第三話 乙姫
携帯式お尻洗浄機を売りに出すにあたり、商品名を決める時に家族で一悶着あった。
「携帯お尻洗浄機」ではイメージが悪すぎるので売れそうな商品名を考えようと家族会議が開かれた。
「分かりやすさ優先で、『おしり洗い君1号』じゃだめかな?」
「お兄ちゃん、頭、大丈夫? そんな恥ずかしい名前を私に言わせる気なの!」
「紬〜、ごめんよ〜お兄ちゃん反省するから許して」
「誠、唐竹1号なんてどうかしら」
澪姉さんが「ふんすっ」とばかりに自信たっぷりに発言するが、家族の顔色は微妙だ。みんな澪姉さんが怖くて反論ができない。
「お兄ちゃん、竹取物語なんてどう?」
「さすが紬〜! お兄ちゃん、紬に一票いれちゃうよ! もうこれで決定かな?」
「渦潮丸なんてどうだ?」
空気を読まずに惣兵衛(父)が今にも遭難しそうな漁船みたいな名前を出してきた。
「あんた、それじゃ御婦人向けといえないわ、『乙姫』にしましょう」
志乃(母)の鶴の一声でお尻洗浄機の商品名は『乙姫』に決定した。母に逆らえる人は家族にはいない。一応、母は子供達の前では父を立てているが、重要な決定権は母にあるのが我が家の暗黙のルールだった。
「母さん、乙姫なんだけど、庶民向けと、お金持ち向けと、もっとお金持ち向けの3タイプを作る予定なんだけど、名前どうしよう?」
志乃は少し考えて、
「庶民向けは、紬の『竹取物語』、お金持ち向けは『乙姫』、もっとお金持ち向けは『乙姫・極』なんてどうかしら」
「うん、良いと思うわ」
澪が賛成し、他の家族も文句はないようなのでこれで商品名は決定した。
===
携帯式お尻洗浄機『乙姫』と『竹取物語』は順調に売れている。
だが、誠しか作れないので流通量はそれなりだ。
製作工程にサイコキネシスを使っているため人目を避ける必要があり、もっぱら狩猟や釣りや薬草採取で山中に出かけた時の空き時間を利用して製作している。
ただコツを掴んだお陰で製作は短時間で済み、1日に2〜3個程度であれば余裕だ。
時間がかかる工程は富裕層向けの水晶の確保と細工だが、これは家族に手伝ってもらっている。柿渋・染色・漆工程に至ってはすべて家族に任せている。
だから誠が担当しているのはサイコキネシスによる切削加工だけなので、まったく負担になっていない。
ただし製作にそれなりの手間がかかるので値段は高めだ。
値付けは両親が相談して決めた。
庶民用の『竹取物語(廉価版)』は家族で共用する前提で少し無理すればなんとか購入できる価格で300文(21000円相当)、
富裕層向けの『乙姫』は1貫文(70000円相当)、
超富裕層向けの『乙姫・極』は3貫文(210000円相当)になった。
「ちょっと暴利だと思うけど無くても困らないものだし、注文が殺到してブラック労働するのも嫌だから丁度よいのか」
だが、この価格設定でも口コミが広まって少しずつ出荷量が増えていった。主に御婦人方に人気で、『乙姫』を入れる専用の麻袋を売りに出す商人も出始めた。
『乙姫』や『竹取物語』の偽物を作ろうとする商人や職人もいたが、加工精度まではさすが真似できなかったらしくて市場から自然と消えていった。
===
『乙姫』と『竹取物語』の出荷量が増え始めたころ、誠一家は本来の薬売りをストップしていた。利益率の高い『乙姫』や『竹取物語』に全振りするためだ。
「一つの商材に全振りするのってコケた時に痛いからオススメしないんだけどな……」
しかし誠の心配をよそに、一家は儲けられるときに儲けまくるという決断を下し、フルコミットしたのだった。
「ここまで生産量増えると落ち着いて作業できる場所がほしいよな……」
以前から誠の中では狩猟の際に寝泊まりできて作業場にもなる山小屋を作る構想があった。そろそろ本格的に着手する頃合いかもしれない。
問題は場所だ。人目に付く立地は避けたいし、理想は隠れ里のように敦賀から大人の足で1日くらいの距離感だと考えていた。
「場所の心当たりはあるから、そこに山小屋を作るとするか…」
誠は山中の移動にもサイコキネシスを使い、地面から10cm程浮遊してホバリングしながら進むので、獣以上の速さで疲労もほとんどない。おかげで狩猟の行動範囲は驚くほど広かった。
「あそこなら深い森に囲まれているし、日当たりの良い広場もあるし、近くに小川も流れているし、最高の立地だと思うんだよな」
翌日から早速、建設にとりかかることにした。
そして、作業場としての基本的な骨組みは驚くほど早く出来上がった。
「山小屋なんて『乙姫』の加工に比べたら楽勝だったな。ミクロン単位の精度なんて必要ないんだから」
周囲の森の木をサイコキネシスで切り出して材料にし、近くの花崗岩の露頭を基礎としてくり抜いた穴に柱を立てた。屋根は雨漏りしない構造に、床は高床式にして湿気と虫害を防いだ。
「窓ガラスがないのは残念だが簾で我慢するか」
窓は竹細工の簾で代用した。
「ここまできたら、徹底的に作り込むか! まずは水洗トイレだな」
湧き水から竹管で上水道を引き、トイレの排泄物を常に水で流す仕組みにした。排水は簡易沈殿槽を通してから森に流し、沈殿物は定期的に堆肥化することにした。
「次は風呂だ! 風呂釜は鍛冶屋がいないと無理だから、サウナで我慢しておくか」
露頭の一部をくり抜いてサウナを作り、上水道を分岐させて水路を引き込んだ。
「猟でとった獲物を料理する炊事場も欲しいな。山小屋を増設するか!」
そんな調子で増築を重ね、作業部屋の他に炊事場、寝室、書斎、茶の間、客間まで揃った、敦賀の借家よりも立派な山小屋が完成した。狩猟や『乙姫』製造の合間の日帰り作業だったので、完成までなんだかんだ1ヶ月近くかかった。
「ずいぶん時間がかかってしまったが、秘密基地の建設は男のロマンだから充実した毎日だったな」
===
『乙姫』の注文は日に10個以上入るようになり、誠の製作ペースもそれに合わせて上がるようになった。だが、製造自体は完全にルーチン化していたのでまだ余力があった。
誠は『乙姫』製作の合間に家族の女性陣向けにアクセサリーの製作も始めた。前回、『乙姫』を姉妹にお披露目したときに顰蹙を買ってしまったので、今度こそはと気合が入っている。
志乃に事情を話して相談したところ、月並みだが櫛が良いとアドバイスされた。
形状や意匠は志乃から商人としての助言をもらって参考にした。
材質は竹で表面加工はサイコキネシスでツルツルに磨き上げ、染色したのちに水晶細工をあしらった。
水晶は大きめのものを探したため集めるのに1ヶ月かかってしまったが、今回も満足のいく出来栄えだ。
早速、澪、紬、志乃に渡してみたが普通に喜んでくれた。
「これで少しは汚名返上できたかな」
紬は近所の友達のお花ちゃんに見せびらかしたお陰で、お花ちゃんの櫛も作ることになった。
「櫛なら『乙姫』ほど作るのが大変じゃないけど、これからご近所の御婦人たちの分も作るはめになるんだろうか?」
案の定、櫛製作の依頼が来るようになったが志乃が交通整理をしてくれたお陰で誠の負担が大きくなることはなかった。
志乃は櫛を贈答する場合にもしっかり対価を要求していたようだ。
===
『乙姫』販売から9ヶ月経過し、季節は夏、誠は13歳になった。
『乙姫』の売上は順調に伸びつづけ、1年足らずで誠一家は一財産を築くまでになった。
口コミはさらに広まり、今では京の都からも注文が届いている。
しかし暮らしぶりは貧乏な借家暮らしのままだ。
急に羽振りが良くなれば周囲からの妬みの対象になるし、余計な敵を作るだけだからだ。
この辺りのことは志乃《母》の方針だった。
それでも人気商品の独占販売を快く思わない人はいる。敦賀の大店の一つである桔梗屋の大旦那もその一人だった。
夜、酒を飲みながら月を眺めて呟く。
「新参者が舐めた商売しやがって。ここらで自分らの立場を思い知らせてやるとするか。奴らの利権を丸ごと頂くとしようかね」
エピソード終了時点の登場人物の年齢など
--
誠13歳
澪15歳:姉
紬11歳:妹
惣兵衛37歳:父、薬の行商人
志乃34歳:母、実家は京の都の大店、一家の司令塔、剣の達人




