第四十四話 焔と灯里
男は、紅椿屋の雪乃に一冊の漫画を差し出した。それは雪乃の娼館で委託販売している魔法少女の漫画だった。
「この漫画を描いた人と会いたい」
「あんた、焔って言ったかい? たしか有名な炎の異能者だよね。傭兵をやっているんだっけ? そんな奴がこの漫画の作者に何の用なんだい?」
「それは……、『転生者』の焔が会いたがっていると伝えてもらえれば、話は通じると思います」
「は? 『転生者』? 私には意味がわからないけど、そう伝えればいいのかい?」
「はい、それで会ってもらえると思います。もし作者が『転生者』なら、私と同郷だと思いますので」
「アンタ、悪い人には見えないし、わかったよ。会ってもらえるか本人に聞いてみるから、少し時間をくれないかい?」
「お手数をおかけします」
そして、現在、誠の里では、この件で大騒ぎになっており、珍しく葵が感情を剥き出しにしていた。
「誠、焔に会うのは絶対に反対! 危険すぎる!」
「御嬢、その焔って奴は、私達の忍びの里を襲撃してきた奴らの一味なんだろう? いっそのこと殺っちまった方が良くないか?」
「椿、考えが甘すぎる! 私達では焔に勝てない。黒焦げにされるだけ」
葵は忍びの里から脱出した時に見た巨大な火柱を思い出していた。
「おそらく私を里から逃してくれた側仕えは皆、焔に焼き殺されている」
「え〜、そこまでなんだ。たしかに炎の攻撃を防ぐ方法は思いつかないな〜」
「菫の言うとおり。私達の異能が焔に通用する保証は全くない!」
「誠さんはどう思いますか?」
芹が気をつかって話を振ってくれたお陰で、誠はやっと口を開いた。
「僕は会ってみようと思う。雪乃さんの話では、焔は転生者らしいから僕と同郷かもしれないんだよ」
「それでも、焔は私達『くノ一』の敵。誠にはそんな奴と会ってほしくない!」
葵は頑なに焔を拒絶していた。焔は、葵達の里を滅ぼすのに加担していた可能性が高い。だから、葵が意固地になるのも致し方ないのだろう。だが、焔が転生者であるなら会ってみたいと誠は考えていた。焔も神の使徒であるなら、その辺りの話を聞いてみたかったからだ。
「でも、葵は、焔が仲間を殺したところを直接見たわけじゃないんだろう? もしかしたら、誤解があるかもしれないし、話を聞いてみる価値はあると思うよ」
「……もし、誠がどうしても会うって言うなら、私も同席する。それが焔と会う条件!」
「わかったから、落ち着いて! 葵も連れて行くから。その代わり、会談の場では暴れないでくれよ」
「私を椿と一緒にしないでほしい」
「御嬢……私はそんなに喧嘩っ早くないよ。傷つくな……」
誠は椿のそんなセリフを聞きながら、彼女とは出会ったその日に殺し合いになったことを思い出していた。
「誠、焔は魔法少女の作者に会いたいって言ってるんでしょ〜。私と芹も一緒に行くよ」
「それと、誠さん。雪乃さんの紹介ですから、いきなり殺し合いになることはないと思いますよ。雪乃さんの人を見る目は確かですから」
常識人の芹の一言で、場の空気は焔との会談は危険ではないという雰囲気に変わっていった。
「僕もそう思うよ。じゃあ、2人も一緒に来て」
「誠〜、暴れないから私だけ仲間外れにしないでくれよ〜」
椿が誠の腕を掴んでしきりに身体を揺すって懇願してきた。
「わかった、わかったから、揺すらないで。じゃあ、くノ一の皆全員で会いに行こう」
それから少しして、誠と『くノ一』4人組は敦賀の紅椿屋で焔と会うことになった。
誠から見た焔の印象は、表情が薄い美青年であった。驚いたことに焔は年若い娘を同席させていた。
「はじめまして、焔と申します。20歳です。私と会ってくださり、感謝いたします。私は転生者です。そして、こちらは妹の灯里です。」
焔は身長180cmの細マッチョだったが、灯里は身長160cmのグラマラスな体型だった。兄が冷徹な表情の男であるのに対して、灯里は日本人しては珍しい赤みがかった髪色の娘で、前髪を目元まで伸ばしているせいもあって一見すると大人しそうな印象であった。
「皆さん、はじめまして、灯里、17歳です。お兄と同じ火の異能使いだよ」
誠達は焔の妹も異能使いと聞いて、ギョッとしていたが焔が事情を補足した。
「灯里も異能が使えるんですが、その……前世の記憶がないんですよ。ですので、転生者かどうかも不明でして……」
「そうでしたか……僕は誠といいます。18歳です。漫画を描いているのは別の者ですが、僕が転生者です」
「私は誠の第1夫人の葵、17歳。くノ一」
「私は第2夫人の椿っていうんだ。20歳で、私もくノ一だぜ」
「私は第3夫人の菫だよ〜、18歳で、魔法少女の漫画を描いてま〜す。私もくノ一ね〜」
「私は第4夫人の芹です。18歳で、魔法少女の脚本を担当しています。くノ一です」
誠が連れてきた娘達全員が嫁だと分かって、焔と隣の娘は一瞬、複雑な表情を見せた。だが、そのことについては初対面ということもあり触れてはこなかった。
一通り自己紹介が終わった所で、誠は本題に切り込むことにした。
「それで、今日はどのようなご用件で僕に会いたいと思ったんですか?」
「いくつかあるのですが、話の通じる転生者と会いたかった、というのが一番の理由です。誠さんは漫画のような娯楽作品を販売されているので、文化的といいますか……まともな話ができると思ったんですよ。戦場で会う転生者は皆、暴力に酔いしれている者達ばかりだったもので……」
そこに、ブチ切れた葵がいきなり割り込んできた。
「焔! お前がそれを言うか! 私の里を滅ぼして、仲間を焼き殺したくせに!」
激昂した葵に対し、焔は冷静なままであった。妹の灯里にいたっては、全く興味が無いようで明後日の方角を向いていた。
「たしか、あなたは忍びの里でお会いした方ですね」
「そうだ! お前のせいで私は里も家族もすべてを失ったんだぞ!」
激怒している葵を宥めるために、誠が割って入った。
「葵、落ち着いて。焔さんの話を聞いてみようよ。誤解があるかもしれないから」
「御嬢、落ち着けって! 誠が困ってるだろ」
「椿には言われたくない!」
「ぐぬぬぬ……」
葵は怒りに我を失って『フーッ、フーッ』と猫のような低い唸り声を上げていた。
「葵さん、誤解があるようですので、当時の状況を説明させてください。私は葵さんの里では誰も殺していません」
「嘘だ! 私は見たぞ! 私を逃してくれた側仕え達がいた辺りで巨大な火柱が上がったのを!」
「その火柱は偽装です。あの時、葵さんと一緒にいたお仲間は今も生きていますよ。私の隠れ里で匿っています」
「ほら、葵、やっぱり誤解だったでしょ。頼むから一旦落ち着こうよ」
「誠、騙されないで。此奴は嘘を言っているに決まっている!」
「葵さんさえ良ければ、私の隠れ里に案内しますので、里の仲間と会ってみませんか?」
「……」
葵はまだ納得していないようだったので、代わりに誠が返事をする形となった。
「焔さん、ありがとうございます。是非、里を訪問させてください。実際に仲間に会えば、葵も納得すると思いますので」
「はい、それで構いませんよ。では、話を元に戻しましょう。誠さんは転生前は何をされていた方ですか?」
誠は葵を落ち着かせるために、彼女の手を握りながら話し始めた。
「僕は研究者をしていました。専門は微生物です。とはいっても国の研究者でしたが生物学全般色々やってましたね。45歳のときに過労で倒れて、そのまま戦国時代に転生してきたんですよ。転生時は不便・不衛生でホント参りましたよ、ははは……」
葵は初めて聞く誠の前世の話に聞き耳を立てているようで、誠は少し安心した。
「そうでしたか、私よりも大分年上ですね。私のことは焔と呼び捨てにしてください。私は東京大学農学部を卒業した後に実家の農業を継いだのですが、25歳の時に病で倒れて転生してきました」
「東大出身ですか、アリス……里に勉強熱心な娘がいて、話を聞いたら喜ぶかもしれませんね。ところで……僕は今、商人が本業です。転生後は父が行商人でしたので、それを継いだ感じです。焔は何で生計を立てているんですか?」
「私はとある忍びの里の子供として転生しました。その後、忍びの技を仕込まれましたが、戦で里を滅ぼされて、今はフリーの傭兵です」
ここまでは、世間話であったが、誠は一歩踏み込んでみることにした。
「実は、僕の異能は天照大神から借り受けているものらしくて……夢枕でお告げがあったんですよ。信じてもらえないかもしれませんが。焔の所もに神様のお告げはありましたか?」
「ええ、僕の所には火之迦具土神のお告げがありました。家康に天下を取らせるなって言われました。ですが、私個人に言われても困るって返しましたよ」
「他には何か言ってました?」
「はい、『今は、それでいい』って、それだけ言って消えました」
「僕も似たような感じです。『嫁を大事にしろ』って言われました」
「嫁ですか、羨ましい。私はまだ独り身です」
そこで葵が口を挟んできた。
「誠には7人の嫁がいる。私は正妻」
「7人の嫁ですか……。いわゆる異世界ハーレムっていうやつですか?」
「うわぁ……」
焔の妹の灯里もそれを聞いてドン引きしているようだった。
「ははは、返す言葉もありませんね。私もまさか嫁が7人もできるとは思ってませんでしたよ」
「焔は誤解している。誠が自分から結婚を申し込んだのは私だけ。他の6人はほとんど嫁の方から頼み込んで今の状況になっている。しかも、誠はまだ嫁の誰にも手を出していない!」
焔と灯里は葵の説明を聞いて、さらに何とも言えない複雑な表情をしていた。
「……そうでしたか。私はまだですが、結婚したいと思っている娘が里に1人おります。彼女とは、長年、ともに隠れ里をつくってきた間柄です」
そこで、誠は、葵の里の件も含めて気になっていたことを焔に聞いてみた。
「焔は傭兵ということですが、里を襲うようなことはいつもしているのですか?」
「先程も申しましたが、私自身も里を滅ぼされています。ですので、里を襲うような傭兵任務は受けないようにしています。ですが、葵さんの時は、半ば騙されてあのようなことになりました。でも、あの時も人を殺していません」
そこに葵は再び噛みついた。
「里に火を放ったのはお前じゃないのか!?」
「いえ、あの時は里から逃げ出した者を皆殺しにしろと命令されて、あの場所で待ち伏せていました。ですが、逃げてきた人達は、先程も申したように私の里で匿っています。人殺しは合戦場でのみでするようにしているんです。ですが、それも将来的には止めたいですね。農業で生計を立てるのが私の夢です」
「それで、他に要件は何があるんですか?」
それを聞いた焔兄妹は目を輝かせた。
「菫さん、芹さん、私達は貴方がたのファンです! これにお二人のサインをください!」
焔はそう言って、魔法少女の漫画を差し出して、頭を深々と下げた。その横では、灯里も兄と同じ様にしていた。
誠は、その一言で焔兄妹がどういう人種なのか察してしまった。
そして、芹と菫は焔の言っていることが理解できず、誠の横でキョトンとしていた。
「え……ファン?」
「誠〜、サインって何?」
その後、菫達にも分かるように通訳して、彼女達のサイン会は無事行われたのだった。




