第四十三話 豊穣の女神
これで『豊穣の女神 編』はお終いです。次から新章に入ります。
豊穣神による騒動の後、東雲領では豊穣の神々の彫像が祀られることになった。また、東雲領に豊穣神が降臨したとの噂は周辺諸国にも伝わり、一目、神が降り立った地を見ようと立ち寄る旅人が増え、領内は大いに賑わっていた。
この状況を予見していた誠の嫁達は、東雲領内の路上で豊穣神と撫子の話を芝居として公演し、豊穣神の一枚絵や漫画、さらには豊穣神の杖などの関連グッズを販売して周っていた。
「お姉ちゃん、領主に許可も取らずに興行してるけど、大丈夫なの?」
「うん、誠から撫子ちゃんを通して根回ししてもらったから問題ないよ〜」
「それにしても、お姉ちゃん、一枚絵も飛ぶように売れているし、豊穣神シリーズを全種類買っていく人も普通にいるのには驚いたわ。誠さんが最初から全て見越していたとすると、商売のセンスは神がかっているよね!」
「そう、誠は神! さすが私の旦那様。そして私は正妻!」
『ふんすっ』とばかりに葵の鼻息も荒かった。
「だけど、私達が女神役だって、誰も気づかないのね。不思議だわ……」
「アリス、くノ一の変装スキルを馬鹿にしちゃいけないぜ! あの日の私達はほんと神々しかったものなぁ」
「ところで、椿は全快したのですか? 身体はもう大丈夫なのですか?」
「おうよ! 瑞波。心配かけてスマンな。今日は、宗一郎から大暴れしても大丈夫だって、お墨付きをもらってきたぜ!」
「椿は、里では私の姉代わりなんですから、もう無茶はしないでくださいね」
「おう! もう下手を打たないように、主水や豪三からも稽古をつけてもらっているから大丈夫だと思うぞ」
「いや、そういうことを言っているのではなくて……」
一方、撫子が嫁いた越中国にも豊穣神の噂は届いていた。特に撫子がいる潮崎領には、豊穣神の生まれ変わりである撫子を一目見ようと多くの人々が集まっていた。
「まったく、いくら私のためといっても、誠達はやりすぎですわ! お陰で私まで女神の真似事をするハメになってしまいましたわ…….」
撫子の夫である潮崎家当主の忠康は、これは絶好の商機とばかりに撫子を祀る神殿を作ったのだった。そこで、撫子は日に数回、参拝客の前に姿を見せる役目を仰せつかっていた。
「しかも、何もしていないのに、参拝客がお賽銭を置いていってくれるのには心が痛みますわ……」
撫子の神殿には生き神様が住まうということで、毎日のように参拝客が長蛇の列を作っており、賽銭収入だけでもかなりの額になっていた。
しかも、その神殿では、誠達から送られてきた女神グッツの販売も行われ、撫子の加護を求める人々が我先にと買っていった。しかも、女神である撫子が直接販売しているので、売値は相場の10倍でも飛ぶように売れた。
「宗教ビジネス、恐るべしですわ。こんなことを思いつくなんて、なんて罰当たりなんでしょう。人ごとながら、誠達のことが心配になりますわね。天罰が落ちなければいいけど……」
撫子の神殿では、豊穣神グッツの他に誠達から送られきた他の商材、たとえば、乙姫や羽毛布団なども売られており、これらも相場の5倍の価格でも早々に売り切れる始末であった。
「誠は、私に商いの話を持ちかけた時に、この状況を見越していたに違いありませんわ。まったく利益の半分をくれるって言ってくれた時の感動を返してほしいですわ!」
このように撫子は存在自体が越中国では神格化され、さらには彼女の商売も飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していった。そのため撫子の潮崎家での立場は、早くも盤石のものとなっていた。
東雲領での興行が少し落ち着いた頃、誠は東雲家当主である宗頼を訪ねていた。
「宗頼様、私達が東雲領で販売している豊穣神グッツについてご相談があるのですがよろしいですか?」
「誠殿、娘の護衛の件では大変世話なった。相談というは何かな? 私にできることであれば協力しよう」
「今後は、豊穣神グッツは私からではなく、潮崎家に嫁いだ撫子様から仕入れてほしいのです。撫子様はもはや越中国では生き神様として扱われています。私から仕入れるよりも、神様御本人から仕入れた方が価値も高まりますし、高く売れると思いますよ」
「こちらとしては有難い話であるが、誠殿はそれでよいのか?」
「ええ、私どもは撫子様に直接商品を卸していますので問題ございません。それに撫子様と、商いで直接的な繋がりができた方が、宗頼様も色々とご都合がよろしいかと思います」
「確かにそのとおりだな。誠殿に世話になりっぱなしなのも申し訳ないので、困ったことがあれば何なりと相談してほしい。できる限り力になると約束しよう」
「お心遣い、ありがとうございます」
「ところで、豊穣神の芝居についても、後々は領内の者達でできるようにしようと考えているのだが、衣装なども売ってもらうことはできるのかな?」
「もちろんでございます。もし、当方の興行がご希望の場合には、敦賀にある紅椿屋の雪乃さんを通してご依頼いただければ対応したしますので、そちらの方もご安心ください」
「それと、潮崎家では撫子のために神殿を作ったようだからな。我が領地でも取り急ぎ作らせているところなのだ」
「左様でございますか。撫子様も、きっとお喜びになると思いますよ」
このように撫子は東雲領においても神格化が進むと同時に、商いの核になりつつあった。
豊穣神騒動が少し落ち着いた真夏のある日、誠達一行は潮崎領にある撫子の神殿を訪れていた。
「撫子、久しぶり! 元気だった?」
「ええ、東雲領での噂は聞いていますわ。なんでも神に扮して父の敵対派閥を一掃したらしいわね。お陰で、私は豊穣神の生まれ変わりとして、この神殿に祀り上げられる始末ですわ! いったい、この責任をどう取ってくれますの!?」
そこに椿が割って入った。
「撫子、お前、羨ましいんだろ? なんせ私達は豊穣の女神様だからな。空の上から雷を落とすの、ほんっと最高の気分だったぜ!」
「ええ! 椿の言うとおりですわ! 私も参加したかったのに、なんで声をかけてくれなかったのですの!?」
「いやいやいや、それはさすがにマズイでしょ。いくらなんでも嫁いだばかりの撫子を潮崎家から連れ出すわけにはいかないでしょ!」
そこで菫が一枚絵を撫子に渡した。
「撫子ちゃん、安心して〜。あなただけ仲間外れにはしてないから。この一枚絵は私の新作なんだけど、豊穣神『撫子』ちゃんを描いたものなの。あなたは、豊穣神の生まれ変わりってことになっているから。悔しいけど、東雲領ではあなたの一枚絵が一番売れたのよ〜」
「え〜! それ本当なの? もう恥ずかしくて東雲領に帰れないじゃない!」
「うん、撫子ちゃんが一番人気なのは間違いないかな〜。さすが東雲のお姫様だね。それとこの漫画もかなり売れたから読んでみてね。これはまだ、潮崎には卸していないものだから、こっちでも売れると思うよ〜」
菫が撫子に渡したのは豊穣神と撫子の物語だった。そこに芹が説明を補足した。
「撫子ちゃん、その脚本は私が書いたんですよ! 当然、ヒロインは撫子ちゃんだから、読んで楽しめると思いますよ!」
「……まったく、あなた達は相変わらずですわね」
「撫子、落ち着いたら一度東雲領に帰省するといい。そうしたら私達嫁一同が女神の格好で迎えいく」
葵の誘いに、瑞波が続けた。
「そのまま、私達の里へ撫子さんをご案内いたしますよ」
アリスも続けた。
「撫子、誠の嫁なら里を一度見ておいた方がいいと思うわ。商いのヒントもたくさんあると思うわよ」
「はいはい、分かりましたわ! 私も一度、あなた達の里に行きます。ただし、もっと普通の方法で招待してほしいものですわ!」
そう言いながら撫子は心の底から楽しそうに笑った。撫子には正直、嫁いだ潮崎家で気の許せる味方はまだ1人もいなかった。だが、自分には誠や嫁達がいるのだと改めて気付かされたからであった。
その翌日、撫子の神殿では、誠達一行によって潮崎領で初めての公演が行われた。だだし、この公演は、東雲領で行っている芝居とは全く異質のものであった。
その日は真夏日で日差しもきつかったが、神殿は参拝客で賑わっていた。
そんな参拝に来ていた人々の頭上に突如、稲妻が走った。轟音と閃光に驚いた参拝客が頭上を見上げると、神殿の上空には男神と6柱の女神が浮かんでいた。
男神は参拝客に向けて大音響で叫んだ。
「我々は豊穣神である!! 豊穣神の生まれ変わりである撫子を参拝しにきたお前たちに褒美を与える」
すると、金髪碧眼の女神が男神の前に出て、杖を一振りして叫んだ。
「マジカル〜シェイブアイス!!」
すると、女神の杖からキラキラ光ったものが神殿の境内に置かれた大きな器に降り注いだ。
器に降り注いだものは、かき氷であった。この時代、夏に氷は大変貴重であった。その貴重な氷を神殿の巫女達が参拝客に振る舞い始めた。
「おい、このクソ暑い季節に、氷菓子が振る舞われているぞ! 奇跡の御業だ!」
「こりゃ、美味い! たまらん!」
参拝客へのかき氷の振る舞いは、小一時間ほど続いた。その間、境内の大皿に降り注がれた大量のかき氷はアリスの異能により溶けることはなかった。
また、その間、女神達は舞うように空中を飛び回っていた。
「女神様達のなんて美しいことか……」
参拝客は振る舞われたかき氷を堪能しながら、神々の舞に見惚れていた。
神殿の中から誠達の興行を見ていた撫子は、呆れながらも密かに感謝していた。
「誠、あなたのやっていることは罰当たりで滅茶苦茶ですけど、私にとっては神以上の存在なのかもしれませんわね……」
撫子は山中での逃避行から潮崎家に輿入れするまでの日々を思い出しては1人、目頭を熱くさせたのだった。




