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博士転生〈戦国時代にユートピアをつくる〉  作者: ビアンコ
プロローグ

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第一話 博士転生

「コロニーを植え継いでから1ヶ月か。今度のは新種微生物だといいな。紫外光で発光しているから狙い通りメタン生成アーキアちゃんが単離できたみたいだ」


 深夜の実験室で、あきらは斜面培地のコロニーに紫外光を当てながら独り言ちつつ、培養試験管をインキュベーターに戻す。

 大型インキュベーターの中には同じ規格の培養管が数百本並んでいる。微生物を単離中のものや、新種微生物の性質を調べるために条件を変えて培養しているものが所狭しと並んでいる。


「うっ……また目眩か……。最近、多いんだよな」


 目が回るほど忙しいとは良く言ったもので、本当に目が回るのだ。酷い時は立っていられないほど、世界がグルグル回る感覚を味わうことになる。


「たぶんメニエール症候群だと思うけど、会社に通いながら博士号を取りに大学院に通っていた時以来だな。あの時はまだ30代前半で体力も残っていたけど、さすがに今年45歳になるオッサンには正直きついわ……」


 顕は33歳で社会人学生として博士号を取得した後、会社からは左遷同然の扱いで人口1200人の村に新設された国立研究所に出向中の身だ。場所は陸の孤島と揶揄されるような僻地にあり、すっかり婚期を逃して独身である。


 平衡感覚を完全になくして、とりあえずその場にしゃがみ込む。


「やべーな。これじゃ実験もデスクワークも無理だわ。仮眠すると朝まで寝てしまいそうだけど……まあ、しゃーなしか」


 一応タイマーを1時間にセットして、実験室のリノリウム床に段ボールを敷き、その上に寝袋を広げる。


「これで家庭でも持っていれば田舎暮らしも楽しめたんだろうけど、独身だとこの村では仕事以外にすることがないんだよな」


 ぼやきながら寝袋に潜り込む。


「うーん、めまいが収まるどころか酷くなっているな。すごい勢いで世界がグルグル回っているんだけど。え、俺、もしかしてヤバいの? ただでさえ独身のせいで非国民だの親不孝だの言われているのに、さらに親より早く死んじゃったら洒落にならないじゃん」


 さらにめまいが悪化していく。あまりの不快感に死を覚悟する。


「なんか締まらない終わり方だな…いや、朝になったら治っているかも……」


 もはや、言っていることが支離滅裂だ。


 程なくして、顕は意識を完全に失った。




===


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 朝! 早く起きて!」


「やば! 寝過ごしちまった…10時までに長田教授に論文送る約束だったのに間に合わないよ!」


「お兄ちゃん、寝ぼけてないでさっさと起きてね」


 えっ、なんで可愛らしい女の子が僕を起こしてくれているんだ? 

 ここは培養中の微生物しかいない実験室じゃないのか?


 周りを見渡すと古めかしい日本家屋にいるようだ。

 しかも、寝袋ではなく粗末な布団に寝ている。


 徐々に頭がはっきりしてくる。


 そうだ、この娘のことは知っている。

 妹のつむぎ10歳。超絶可愛くて僕が溺愛している自慢の妹だ。


 さらに別の若い和服姿の女子が僕を睨みながら文句を言ってくる。


「誠、いつまで寝ているのよ、早く起きて私を手伝ってよ!」


 この娘も知っている。

 姉のみお14歳、この歳で既に近所で有名な美人さんだ。

怒るととても怖い。


 そして、自分がまこと12歳、行商をしている一家の跡取りだと気づく。

 商材は主に薬で、今は越前国敦賀の借家を拠点にして商いをしている。


 時代は織田信長が覇権を狙っている戦国時代末期。


 どうやら令和の実験室から顕の記憶ごと転生してきてしまったようだ。


「まじか…戦国末期なんて、めちゃくちゃ不便で治安が悪くて生きづらそうじゃん。この時代に比べたら前世の令和なんて天国じゃないか」


 とりあえず姉の言いつけで近所の共同井戸に朝の水汲みに出かけながら誠はぼやく。


「井戸に水汲みだなんて、現代人にはハードすぎるわ。こんな暴力が支配している戦国の世では、前世の経験なんてクソの役にも立たないだろうな」


 水桶を両手に下げて共同井戸のある場所までたどり着く。


「でも12歳の若い肉体に転生できたのは不幸中の幸いだったな。45歳のオッサンが水汲みなんかやった日にはぎっくり腰確定だろうし」


 井戸から水を汲み上げるが、ここで誠は異変に気づく。

 何故か水桶が異様に軽く感じるのだ。

 水桶2杯を左右の手で持ち上げて歩き出しても重さをほとんど感じない。


「なに? 転生のストレスで脳のリミッターが外れて常時火事場のクソ力が発動しているのか? いやいや、そんなことになってたら骨や筋組織が壊れてしまうから別の力が働いている可能性が高いな」


 人気のない場所に移動して、一旦水桶を地面に下ろす。


 そして「浮き上がれ」と念じてみると、水桶は地面から数センチ浮き上がった。


「サイコキネシスか。厨二病が現実になるとは……これはバレたら討伐対象だな」


 どうやら転生が原因で、物理現象に干渉できるようになったらしい。


「じゃあ、温度も変えられるのか?」


 試しに水桶に指を突っ込んで温度が上がるように念じてみると、風呂くらいの湯温まで一瞬で上がる。


「まじか…これじゃ澪姉さんにバレるな」


 今度は温度が下がるように念じると元の水温まで一気に下がる。


「信じられん。熱力学の第一法則を完全に無視した能力だな。この物理現象を起こすエネルギーはどこから持ってきているんだ? 嫌な予感しかしないな」


 とりあえず水桶をサイコキネシスで浮遊させながら両手で持ったふりして歩く。


「だけど、この異能はバレないように使えば、日々の生活でズルができて凄く便利だな」


 不便な戦国末期に転生して内心絶望していた誠だが、やっと少し前向きになる。


「でも、くれぐれも周りには内緒にしておかないとバレたら一巻の終わりだ。人外扱いされて村八分決定だよ」


 そして、このように俯瞰ふかんして状況を分析するのも前世で研究者をしていたころの癖だ。


 家に戻り、家族で朝食の食卓を囲む。


 父は惣兵衛そうべえ36歳、母は志乃しの33歳で超絶美人である。

 姉と妹が美形なのも明らかに母親の遺伝だ。

 両親とも剣術の使い手で、母は達人級。


 この時代は治安が悪く、山賊や野武士が山中や街道を跋扈しているので、行商人といえども護身術は必須なのだ。


 姉の澪、妹の紬、僕の3人は空いた時間で達人級の腕前の母に稽古をつけてもらっているので、それなりに剣は扱える。中でも姉の澪は母の才能が遺伝したのか若干14歳ながら子供達の中では別格の強さを有している。ぶっちゃけ父よりも剣術は強い。


 僕はというと、跡継ぎということで幼少の頃から両親から薬草の採取から商材の仕入れや商いの方法を教え込まれた。一方で、父、惣兵衛からは狩猟のための弓も教えてもらい、山間部での狩猟が日課となっている。つまり一家の食材集め係でもあるので、必然的に山中で過ごす時間が長い。


 今日は父の商いの手伝いもないらしく、朝の剣術稽古の後で山に狩猟に行くことにした。


「サイコキネシスで何ができるのか把握しておかないと、いざという時に使えないと話にならないからな。山中なら人目もないし、もっと大胆な実験をするには最適に違いない」


 この時期だと野ウサギか野鳥が獲物だ。


「弓の軌道をサイコキネシスで操作できると、狩猟の取れ高も飛躍的にアップすると思うんだよな。追尾機能も使えれば最高だ」


 山中で散々実験をして弓矢に追尾機能を付与するのになんとか成功した。とはいっても自動追尾ではなく、あくまでも目視で矢を追尾させるという力技だ。だから、例えばリスのようにトリッキーな動きをする獲物に命中させるのは至難の業だった。


 訓練すれば上達しそうだと満足した誠が獲物を手に家に戻ろうとした時、黒い大きな塊がこちらにゆっくり向かってくるのに気づく。


「まじか……あれツキノワグマだよな……」


 前世では北海道出身だったのでヒグマとは数度の遭遇経験があるが、その時はヒグマの方から寄ってくることはなかった。


「ツキノワグマって、ヒグマより小さいけど凶暴だってテレビで報道していたな……これはもう戦うしかないのか?」


 物理現象に干渉できるんだから自分の周囲に力場を作れば、とりあえずクマの攻撃は防御できるはずだ。


 覚悟を決めてこちらからクマに接近するが、クマも引く気はないようでこっちに突進してきた。


 クマは覆いかぶさるように組み付いてきて噛みつこうとするが、誠の体に触れることができない。


「よしよし、力場が上手く働いているようだな。次は熊の動きを封じてみるか」


 誠が念じるとクマの動きがピタリと静止する。


「たぶん強い雄グマの縄張りから追い出されてきた若い個体だよな。ここは人里からも近いし、退治しておくか」


 力場で防御したまま手をクマの頭部に手を当てて念じ、脳を一気に加熱する。


クマは脳細胞が一瞬で沸騰して絶命した。


「たしかクマの臓器って薬になるんだよな。もうすぐ日も暮れそうだし、血抜きだけして明日父さんと取りに来るか」


 倒木に頭が下になるようにクマを載せた後に、頸動脈にナイフで切り込みを入れて帰路につくことにする。


 少しトラブルはあったが無事帰宅し、妹が出迎えてくれる。


「お兄ちゃん、遅かったね。獲物は捕れたの?」


「つ・む・ぎ〜、今日は大漁だよ、お兄ちゃん頑張ってウサギの他に紬の好物の鴨も獲ってきたよ〜」


「……お兄ちゃん、話し方がキモい」


 妹よ、可哀想な人を見るような眼差しはやめてくれ。


「誠、私には何もないの?」


「澪姉さん、ごめん。今日は釣り道具を持っていかなったから姉さんの好物の魚は獲ってこなかったんだ。次は鮎を釣ってくるから許して!」


「しょうがないわね。今回は許してあげるわ」


 この時代の女性は何を送れば喜ぶのだろうか?さすがに12歳の誠の記憶には情報がなかったので、今度母さんに相談してみよう。


 前世では実験機材の自作は日常茶飯事で手先の器用さには自信がある。姉と妹には日頃の感謝を込めて、何かクラフトしてプレゼントするつもりだ。

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