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博士転生〈戦国時代にユートピアをつくる〉  作者: ビアンコ
乙姫編

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第二話 贈り物

 令和から戦国時代末期に転生してきて、最初に困ったのがトイレ事情だ。


 敦賀の借家には小さな厠がついているが、令和で慣れ親しんだ洗浄機付き便座がない。

 それどころか、大をした後に拭く紙も庶民には高価で手が届かない。

 代わりに、籌木ちゅうぎといって木製のヘラ状の棒で便をこそぎ落とした後に藁で拭き取るのだ。

 お世辞にも衛生的とはいえず、前世で微生物研究をしていた誠にとっては耐えがたい不潔さだった。


「こんなんで痔を患ったら最悪だな」


 前世で3週間も痔の手術で入院したことがある誠にとっては切実な問題なのだ。


「よし、まずは携帯タイプのお尻洗浄機を作るぞ!」


 前世では肛門科の看護師長さんも『お尻は一つしかないから大切にしろ』って言ってたし、完成すれば女性にも喜ばれるに違いない。


「澪姉さんと紬への贈り物はこれで決定だな」


 材料を検討した結果、入手しやすさで裏山の竹をメインで使うことにした。


 早速、狩猟の合間に裏山の竹林に行って、材料の竹を物色する。


「サイズ感は前世で愛用してたトラベル用洗浄機に合わせた方が失敗はないだろうな」


 少し考えてから続ける。


「水の容量は200mlくらいだったかな」


 出張先のホテルに携帯ウォッシュレットがなくて難儀した経験は、前世の誠にとって忘れられない記憶だった。


「まずは竹をどうやって切り出そうか……」


 誠一家が外出する時に護身用に携帯する杖の仕込み刀で切ることは誠の腕前でも可能だが、この刀は一家の貴重な武器だから刃毀れでもしたら勿体ない。


「仕込み刀を使うのは却下だな」


 では、サイコキネシスで竹を切断できるのか?

 目の前の竹を切断するイメージで力場を形成させてみる。


「お! 切断成功だよ」


 切断面を見ると、かなり鋭利で精巧な工作機械で加工したような仕上がりだ。


「問題は細かい加工をどうやってするかだな……」


 誠のイメージでは、竹製のシリンダー内に、さらに一回り細い竹でピストンを入れて水を押し出す水鉄砲のような構造なのだが、ピストンとシリンダーの接触面は真円でクリアランスもミクロン単位で加工する必要がある。


 試しにサイコキネシスで力場を円柱状に発生させ高速回転させるようにイメージしてみる。


「まず、シリンダーにする竹を力場で固定して……竹の内側にこの円柱状の力場を押し込んで……」


 凄い勢いで竹の内側が削れていく。


「シリンダーらしきものができたな。どれどれ削った竹の内側の状態はどんな感じだ?」


 竹のシリンダー内壁はツルッツルで、しかも真円の円柱状に切削できている。


「よしよし、あくまでも目視でだが、真円っぽく加工できてるな。次はピストン部分に挑戦だ」


 ピストン部分はシリンダーの内壁にピッタリ収まる精度で竹を円柱状に加工する必要がある。


「まずは少しずつ削っていくとするか」


 今度は力場をドーナツ状に組み、同じ要領で高速回転させる。

 いきなりシリンダーとピッタリ合うサイズで削るのは流石に無理なので少しずつ細くしていくことにする。


「うーん、こんなものかな」


 ちょうどよいところで切削をとめて早速ピストンをシリンダーに出し入れしてみると、スコスコといい感じで動く。


「次は水を入れて、漏れチェックだな」


 近くの小川に行って水を入れてみると、ポタポタと僅かにシリンダー内壁から水漏れしている。


「もうちょいキツめに加工しないと駄目か……水鉄砲には使えるが、女性に贈る携帯洗浄機としては失格か」


 この切削加工は職人技レベルで感覚を磨く必要があるから時間がかかりそうである。

 時間はたっぷりあるからこの加工については一旦置いておいて1〜2ヶ月かけてじっくり実験することにした。


「じゃあ次はネジ加工だな」


 誠の構想では、ピストンはねじ式で上下動させる予定なのだ。そのためにもネジ加工は必須の加工技術だった。


「前世のネジ加工で使っていたタップとダイスをイメージして力場を作れば加工できるかな?」


 さっそくサイコキネシスで力場を形成し竹で実験してみると、雄ネジと雌ネジらしきものができた。ネジとしての役割は果たせるが、ギリギリ合格ラインといったところだった。


「加工精度は改善の余地があるな。これも時間をかけて精度を上げていくとするか。なんとか工作の目処が立ったから、今日は近くの川で晩飯の鮎でも釣って帰るとするか」




=== 2ヶ月後 ===


 誠の試行錯誤の甲斐あってお尻洗浄機はようやく機能的に満足できるレベルの完成度に達した。


「何度も厠で実証実験したお陰で問題点は出し尽くしたし、ひとまず完成だな」


 だが、しみじみと完成品を眺めてみると、外観は素材そのままの竹で物足りない。


「いくらなんでも、女性への贈り物としては地味すぎるだろ……」


 見栄えをよくするための加工を施したいところだが、元研究者としては機能を伴わない装飾は工業デザインとして許せない。


「機能性と美しさを伴ったデザインか……すぐに思いつくのは表面の滑り止めと耐久性アップの塗装か」


 自分の作品に妥協が許せない誠は、前世の記憶を必死に漁る。


「さすがに戦国末期だとゴム加工は現実的じゃないから、洗浄機の外筒部分はローレット加工すれば滑り止めにはなるな」


 耐久性アップと美観の両立については、この時代で直ぐに実現できそうなものを父の惣兵衛そうべえに相談してみると、


「うーん、俺が誠に教えてやれるのは……柿渋で防水・防虫・防腐の下地を作って、藍染や紅花染めで染色してから漆で表面保護して仕上げるっていうのはどうだ?」


 という回答をもらったので、そのやり方を試してみることにした。


「でも、もう少し人目を惹く見栄えにしたいんだよな……」


 前世でも若い娘はキラキラしたものを好んでいたし、この時代の御婦人にもウケるに違いない。


「確か水晶は砂浜や岩石に多く含まれているんだっけか……砂浜なら近くにあるし狩猟の帰りにでも寄って探してみることにしよう」


 その1ヶ月後……


「2mmサイズが400個、3mmサイズが20個、4mmサイズが6個、5mmサイズが4個か……もっと大きいのが欲しかったけど、今回は見つけた分で装飾するかな」




=== さらに1ヶ月後 ===


 携帯タイプのおしり洗浄機は仕事の合間に試行錯誤すること4ヶ月でやっと完成した。

 ちなみにお尻洗浄用の水流が出るノズル部分はルアーロック式(ひねって抜き差しする方式)で本体から取り外しできるので携帯時はコンパクトだ。


「我ながら会心の出来栄えだな。ぱっと見、工芸品にしか見えないぜ」


 結局のところ水晶の使い道だが、外筒部分のローレット加工の上に桜や朝顔などの花柄を彫り込み、その輪郭に沿って水晶を埋め込む形にした。そのため光が当たると花の部分がキラキラ輝くのだ。


 翌日、姉と妹をつかまえて、


みお姉さん、つむぎ、僕から二人に贈り物があるんだけど」


 二人に件の洗浄機を手渡しながら


「こっちが澪姉さんので、こっちが紬ね」


 紬には藍染で朝顔柄、澪姉さんには少し奮発して紅花染めの桜柄で仕上げた洗浄機を贈った。


「お兄ちゃん、ありがとう! すごい綺麗な贈り物ね」


「誠、ありがとう。誠から贈り物なんて嬉しいわ。ところでこれは何に使うものなの?」


「よくぞ聞いてくれました。これは携帯用のお尻洗浄機で、用を足した後に水でお尻を洗うための道具なんだ。どう? 良くできているでしょう」


「……は?」


「……お兄ちゃん……紬、何言っているのか分からない」


 二人とも唖然としていて、用途を理解できていないようだ。


「えっと、実演してみると、こんな感じね」


 予め用意していた水桶から水をお尻洗浄機にセットし、庭先で用を足す格好をして実際に水を噴射してみる。我ながら格好が間抜けで少し恥ずかしい。


「あぁっ! 冷たっ」


 誠はおしりに水が当たって思わず悲鳴が出てしまった。


「「……」」


 ようやく伝わったらしいが、二人の無言の視線が痛い。


 気を取り直して、


「まあ、騙されたと思って使ってみてよ。今よりお尻も清潔になるし、たぶん気に入ると思うよ」


 姉妹の無言が続く。


「便秘の時なんかは、この水でチュチュっとお尻を刺激すれば便も出やすくなるし」


 誠が説明を加えるほど姉妹の顔色が険しくなっていくので、これ以上の墓穴を掘るのはやめておいた方が良さそうだ。


 姉と妹は贈り物を手に無言で日々の仕事に戻っていった。


 なんとか受け取ってくれたけど、使ってくれるか不安だ。


「自分用のは試作段階から何度もテストをしているし、使用感には自信があるんだけどな……午後から山に狩猟にいくか。今日は鮎でも釣って澪姉さんの機嫌をとっておいた方が良さそうだな」




=== その1週間後 ===


「誠、この間もらった贈り物、とても気に入ったわ。女の必需品よね」


「澪姉さんは分かってくれたようだね。よかった……」


 少しして、紬が近づいてきて


「お兄ちゃん、この前もらった贈り物使ってみたけど、すごく良いね!」


「そうかそうか、紬も気に入ってくれたか〜。お兄ちゃん、とっても嬉しい!」


「お兄ちゃん、その気持ち悪い話し方やめてくれない」


 妹の笑顔が怖い。


 三人で盛り上がっていると、今度は両親が近寄ってきて、


「誠、澪と紬に作った道具ね、父さんと母さんにも作ってくれない?」


「母さん、安心して。母さんと父さんの分も作ってあるんだ」


「澪から話を聞いて、母さんも欲しくなってね…って、私たちのもあるの!?」


「お母さんの分は婦人用に綺麗な見た目に仕上げてあるから」


 すると、今まで黙っていた父がおもむろに


「誠、この道具、売れると思うんだよ。父さん知り合いから注文取ってきてもいいか? 問題はどのくらいの値付けにするかだが、ちょっと誠のを見せてもらっていいか?」


 自分用の携帯用お尻洗浄機を出し、分解しながら構造を説明すると、


「かなり難しい作りをしているから他所が真似するのは無理そうだな。良い値が付けられそうだ」


「父さん、基本機能は同じとしても、外装の装飾の違いで庶民用とお金持ち用で作り分けることはできるよ。他にも部品の種類を変えても安く作ることはできるかな」


「だいたい分かったから、見本ができたら父さんに渡してくれないか。早速注文を取りに行ってくるよ」


「わかったよ、父さん」


 父の惣兵衛と母の志乃しのは笑顔ではあったが完全に商人の目つきになっていて少し怖い。


 誠の両親は駆け落ち同然で結婚したらしい。母はもともと京の大店の娘で、幼少の頃から 商いの英才教育を受けてきた人だ。薬の行商人である父より、ある意味で商魂たくましいのはそのせいだろう。


 もともと前世の痔のトラウマから自分用に作ろうと思ったお尻洗浄機が一家の事業の一つになろうとしていることは誠にとって全くの予想外であった。

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