乙姫
携帯式お尻洗浄機を売りに出すにあたり、商品名を決める時に家族で一悶着あった。
「携帯お尻洗浄機」ではイメージが悪すぎるので売れそうな商品名を考えようと家族会議が開かれた。
「分かりやすさ優先で、『おしり洗い君1号』じゃだめかな?」
「お兄ちゃん、頭大丈夫?そんな恥ずかしい名前を私に言わせる気なの!」
「紬〜、ごめんよ〜お兄ちゃん反省するから許して」
「誠、唐竹1号なんてどうかしら」
澪姉さんが「ふんすっ」とばかりに自信たっぷりに発言するが、家族の顔色は微妙だ。みんな澪姉さんが怖くて反論ができない。
「お兄ちゃん、竹取物語なんてどう?」
我が妹ながらなかなかハイセンスで、紬も自慢げなので、お兄ちゃん全力で褒めちゃうぞ。
「さすが紬〜最高〜!お兄ちゃん、紬に一票いれちゃうよ!もうこれで決定かな?」
「渦潮丸なんてどうだ?」
空気を読まずに惣兵衛《父》が今にも遭難しそうな漁船みたいな名前を出してきた。
「あんた、それじゃ御婦人向けといえないわ、『乙姫』にしましょう」
志乃《母》の鶴の一声でお尻洗浄機の商品名は『乙姫』に決定した。母に逆らえる人は家族にはいない。さすがは京の大店の血統なのか人として貫禄が家族の中では突出しているのだ。一応、母は子供達の前では父を立てているが、重要な決定権は母にあるのが我が家の暗黙のルールだった。
「あの、ちょっといいかな。乙姫なんだけど、庶民向けと、お金持ち向けと、もっとお金持ち向けの3タイプを作る予定なんだ。
庶民向けは装飾一切なしで機能も簡素化して見た目も竹筒そのまんまだから、紬の『竹取物語』でいいと思うんだけど、どうかな。
お金持ち向けは、フル機能で装飾も凝るから『乙姫』が良いと思うんだ。
それでもっとお金持ち向けは、家族の皆に渡した水晶細工で装飾したタイプにするつもりなんだけど、『乙姫』と区別した方が良いと思うんだよね、どうしたら良いかな?母さん」
志乃《母》は少し考えて、
「庶民向けは、紬の『竹取物語』、お金持ち向けは『乙姫』、もっとお金持ち向けは『乙姫・玉手箱』なんてどうかしら」
「うん、良いと思うわ」
澪が賛成し、他の家族も文句はないようなのでこれで商品名は決定した。
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携帯式お尻洗浄機『乙姫』と『竹取物語』は順調に売れている。
だが、誠しか作れないので流通量はそれなりだ。
製作工程にサイコキネシスを使っているため人目を避ける必要があり、もっぱら狩猟や釣りや薬草採取で山中に出かけた時の空き時間を利用して製作している。
ただコツを掴んだお陰で製作は短時間で済み、日に2-3個程度であれば余裕だ。
時間がかかる工程は富裕層向けの水晶の確保と細工だが、これは家族に手伝ってもらっている。柿渋・染色・漆工程に至ってはすべて家族に任せている。
だから誠が担当しているのはサイコキネシスによる切削加工だけなので、まったく負担になっていない。
ただし製作にそれなりの手間がかかるので値段は高めだ。
値付けは両親が相談して決めた。
庶民用の『竹取物語(廉価版)』は家族で共用する前提で少し無理すればなんとか購入できる価格で300文《21000円相当》、
富裕層向けの『乙姫』は1貫文(約70000円相当)、
富裕層向けの『乙姫・玉手箱』は3貫文(約210000円相当)になった。
「ちょっと暴利だと思うけど無くても困らないものだし、注文が殺到してブラック労働するのも嫌だから丁度よいのか」
だが、この価格設定でも口コミが広まって少しずつ出荷量が増えていった。主に御婦人方に人気で、『乙姫』を入れる専用の麻袋を売りに出す商人も出始めた。
『乙姫』や『竹取物語』の偽物を作ろうとする商人や職人もいたが、加工精度まではさすが真似できなかったらしくて市場から自然と消えていった。
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『乙姫』と『竹取物語』の出荷量が増え始めたころ、誠一家は本来の薬売りをストップしていた。利益率の高い『乙姫』や『竹取物語』に全振りするためだ。
「一つの商材に全振りするのってコケた時に痛いからオススメしないんだけどな…」
しかし誠の心配を他所に、一家は儲けられるときに儲けまくる決断してフルコミットだ。
「ここまで生産量増えると落ち着いて作業できる場所がほしいよな…」
以前から誠の中では狩猟の際に寝泊まりできて作業場にもなる山小屋を作る構想があったが、そろそろ本格的に建設に着手する頃合いかもしれない。
問題は場所だが人目に付くような立地は避けたい。理想は隠れ里のようなイメージで敦賀から大人の足で1日くらいの距離感が理想だと考えていた。
「場所の心当たりはあるから、そこに山小屋を作るとするか…」
誠の場合、山中での移動にもサイコキネシスを使うので移動速度は獣以上だ。自分の身体を地面から10cm程浮遊させて、そのままホバリングしながら前方に推進するのだ。お陰で移動での疲労はまったくと言っていいほどない。
サイコキネシスの移動力で誠の狩猟における山中での行動範囲は驚くほど広い。
「あそこなら周りは深い森に囲まれているし、日当たりの良い広場もあるし、近くに小川も流れているし、最高の立地だよな」
翌日から早速、山小屋の建設にとりかかることにした。
作業場として山小屋は驚くほど早く出来上がった。
「山小屋なんて『乙姫』の加工に比べたら、めちゃくちゃ楽だよな。なんせミクロン単位の精度が必要ないんだから楽勝だったな」
山小屋を建設した広場のまわりは樹冠の高い森に囲まれている。その木をサイコキネシスでカットして山小屋の材料とした。
広場の一部は花崗岩帯で横に小さな露頭があり、そこから地下水が湧き出て小川になっている。
山小屋は花崗岩帯を基礎としてサイコキネシスでくり抜いた深めの穴に柱を立てて建設した。屋根もパーツの合わせ面を工夫して雨漏りがしない構造とし、床も高床式として湿気や虫害対策とした。
「窓ガラスがないのは残念だが簾で我慢するか」
窓部分は得意の竹細工で簾で代用する。
このままでも十分作業場として機能するのだが、前世で研究者だった誠は満足しないのだった。
「ここまできたら、徹底的に作り込むか!まずは水洗トイレだな」
花崗岩の露頭の湧き水から竹管で上水道を引き、排水を下水道とした。下水道上にトイレを建設し、排泄物が落下する場所に常時、水が流れている仕組みだ。下水処理は木枠で作った簡易沈殿槽を経由させ、上澄みは森の中に排水し、少し面倒だが沈殿物は定期的に外に掻き出して堆肥化することにした。
「次は風呂だ!風呂釜はさすがに金属加工できる鍛冶屋がいないと無理だからサウナで我慢しておくか」
サウナ風呂は露頭の一部をサイコキネシスでくり抜いて作ることにした。着替えスペースとサウナスペースと体を拭くスペースはそれぞれ木工で仕切りを作る。水路は上水道を分岐させてサウナに引き込んだ。
「猟でとった獲物を料理する炊事場も欲しいな。山小屋を増設するか!」
といった具合に家屋部分も増設していって、当初の作業部屋の他に、炊事場、寝室、書斎、茶の間、客間と敦賀の借家よりも広くて立派なものが完成した。
山小屋の建設作業は日課の狩猟や『乙姫』の製造の合間に日帰りで行ったので、なんだかんだ1ヶ月近くかかった。
「ずいぶん時間がかかってしまったが、秘密基地建設は男のロマンだから充実した毎日だったな」
誠は開発中や作っている最中は情熱を注いでものすごい集中力を発揮するのだが、悪い癖で一旦完成してしまうと興味をなくし、山小屋に誠が訪れるのは良くて週に1回のペースになった。
「やっぱり、遠いと通うのが面倒なんだよな…建設場所を間違えたわ。でも、せっかく作ったからたまには使うようにするか…」
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『乙姫』の注文は日に10個以上入るようになり、誠の製作ペースもそれに合わせて上がるようになったが、製造自体は完全にルーチン化していたのでまだ余力があった。
誠は『乙姫』製作の合間に家族の女性陣向けにアクセサリー製作も始めた。前回、『乙姫』を姉妹にお披露目したときに顰蹙を買ってしまったので、今度こそはと気合が入っている。
志乃《母》に事情を話して相談したところ、月並みだが櫛が良いとアドバイスされて作っている。
形状や意匠は志乃から商人としての意見ももらって参考にした。
材質は竹で表面加工はサイコキネシスでツルツルに磨き上げ、染色したのちに水晶細工をあしらった。
水晶は大きめのものを探したため集めるのに1ヶ月かかってしまったが、今回も満足のいく出来栄えだ。
早速、澪《姉》、紬《妹》、志乃《母》に渡してみたが普通によろこんでくれた。
「これで少しは汚名返上できたかな」
紬は近所の友達のお花ちゃんに見せびらかしたお陰で、お花ちゃんの櫛も作ることになった。
「櫛なら『乙姫』ほど作るのが大変じゃないけど、これからご近所の御婦人たちの分も作るはめになるんだろうか?」
案の定、櫛製作の依頼が来るようになったが志乃が交通整理をしてくれたお陰で誠の負担が大きくなることはなかった。
志乃は櫛を贈答する場合にもしっかり対価を要求していたようであった。
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『乙姫』販売から9ヶ月経過し、季節は夏、誠は13歳になった。
『乙姫』の売上は順調に伸びつづけ、1年足らずで誠一家は一財産を築くまでになった。
この時点での売上は現在の価値に換算して1億円を超えたところである。
口コミはさらに広まり、今では京の都からも注文が届いている。
しかし暮らしぶりは貧乏な借家暮らしのままだ。
急に羽振りが良くなれば周囲からの妬みの対象になるし、余計な敵を作るだけだからだ。
この辺りのことは志乃《母》の方針だった。
それでも人気商品の独占販売を快く思わない人はいる。敦賀の大店の一つである桔梗屋の大旦那もその一人だった。
夜、月見酒をしながら呟く。
「新参者が舐めた商売しやがって。ここらで自分らの立場を思い知らせてやるとするか。奴らの利権を丸ごと頂くとしようかね。」




