れているし、水はけの良い土地だから住み心地は悪くないと思うよ。敦賀から1日くらいの距離だから紬もお花ちゃんにたまに会いに来れるしね」
「お兄ちゃん、私に山の中に住めっていうの?頭大丈夫?」
「紬〜、安心して!お兄ちゃんが責任持って紬が今より快適に暮らせるように頑張るから。お兄ちゃんを信じてくれないかな?」
「信じられない!」
「え〜」
「誠の言うことにも一理あると思うわ。他所の街に引っ越したとしても目立てば土地の権力者に嫌がらせされて同じ結果になると思うし」
「さすが澪姉さん、分かってるな〜」
「じゃあ、とりあえず誠の山小屋に引っ越す前提で少しずつ荷物をまとめていくか。母さんもそれでいいかい?」
「そうね、お試しで半年くらい住んでみて、それからどうするか決めてもいいし、そうしましょう。行商していたころは山の中で野宿するのも普通だったからね」
「じゃあ、父さんは引っ越しまでに必要そうな道具を市場で見繕っておくよ」
紬は納得いかないようだが、他の家族全員が引っ越しに賛成しているので従うことにしたようだ。
引っ越しの準備を始めてから数日後の夜、いきなりやくざ者数人が怒鳴り込んできた。
人数は7人、だらしない格好だが懐からはドスがチラリと覗いている。脅しのつもりのようだ。
「てめえら、桔梗屋さんにまだ挨拶なしか!桔梗屋の大旦那が大層ご立腹でな、今まで『乙姫』で稼いだ金を慰謝料代わりに集金してこいって仰っているんで、さっさと金を用意しな!」
言っていることが無茶苦茶である。気の弱い紬はすっかり怯えて誠の背に隠れている。
一方、志乃《母》と澪姉さんは目が座って、すっかり殺る気になっている。家に転がっている木刀でも志乃と澪が扱えば、チンピラ相手なら簡単に命を奪うことができるだろう。
チンピラも黙っていればいいものを、
「金のついでに女も差し出しな、可愛がってやるからよ」
志乃と澪から殺気が立ち昇るのが感じられた。これは放っておいたらアカンやつだ。
家族全員で乱闘に参加すれば怪我人が出るし、下手したら怪我で済まないかもしれない。
誠は覚悟を決めることにした。
「姉さん、紬をお願い」
怯えている紬を澪に託して前に出る。
「オジサン達さ、あんまり無茶言わないでよ。僕たち、敦賀から出ていくことにしたんでそれでいいでしょ?」
「ガキはすっこんでろ!ぶっ殺すぞ、ゴラ!」
まあ、いきなり12歳の子供が生意気なセリフを吐いたのだから当然の反応だ。
「オジサン達、分かってないな。僕は親切で言って上げているんだよ。だってこのまま放っておいたらオジサン達は母さんと姉さんに殺されるよ。お願いだから分かってよね、このとおりだから」
誠はやくざ者を馬鹿にしたセリフで煽って、合掌してお願いのポーズをとってさらに煽る。
目論見どおりやくざ達の注意を誠一人に引きつけることに成功したようだ。
「ヒョロいガキが、ナマ言ってるんじゃないよ!」
「僕は商人だから筋肉は必要ないんだよ。オジサン達は頭の中にも筋肉が詰まっているんだね。まったく羨ましい限りだよ」
ブチ切れたやくざ者の一人が誠に殴りかかってきた。
すかさずサイコキネシスを発動し、防御用の力場を形成した上で相手の動きを封じ、力場を纏わせた手刀で右上腕の骨を折る。
複雑骨折にすると可哀想なのできれいな単純骨折になるように折ってあげた。
「ぎゃあー!腕が折れた〜」
腕の骨を折られたやくざは骨折の痛みで悶絶して転げ回っている。
悲鳴を合図に残りのやくざ者もブチ切れでドスを抜いて誠に殺到する。
しかし、誠には防御用の力場のお陰で相手の攻撃は届かない。そんな中で誠は冷静に相手の動きを力場で止めつつ、利き腕の上腕骨を順に手刀で折っていく。
ヤクザ者達は狭い屋内で誠一人相手に大暴れしており、周囲の家具の壊れようは酷いことになっている。
庭先に避難していた家族は誠の予想外の言動に唖然としている。
サイコキネシスはバレないように使ったから問題はないようだが、大胆すぎる誠の言動に空いた口が塞がらないようだ。
やくざ者の一人が紬を人質に取ろうとして乱闘の中から飛び出そうとするのが視界の隅に見えた。誠はすかさず力場を相手の膝に飛ばして膝関節を粉砕する。
周りにはやくざ者が一人で勝手にコケたように見えたはずだ。
肝心のやくざ者は激痛で気を失っているようだ。
ほどなくして全員を無力化した後、骨折の激痛で顔を歪ませたリーダー格の男に問いかける
「ねえ、まだやる。両手両足の骨を折ることもできるけど、どうする?
オジサンたちが自力で帰れなくなると僕も迷惑なんだけど」
「わ…分かった、俺達の負けだ…勘弁してくれ!」
「じゃあ、話し合いを始めようか。まずは賠償の話ね。オジサン達が壊した家具は今日弁償していってね。僕の概算で2貫文(約14万円相当)だけど、もし足りなければ有り金全部置いていって。それから慰謝料代わりにオジサン達のドスも置いていくこと。分かったらささっと出す!10秒ごとに骨を一本づつ折っていきまーす。10、9、8、7」
「すぐ出すから、ちょっと待って!」
全員から有り金とドスを巻き上げていると、背後から姉妹のヒソヒソ声が聞こえる。
「ねえ、紬…誠ってヤクザより怖かったのね」
「うん、お兄ちゃんヤバイかも…ヤクザより頭のネジぶっ飛んでるよ」
気を取り直して誠は続ける。
「じゃあ次は事情聴取ね。知っていること全部話して。嘘付いたら頂いたドスで指を1本づつ切り落としていきまーす。はい、どうぞ」
「桔梗屋に頼まれたのは本当だ。桔梗屋の大旦那からは有り金全部巻き上げてこいって命令されてる。女達については俺達の好きにして構わないって言われている。旦那の目的はあんたらの心を折って言いなりにすることだ。いつもこんな感じで俺達に仕事を頼んでくるからな。悪いことは言わない、桔梗屋の旦那には逆らうな。俺達を追い払っても、桔梗屋は野武士集団とも契約しているから、次に来るのは本物の戦闘集団だぞ」
「ありがとう、オジサン。事情は良く分かったよ。いずれにしても僕たちは敦賀を出ていくから桔梗屋さんにはそう伝えておいてね。いや〜、オジサン達も大変だね。手当してあげるから、庭に座って順番に待ってて」
『乙姫』の材料の竹で簡易ギブスを作って骨折箇所を固定する。ギブスを固定する布はヤクザ者の衣類の袖を切り取って使った。
「きつく縛ったままだと血が止まって腕が腐るから、たまに布を緩めるのを忘れないでね。それから桔梗屋さんの仕事で怪我をしたんだから治療費はしっかり請求した方がいいと思うよ。
転んで膝を怪我したオジサンは僕じゃ治療できないからお医者に見せてあげてね」
「まったく今日は踏んだり蹴ったりだよ」
「わかってると思うけど、次に僕たち家族に手を出したら命をもらうからね」
「わかったから笑顔で怖いこと言わないでくれ!あんたがヤクザよりヤバイことはわかったから!」
「それと桔梗屋さんへの報告は2−3日後にしてほしいんだけど。僕たちも逃げる準備が必要だからね。僕たちを街から追い出したってことにすればオジサン達のメンツも立つんじゃない?」
「わかった…そうするから、もう帰っていいか?」
「うん、帰っていいよ」
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やくざ者を返した後は家族会議だ。
「誠、お前のやり方は決して褒められたものじゃないが、改めて考えると死人もでなかったし最善だったと思う。家族を守ってくれてありがとう」
「いや、父さん…余計なことをしたみたいでごめん」
「さっきのやくざが言っていたけど野武士が来る前に引っ越した方が母さんはいいと思うの。明日の夜明けまえに出発しましょう。桔梗屋さんはやくざの言う事を信じないかもしれないしね。」
「僕もそう思う。荷物は大体まとまっているし、今日はもう寝て明日に備えた方がいいんじゃない?」
「お兄ちゃん…私、興奮して眠れそうもないかも」
「大丈夫だよ、紬、お兄ちゃんが添い寝してあげるから」
「気持ち悪いから、それだけはやめて」
「なんだか疲れちゃったわ。私は誠の側で寝るわ」
「うん、姉さんは僕が守るから安心して眠ってね」
「あんまり調子に乗らないでもらえる?」
「ごめん、姉さん」
「じゃあ、部屋片付けてから寝るとするか」
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一部始終を影から源七に見られたいたことを知らずに誠一家は眠りについた。
「こりゃあ、桔梗屋の大旦那に報告しておくか…」
源七は独りごちて桔梗屋に報告するために夜闇に姿を消す。
翌朝、夜明け前に誠一家は新天地に向けて出発した。




