第五十一話 魔女の狂宴
上杉に雇われた異能者傭兵集団の金田達は焔の里に程近い村落に拠点を構えていた。
「あれから一般兵も50名ほど都合できたし、そろそろ焔の攻略を始めるとするか」
隊長の金田がそう言うと、金田の右腕である黒岩が進言した。
「金田さん、焔は上杉が手を焼くほどの異能者だって話です。ここは慎重に進めましょう。まずは敵の情報収取からですよ」
「そうか、黒岩ちゃんの言うとおりだね。じゃあ、銭絵ちゃん、一般兵9名を預けるから、軽く偵察してきてくれない? できれば、焔の能力まで分かれば有難いかな」
銭絵には、金田が暗にそこまで調べてこいと要求しているのが分かった。ここで逆らうと彼がブチ切れることも、前世の職場での付き合いから容易に想像することができた。だから、黙って頷くことにした。
「分かりました。では、偵察をかねて捕虜を1人捕まえてきます。あとは尋問すれば、焔の情報が分かると思いますので」
「うん。じゃあ、よろしくお願い」
銭絵は内心、安い賃金で扱き使いやがってと悪態をつきながら、一般兵9名とともに焔の里を目指した。
一方、焔の里では、銭絵達が1km圏内に近づいた時点で、菫の索敵網にかかっていた。
「誠〜、敵だと思うけど、10人くらいかな〜。1kmの所まで近づいてきているよ〜」
誠は、ちょうどメンバーと今後の方針を相談しているところだった。
「ありがとう、菫。じゃあ、主水とアリスと焔は、屋敷の防衛を頼む。僕とくノ一達と瑞波で迎撃してくるよ」
「誠さん、敵は夕暮れ時を狙って来ているので偵察だと思いますよ。たぶん、上杉が新しく雇った傭兵だと思います。余裕があれば捕まえて情報を吐かせたいのですが」
「主水さん、わかりました。1人だけ捕まえてきます」
そこに目の下に隈を作った焔が手をあげた。
「あの、誠さん、私は出なくても良いのですか?」
「焔はまず、体調を万全に整えてください! こんな状態で出撃したら、いつか事故るよ。今回は灯里ちゃんと一緒にいてあげて。その方が僕も安心できるから」
「すみません。気を使って頂いて」
「じゃあ、皆さん、そういうことでお願いします!」
そうして、出撃した誠達は光学迷彩で姿を隠しつつ、敵の包囲を完了させた。そして、いざ攻撃を開始しようとしたその時、誠は自分を目を疑った。
銭絵達は焔の里を目指して山中を進軍していた。
「隠れ里だか知らないけれど、道すらないのは簡便してほしいわ」
銭絵がボヤくのも無理はなかった。焔の里へは前任の傭兵達がつけた獣道にも満たない悪路しかなかったからだ。
「銭絵さん、儂らが前を歩きますので、後ろをついてきて下さい。今よりは歩きやすくなると思いますんで」
「あら、皆さん、ありがとうございます。金田には皆さんの報酬をアップするように私が進言いたしますので!」
銭絵が心にもないことを言うと、一般兵達からは喜びの声が上がった。
「報酬アップだってよ! やったな、お前!」
銭絵は、前世ではハッタリで人を騙してなんぼのテレアポ要員であり、性格や考え方も毒婦そのものであった。今回も戦闘になれば使い潰す予定の一般兵に、わざと優しく声をかけて、『馬鹿な奴らね。せいぜい私の養分になりなさいな』と内心ほくそ笑んでいた。
そして銭絵達が進軍するうちに日は沈み、辺りが薄暗くなった頃、1人の金髪碧眼の少女が銭絵達の前に突然現れた。
「銭絵さん、外国人の娘が1人、儂らの前にいるんですが、どうしますか? それがその……儂らの方を向いてニヤニヤ笑っているもんで、気味が悪くて……」
銭絵が確認するために前に出ると、薄暗い中に綺麗な洋服を来た金髪碧眼の美少女がポツンと佇んていた。気のせいか、少女が銭絵を見た時に彼女の口元が大きく歪んだように見えた。
銭絵は気味が悪くなったが、焔の里の関係者かもしれないと思って話しかけてみることにした。
「お嬢ちゃん、あなたはこの先の隠れ里に住んでいるの?」
「お姉さん、少し違うわ。私は、少し前に焔さんの里に行商に来た商人の1人よ」
銭絵は内心、『やった! いきなり捕虜ゲットだわ』と思い、ガッツポーズを決めた。
「ところで、お嬢ちゃんは、こんな時間にここで何をしているのかな?」
「ええとね、私は生物学の研究が趣味なの。仲間から良いサンプルがこの辺にいるって教えてもらって探しにきたのよ」
「お嬢ちゃん、日本の生き物の研究材料だったらお姉さんに心当たりがあるから、一緒について来ない?」
「いいえ、その必要はないわ。ついさっき理想の個体を発見できたから」
「そう、じゃあ、残念だわ。強引に連れ行くわね。実はお姉さん達はね、焔の里を討伐するための兵隊なのよ」
「うん、知っているわ。ちなみに私はお姉さんをサンプルとして捕まえに来たの。女性のサンプルは初めてだから嬉しいわ」
銭絵は、アリスの言っていることが少しも理解出来ていなかった。一刻も早く、鬱陶しい山の中から拠点に帰りたかったので、部下にアリスの捕縛を命じた。
「あなた達、この娘を捕らえなさい。情報を吐かせた跡は好きにさせてあげるから」
「へへへ、銭絵さんは話が分かる御人で良かったですよ」
下卑た笑いを浮かべながら、一般兵達はアリスを捕らえるために前進していった。
「お嬢ちゃん、痛い思いをしたくなかったら、大人しくしていなよ」
そして薄暮時は過ぎ、辺りは闇に包まれていった。銭絵も直ぐには目が慣れず、前方が良く見えていなかったところに突然、今まで聴いたことのない異様な物音が耳に入ってきた。
「ベコッ、ベキベキッ、グチャッ」
その物音がしばらく続いた後、辺りは静寂に包まれた。
一抹の不安を感じた銭絵は一般兵に向かって声をかけた。
「あなた達、その娘は無事捕らえられたの!? 慰みものにするのは情報を吐かせてからよ! 順番を間違えないでちょうだい!」
呼びかけても返事は帰ってこない。
「ちょっと、あなた達、聞いているの!?」
「オバサン、兵隊さん達はいなくなっちゃったから、呼んでも無駄だわ」
「ちょっと、アンタ、私の部下に何をしたの!?」
「私には良くわからないわ」
アリスはそういうとニッコリと笑った。
「もう、仕方ないわね! あなた、大人しく私について来れば怪我をしないですむわよ!」
「私がオバサンについて行く必要はないわ。私はオバサンに用があるだけだから」
「ちょっとアンタ、さっきからオバサン、オバサンって失礼でしょ! 私はまだ26なのよ!」
「さっきからオバサンの汚い言葉を聞いていたら、あなたがオバサンにしか見えなくなっちゃったの。ほんとはもっと若い検体が欲しかったんだけど、今回はオバサンで我慢してあげるわ」
目の前の少女に対して年甲斐もなくブチギレた銭絵は、指先から圧縮空気をアリスに向けて連射した。
「泣いて後悔しろ! クソガキが!」
銭絵は、アリスを殺すつもりで圧縮空気を射出していた。だが、アリスはニコニコと銭絵を見つめながら微笑んで佇んでいた。
「暗くて、狙いを外したかっ、これでも喰らえ!」
銭絵は必中の距離まで近づいてから、再び圧縮空気をアリスに向けて連射した。
だが、アリスは平気な顔で微笑んでいるだけだった。
「気が済んだ? オバサン、異能者だったんだね。これは嬉しい誤算だわ。異能者の解剖は初めてだから、宗一郎も感激するに違いないわ」
「ちょっと、アンタ、何者なの? どうして私の異能が効かないの? 私は神から選ばれしエリートなのよ! 神格者なの! わかる!?」
「何を言っているのか分からないわ。はやく研究をしたいし、面白い実験を思いついたから早速試させてもらうわ」
そういうとアリスは右の人差し指を銭絵に向けた。次の瞬間、銭絵の右人差し指が爆縮した。
「イダ! イダイ!!」
銭絵は激痛で悲鳴を上げた。
「オバサンは、さっきから右人指で異能を撃っていたけど、他の指でも出来るの? 気になるから試してくれない?」
銭絵は激痛に耐えるだけで精一杯で、そんな余裕は一切なかった。
「オバサン、早くしないと死んじゃうよ」
アリスが脅すと、銭絵は左の人差し指から圧縮空気を発射した。
「ふ〜ん、他の指からも撃てるんだ。面白いね」
アリスが嬉しそうに言うと、銭絵は敵わないと思ったのかアリスに背を向けて逃げ出そうとした。
銭絵が駆け出した瞬間、彼女の右足の膝から下が爆縮を起こして、彼女は地面に転がった。
「ば、化物……」
続けて、今度は銭絵の右腕の肘から下が爆縮を起こした。
「あが――!!」
夜の森に銭絵の悲鳴が響き渡った。
アリスは歩いて銭絵のもとに行くと、彼女を襟首を掴んで里の方に歩き出した。
「お願い! お嬢ちゃん、助けて! 何でも言うことを聞くから!」
「オバサンには、私の研究のための検体になってもらうだけで満足なの」
「そうじゃなくて! ね! お金はいらない? 私の全財産をあげるから! お願い! 助けて!」
「私ね、お金には興味ないの。でも、オバサンの身体は、きっと私の知的好奇心を満足させてくれるはずだわ」
そう言うと、アリスは銭絵に向かって万遍の笑みで微笑んだ。
それを見た銭絵はパニックに陥った。彼女は手足を無茶苦茶に暴れさせながら必死に抵抗したが、異能を使っているアリスには全く効果がなかった。
「お願い! 助けて! 私があなたに何をしたっていうのよ―! ああ゛――!!」
銭絵の悲鳴はもはや誰にも聞き届けらることはなかった。ただ、夜の森に無情に響き続けるだけだった。
なお、誠達は、その一部始終を光学迷彩で姿を消して見ていた。留守番を命じたアリスが敵の前に突然現れた時には、流石の誠も絶句した。
アリスが銭絵を確保して里に向かって歩きだした後、誠は思わず独り言を呟いていた。
「なんで、アリスがここにいるの? 突然現れたよね?」
「誠、アリスがこの前言ってたんだけど、あいつ、瞬間移動ができるようになったらしいぞ」
「へ?」
誠が絶句していると、瑞波がさらに説明を補足してくれた。
「アリスちゃん、この間、索敵した段階で相手の性別と大まかな年齢まで分かるようになったって言ってました」
「まじか……」
最後に、葵がまとめてくれた。
「誠、アリスはきっと女の身体を解剖したかったんだと思う。宗一郎も同じようなことを言ってた」
「そうか……アリスは研究のことになると、自分が抑えられなくなるんだね」
「でも、アリスは危険なことは決してしないから、今回は安全が確保されていたんだと思う。だから、アリスを叱らないでほしい」
「わかったよ、葵。僕なら、異能者の敵を生きたまま捕まえる自信がないからね」
誠達が里に帰ると、焔の屋敷の庭先では松明の灯里の下で、全裸に剥かれた銭絵の解剖が早速行われていた。執刀はアリスで、宗一郎は助手である。
「アリス、今回は女の検体を手に入れるなんて、お手柄だったな! あのよ、俺にも解剖をさせてくれるよな!」
「これは私が捕まえた検体よ。宗一郎には2つある組織のうちの1つだけなら研究用にあげてもいいわ。例えば、耳や眼球や肺や腎臓や卵巣。それ以外は全部、私が執刀する。宗一郎は見るだけ!」
「わかった、わかったからよ。今回はそれで満足するから。気が変わったら、いつでも言ってくれよ」
「気は変わらないわ!」
「……」
「じゃあ、アリスさん、尋問の方も始めますね」
「うん、それは主水の好きにして構わないわ。尋問が終わるまでは、話すのに必要な器官は解体しないから安心して」
「ご協力感謝します、アリスさん」
「じゃあ、宗一郎、手足から解体していくわよ。失血死しないように気をつけて! 私は完全に残っている左側、宗一郎は爆縮で欠損している右をお願いするわ」
「了解! 腕が鳴るぜ!」
アリス達の会話を聞いて、銭絵は涙を流しながら助けを乞うていた。しかし、あまりに煩さかったため、銭絵が喚く度に痛覚が集中する箇所を刺激すると、彼女は喚くのを止めたのだった。その後は、銭絵の人生にとって最も長く最悪な夜となった。




