第四十五話 焔の隠れ里
菫達にサインと握手をしてもらい満足気な焔兄妹は嬉しそうに漫画にはまった切っ掛けを話し始めた。
「誠さん、前世では、病に臥せってから他界するまでの1年、漫画とアニメだけが生きるための糧だったんです。こちらの世界に転生してきて、もう二度とそれらを見れないかと思うと気が狂いそうだったんですよ!」
「私はお兄の影響だけどね。お兄が魔法少女の漫画を持って帰った時には、頭に雷が落ちたくらいの衝撃だったよ!」
「ははは、そうだったんですね。菫に芹、熱心なファンができて良かった
じゃない」
「そうだね〜。私の描いた絵で、ここまで喜んでもらえると絵師冥利に尽きるね〜」
「今度、新作を持ってきますね」
その翌々日、誠と葵は焔の隠れ里を訪れることになった。他の嫁達も同行を希望したが、誠は焔のことを100%信用したわけではなかったので、最低限の人数での訪問となった。
里への交通手段は空中飛行で行われた。焔の妹である灯里は空を飛べなかったが、焔が背中に乗せて運んでいた。
焔の里は越後国、南魚沼近くの山中にあり、30人ばかりの人々が暮らしていた。一行が里に到着すると1人の女性が出迎えた。
「誠さん、紹介します。彼女は楓といいまして、里の立ち上げの頃から苦労を共にしてきた娘です」
「ああ、楓さんが夫婦になる予定の方だったんですね」
「はい、楓と申します。できれば農業で自給自足したいのですが、現状では焔の稼ぎがないと厳しいんですよね」
楓は物腰はやわらかいが、いかにも仕事ができそうな雰囲気の女性だった。
「はじめまして、商人の誠です。こちらは嫁の葵です」
葵は頭を軽く下げて、里訪問の一番の目的を早速、焔に要求した。
「私の里の仲間がここに匿われていると聞いた。早く会わせてほしい」
「葵さん、今呼んで来させますので、それまで屋敷の方で待っていてください」
誠と葵は焔の屋敷に案内され、そこで待つこととなった。
「焔、灯里さんに、楓さん、お近づきの印に此方をどうぞ」
誠は、主力商品の一つである『乙姫』を3人に手渡した。
「誠さん! ありがとうございます。これ、欲しかったんですが、私達には高価で買えなかったんですよ!」
焔が代表して謝礼を述べている横で、灯里は『乙姫』の精巧な水晶細工に顔を輝かせていた。
「そして、灯里さんには、お好きそうでしたので、こちらも受け取って頂けると嬉しいです」
続けて、誠は魔法少女ステッキを灯里に手渡した。
「わあ! 誠さん、ありがとう! 一生大事にする!」
灯里が感激している横で、焔が羨ましそうにステッキを横目で眺めていたが、誠はそれを見て焔の業の深さを確信した。
「焔には、魔法少女の可動式フィギュアを持って来たんですが、こういうのは興味なかったですか? 一応、着せ替え用の衣装も付いてますよ」
ちなみにフィギュア本体は誠の作だが、衣装は姉の澪が趣味で作っているものだった。
「誠さん! 分かってますね! 当家の家宝にさせて頂きます!」
焔はそう言うとフィギュアを頭上に掲げたまま土下座をした。横で見ていた葵も魔法少女好きであったが、男が魔法少女人形を有難がっている様を見て、完全にドン引きしていた。
「あ! お兄だけズルイ!」
「これは俺のものだ! 妹といえど、お前には触らせん!」
「ぐぬぬぬ……」
「あの、今度、灯里さんにも差し上げますので喧嘩しないでください」
誠がそう言うと、灯里はパァッと顔を輝かせて誠に抱きついてきた。
「誠さん、大好き!」
第一印象では、大人しそうな灯里であったが、興味のある話題であれば性格が一変するのには誠も面食らっていた。
誠の横では葵が苦虫を噛み潰したような顔しており、誠は笑って誤魔化すしかなかった。
「ははは……」
しばらく、談笑していると、楓に連れられて葵の同郷の者たちが入ってきた。
「御嬢! ご無事だったんですね!」
「お前たちも生きてたんだ……」
葵は余程嬉しかったのか、涙を流して同郷の者たちの元に駆け出した。
「私は今、新しい里で将来の里長の嫁という立場だ。お前達も私の里に来ないか?」
「御嬢、お気持ちは嬉しいのですが、今はこの里の一員として此処での仕事に生きがいを感じています。ですので、そのお誘いにお答えできません」
「そうか、里が滅ぼされてから4年も経つから、それも仕方ないか……」
「でも、いつでも遊びに来て下さい。私達が歓迎しますので!」
「わかった。お前達が幸せなら、私は何も言わない」
葵は少し肩を落として誠の横に戻ってきた。葵の複雑な心中を察した誠は葵の手を優しく握りながら慰めた。
「葵、仲間が無事で良かったじゃない。今度は椿達も連れて遊びに来ようよ」
「誠……」
葵は俯いたまま、誠の肩に頭を預けて、必死に涙を堪えているようだった。
葵が落ち着いた頃に、誠は焔に本題を切り出した。
「焔、葵の誤解も解けたところで提案なんですが、同盟というか協力関係を結びませんか? お互い、戦国時代を生き抜くための技術供与みたいなものができればいいと思うんですが」
「誠さん、それは願ってもないことです。是非、お願いしたいです」
「差し当たっては、お互いの里の状況を把握するところから始めたいので、明日にでも里の中を案内してもらえると嬉しいです」
「了解しました。ということは、私達も誠さんの里を訪問させてもらえるんですか?」
「はい、是非、来て頂きたいです」
「お兄! 私も誠さんの里に行きたい!」
「いや、灯里、誠さんにご迷惑だろ」
「いえ、来ていただいて大丈夫ですよ」
「誠さん、大好き!」
そう言うと、灯里は再び誠に抱きついてきた。
「あの、灯里さん、異性に対してはもう少し警戒心を持った方がいいと思いますよ……」
「でも、誠さんって善人だよね。私、そういうのって分かるから大丈夫だよ」
「……確かに人畜無害な方だとは思いますが……」
翌日、誠達は焔の案内で里を視察して周った。焔が農業の専門家なだけあって、里では様々な作物が栽培されていた。
「焔の里では、農業が盛んなんですね。僕の里では家庭菜園の域を出てないので、羨ましい限りです」
それを聞いた楓は誠に話しかけてきた。
「そうですか。誠さんからは高価なものお土産に頂きましたので、お返しといってはなんですが種苗をお分けしましょうか?」
「それは助かります。農業担当の父が喜ぶと思います」
「そうでしたか。お父様が農業をされているのですね。栽培方法のメモもお付けいたしますよ」
「いや、ホントありがたいです、楓さん」
「誠さん、楓は気が利くでしょう? 私もいつも助けられているんですよ!」
「お兄、こんなところで、惚気ないで! 誠さんが困ってるでしょ!」
「いえいえ、そんなことないです。お二人はとても仲睦まじいようで、見ている僕も幸せにな気分になりますよ」
一方で、風呂や下水道などのインフラは無く、時代相応に不衛生な印象だった。里に椿のような鍛冶師がいないので、やりたくても着手できないのだろう。
そうやって、里の畑を視察していると、葵から小声で警告が発せられた。
「誠、気づいてる?」
「うん、向かいの森の中に20人くらい隠れてるね」
誠がそう答えると、次の瞬間、十数本の矢が誠達に向かって一斉に飛んできた。誠は咄嗟に横を歩いていた灯里を自分の背中に庇って、異能で矢をすべて跳ね返した。
すると、森の中から顔を覗かせた山賊達が挑発してきた。
「焔―! ここじゃ得意の炎を使えないだろう! 山火事になっちまうからな―!」
「誠さん、すいません。山賊です。最近、多いんですよね。ここは私に任せてもらえませんか?」
焔はそう言うと、指先から直径1cmほどの火の玉を連射して、山賊達に命中させた。
次の瞬間、山賊の身体は急激に燃焼し、瞬時に炭化して崩れ去った。誠と葵が、焔の異能の凄まじさに絶句していると、焔から声がかかった。
「誠さん、敵は一掃したから、もう安心ですよ」
「……」
一方、灯里は誠の背中にしがみついて顔を埋めたままだった。
「灯里、もう敵はいないから、誠から離れて」
葵がそう言っても灯里は誠の背から離れようとしなかった。しかも、灯里は耳を赤くしていた。それに気づいた焔は誠に状況を説明してくれた。
「誠さん、どうやら灯里は誠さんのことが気に入ったみたいですね」
それを聞いた誠は一瞬驚いたが、灯里を諭すように語りかけた。
「あの、灯里さん、男は慎重に選んだ方がいいですよ。それに僕には既に愛する嫁がいますし」
誠の隣では正妻の葵が『むふー』とばかり自慢げな顔をしていた。誠はというと、初対面同然の灯里が本当に自分のことを気に入ったのか半信半疑であった。
だが、灯里は本気だった。まず、異性から贈り物を貰ったのも初めてだった。さらには、彼女は異能持ちで一般の人より強いため、誰かに守ってもらったのも、今回が初めての経験だった。灯里にとって自分守ってくれた異性は兄以外では、誠が初めてだったのだ。
灯里は誠の背中に顔を埋めたまま本心を語りだした。
「誠さん、私、本気だよ。敦賀で会った時は嫁が7人いると聞いて、正直ドン引きだった。でも、里に来てからの言動を観察させてもらって、この人こそ理想の相手だって確信したから」
誠は、さっきから灯里の大きなお胸が背中に当たっていることもあって動揺が隠せなくなっていた。
「あ、灯里さん、その、もう少しじっくり考えた方がいいよ。き、気のせいかもしれないし。そうですよね、焔」
誠は自分には手に負えないと思って、焔に丸投げすることにした。
「誠さん、それが……灯里は人を見る目だけは確かなので……この件に関しては、兄として何も言えません。申し訳ない!」
焔が当てに出来ないと分かった誠は、まずはこの状況を脱するために灯里に密着を解いてもらうよう懇願した。
「灯里さん、そ、そのお胸が背中に当たっているので、す、少し離れてくれませんか?」
「なに? 誠さん、おっぱいが好きなの? 誠さんになら好きなだけ触らせてあげる」
誠は灯里の申し出を聞かなかったことにして、再び提案することにした。
「……じゃ、じゃあ、灯里さんは僕の里にも視察に来ることだし、も、もっと色々見てから結論を出すということにしては?」
誠がそうやって、問題を先送りにしようとしていると葵からツッコミが入った。
「誠、それは逆効果、誠の里を見たら絶対に嫁になりたいと言い出すに決まっている。それに灯里の胸がそんなに気になるなら、私のを好きなだけ触ればいい」
葵に動揺を見透かされ、ジト目で見つめられた誠は素直に頭を下げた。
「……そうですか……葵、スマン」
誠達は灯里の問題を有耶無耶にしたまま、焔兄妹を自分の里に連れて行くこととなった。




