第四十九話 焔の里攻防戦
焔の里に近い村の一つが上杉軍の前線基地になっていた。そこでは傭兵隊長が伝令から樋口与六の指示を受けていた。
「10日から20日間程かけて焔の里を消耗させて下さい。周囲は上杉の軍勢が封鎖しているので焔の里は補給が絶たれています。焔の消耗具合を見て上田衆本隊が攻め落とすので、それまでは無理に攻めず、相手の精神を削ることだけに集中してほしいとのことです」
「わかった、わかった。こっちも部下をこれ以上失いたくないからな。だが、焔の様子を見てチャンスだと思ったら、こっちも精鋭部隊を突入させるぜ」
「……」
「その方がそっちも敵の情報が増えて都合がいいだろ?」
「わかりました。そのように樋口様にお伝えします」
その間、誠達による焔の里の民の空輸は、毎日2人づつであるが地道に続けられていた。当初の予定では芹は索敵要員として焔の里に常駐する予定であったが、誠の里で隠密・諜報活動をするために一旦戻ることになった。
というのは、誠は過去に起きた瑞波の部下による造反劇で凝りており、誠自身が良く知らない者達を自分の里に入れることを警戒していたからであった。誠は焔の里で救援活動をしていたが、彼らを信用できるかは全く別問題だったのだ。それどころか、焔と灯里以外の者達を、誠は全く信用していなかった。
「芹、もし焔の里の者達が僕の里で造反する兆しがあったら、豪三さんと協力して事前に始末してほしい」
「誠さん、わかりました。誠さんの留守中に海賊の時みたいにことになるのは避けたいですものね」
「うん。それで、このことは焔にも了解を得ているから、その辺は遠慮なく好きにやってくれて構わないよ。それが彼らを僕の里に入れる条件だから」
人間、追い詰められると何をするか分からないし、このくらいの警戒は当然だと誠は考えていた。
一方、傭兵たちの襲撃は散発的に続いた。索敵は、広範囲をカバーできる誠と菫の1日2交代の24時間体制で行われていた。
その時は菫が索敵を担当していた。
「焔〜、里の北北東から傭兵が10人くらい近づいてるよ〜。距離はここから約1500m。もう少し接近させる〜?」
「菫さん、そうですね300mくらいになったら教えてもらえますか? そのくらいの距離であれば、私でもかなり正確に位置を把握できますので、遠距離攻撃を命中させられます」
「わかった〜」
その後、索敵を続けていた菫が再び敵の位置を焔に伝えた。
「焔〜、今、ちょうど300mくらい。方角は北東に変わったよ〜」
「ありがとう、菫さん。迎撃します」
焔は火球を指先から森の上空に向けて連射した。指先から射出された火球は榴弾のような軌跡を描いて森の中に吸い込まれていった。
「菫さん、全弾命中したと思います。菫さんの索敵ではどうですか?」
「うん、焔って凄いね〜! 敵の反応が消えたよ〜」
「良かったです」
「私も実は、これくらい距離なら当てられるんだけど、誠が言うには焔以外に異能者がいることがバレるとマズイみたいなんだよね〜。焔に頼りっきりになっちゃうけど、ゴメンね〜」
「いえ、それ以上に良くしてもらっているので十分ですよ!」
一方、誠は空いている時間は灯里の看病をしていることが多かった。
「灯里ちゃん、調子はどうだい?」
「うん、痛い所はないけど、足を撃たれた時に血を大分失ったみたいで、フラフラするかな。しっかり食べていれば、じきに回復すると思うけど」
「そうか、なら、血になりそうなものを狩ってくるようにするよ」
「なに、誠さん、狩りも得意なんだ?」
「うん、うちは昔、貧乏だったからね、僕が家族の狩猟担当だったんだよ。山菜採りや魚釣りも得意だよ」
「へ〜、そうなんだ、意外〜」
「はは、そうかな?」
「ところで、誠さんのお嫁さん達って、あんまり誠さんにベタベタしないんだね」
「うん、皆、里では仕事を持っていて忙しいし、それを生きがいにしているからかな?」
「私も何かできるかな?」
「そうだね。仕事はいくらでもあるから、暇はしないと思うよ。灯里ちゃんは漫画が好きみたいだし、菫や芹の手伝いでもしてみる?」
「うん、やってみたい! でも私に絵の才能があるかな?」
「天才の菫みたいには成れないかもしれないけど、まだ若いんだし、修行すれば絵師には成れるんじゃないかな」
「誠さん、私、頑張ってみるよ!」
「そのためにも早く治さないとね」
その日、誠が夕飯の作っていると、葵が側に寄ってきた。
「誠、上杉を滅ぼすって、もしかして私達の敵だから?」
「うん、それも理由の一つかな」
「他にも理由はあるの?」
「他は、灯里ちゃんがこれからの人生を生きやすくするためかな」
「え、灯里のためなの?」
「うん、だって、上杉を滅ぼさない限り一生、狙われ続けるからね。たぶん匿った僕らも同罪だよ。本当は、灯里ちゃんが嫁じゃなかったら、この里を見捨てるのが僕達にとっての最善策なんだけど……」
「でも、何れにしても、それはできない。紬も焔への嫁入りを希望しているから」
「そうなんだよ……焔達を見捨てたら、紬は一生口を利いてくれないだろうな……」
「誠、もう縁が出来てしまったのだから、覚悟を決めるしかない」
「葵の言うとおりだね。出来れば丸く収めたかったんだけど、上杉は規律に厳しいから、決して焔達を許さないだろうしね」
「うん、それで私の里も滅ぼされた……」
「それで、上杉を滅ぼせたとしても、問題は他の戦国武将に目を付けられないかどうかなんだよね……」
「もし、そうなったら?」
「たぶん、破滅の道へ一直線だと思う」
「……」
「そうならないためにも、僕らの素性が世間にバレるのだけは避けたいんだ」
「撫子の時みたいに?」
「うん、撫子の時は相手が小領主の敵対派閥でスケールが小さかったからね。それで誤魔化せたんだと思うけど、今回は国一つ滅ぼすわけだから」
「……」
葵は誠の話を聞いて、改めて事の重大さを理解したようだった。誠自身も確かな解決策を持っているわけではなく、内心、頭を抱えていたのだった。
その後も上杉の傭兵達による襲撃は散発的に続いていた。だが、24時間、不規則な時間に攻めてくる敵の相手を1人でしていた焔には、疲労の色が濃く出ていた。しかし幸いなことに、その頃には焔の里の仲間の空輸も完了していたのだった。
「誠さん、全弾、外してしまいました。敵はそのまま、逃走したようです」
目の下に隈を作った焔が誠に襲撃の報告に来ていた。
「焔は少し休んだ方がいいよ。あまり眠れていないんじゃないか?」
「ええ、昼夜関係なく、不規則に襲撃されると……睡眠サイクルが狂ってしまったみたいで……」
「楓さんのこともあるのに、無理をかけて済まない。しばらくは僕らの方で対処するから焔はしっかり静養して体調を万全に整えてもらえるかい?」
「誠さん、助かります」
焔はフラフラと心もとない足取りで自室に戻っていった。
そんなタイミングで、深夜、いつもと様子の違う形で襲撃が行われたのだった。
敵の数は100前後であり、すぐに誠は嫁達に通信を送った。
『敵の数は約100、焔の消耗を察知して総攻撃をかけてきたんだと思う。焔は過労で参戦できないから、僕らだけで迎撃する』
『誠! 私達の素性はバレないようにするんだろ?』
『うん、椿の言うとおりだよ。光学迷彩で姿を消して、雷撃みたいな派手な異能は禁止してもらえる?』
『わかった〜。最後は爆縮して証拠隠滅するから安心して〜』
『それから、敵に情報を与えないためにも皆殺しにすること!』
『了解!!』
『それと、アリスに白兵戦は無理だから、主水さんと一緒に屋敷の守備をお願い! 屋敷周辺に現れた敵には、絶対零度の範囲攻撃を使ってもいいから』
『誠、分かったわ。屋敷の守備は任せて。それと、2人程生け捕りにしてもいい? 宗一郎からも頼まれているんだけど、医学の研究のために解剖したいの』
『う……うん、いいよ』
『誠、ありがとう』
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その少し前、上杉の傭兵達は総攻撃の準備に入っていた。
「樋口様の言うとおりだったな! ここ最近の襲撃じゃ、焔の異能は一発も命中してねぇ! 奴もついに打ち止めのようだな!」
そんな部下達を前に傭兵隊長は総攻撃の命令を発した。
「お前たち、焔が使い物にならなくなった今がチャンスだ! 一気に里を滅ぼして褒美を貰うぞ!」
総勢100名と少しの傭兵部隊は、焔の里に向けて進軍を開始した。
傭兵部隊が焔の里まで200mの距離に達しても迎撃はなく、兵士の緊張感は緩みきっていた。
「いつもなら、とっくに火の玉が飛んでくる頃なのに、こりゃ焔の奴は本当に打ち止めかもしれねぇなぁ!」
1人の兵士がそう言うと、傭兵たちの間に笑い声が湧き上がった。
と、その時、傭兵のうちの数名が喉笛を切り裂かれ、心臓を一突きされて地面に転がった。
周囲は暗闇に包まれていたのと、傭兵たちは油断しきって大笑いしていたため、仲間が襲撃を受けたことに気づいた者はいなかった。
その後も傭兵たちは大声で馬鹿話をしながら進軍を続けていた。
「なあ、焔の里って、女子供しかいないんだろう? 焔が戦えないんじゃ、もう楽勝じゃねぇか!」
「じゃあ、里に着いたら、女もやり放題ってか?」
傭兵たちの間に、ギャハハハと下品な笑い声が再び起こった。
その時、ビシッ、ビシッという音ととも一斉に仲間達が倒れ始めた。今回は流石に倒れた者の数が多かったため、傭兵達の間に動揺が静かに広がっていった。
「な、なんだ敵襲か?」
「でも敵の姿がまったく見当たらないぞ」
それもそのはず、異能の光学迷彩を纏った『くノ一』4人組が隠密の技で傭兵部隊の中を縦横無尽に移動して、至近距離から指弾で敵頭部を撃ち抜いていたからだった。
『くノ一』達は異能でホバリングしながら移動するため、物音を全く立てていなかった。それが、傭兵たちの状況把握をさらに遅らせていた。
次々に倒れていく兵士を見た隊長は、体制を立て直すために指示を出した。
「密集陣形! 全員固まって周囲を警戒しろ!」
この時点で傭兵たちの数は半分近くまで減っており、兵士達の間に得体のしれない敵への不安が広がっていった。
「お、おい、敵の気配がまったくしないぞ。相手は本当に人間なのか? 物の怪の祟りとかじゃないのか?」
そうしている間にも傭兵たちは、また1人、また1人と数を減らしていった。
兵士が残り30人まで減った時、傭兵たち全体を得体のしれない空気が包んだ。
「な、なんだ、空気が変わったぞ。少し息苦しいな」
次の瞬間、傭兵達は強い力で隊の中心に向かって吸い寄せられた。一見すると押しくら饅頭状態になったが、そこで終わらなかった。さらに強い力で隊の中心に向かって潰されていったのだ。
ベキッ、バキッ、バチュッと骨と肉が潰れる音を立てながら、傭兵たちは爆縮していった。
爆縮が終わった時、菫から声がかかった。
「誠〜、森の中に散らばっていた傭兵の死体も、全部爆縮して証拠隠滅しといたよ〜」
「菫、ありがとう。敵兵の人数からして傭兵部隊は全滅できたと思う」
「じゃあ、数日は敵も攻めてこれないね〜」
「誠! じゃあ、明日あたり、宴会でも開くか!」
「うん、そうだね。ここらで一旦、皆の労を労うとしようか」
誠達が屋敷に戻った頃には、すでに夜が明けかかっていた。
誠は屋敷の庭の一角を見て、自分の目を疑った。そこでは、松明の灯りの元で、アリスと宗一郎が敵兵の解剖を嬉々として行っていたのだ。
いつの間に捕らえたのか、2人の兵士の口にはボロ布が詰め込まれて、声を出せないようにされていた。1人は生きたまま解剖されている最中で、もう1人は縄で庭木に縛り付けられており、解剖されている仲間を恐怖に引きつった顔で眺めていた。
さらにその近くには、偶然アリス達と鉢合わせた焔が、地面に四つん這いになって嘔吐していた。
誠に気がついたアリスは万遍の笑みで話しかけてきた。
「あら、誠、早かったわね。解剖の許可をくれてありがとう! お陰でいい検体が手に入ったわ!」
「いや〜、誠には感謝しかないわ〜。誠の里の医者になって本当に良かったぜ! 生きた人間が解剖できるんだもんな! な! アリス!」
誠は2人のマッドサイエンティストに愛想笑いを浮かべながら、嘔吐し続けている焔の介抱に向かったのだった。




