第四十話 撫子の輿入れ
潮崎邸前の傭兵部隊を撃滅した誠達一行は深夜であったが、潮崎邸を訪ねた。幸い、門番は起きていたので、強引に押し入らずに済んだ。
「夜分遅くに失礼します。東雲家の撫子様を送り届けたので入れてもらえませんか?」
「話は聞いております。どうぞ、お入りください」
一行は、門番の案内で来客用の寝室に通された。
「申し訳ございません。何分深夜ですので、当主との面会は改めて明日にお願いいたします。今夜はゆっくりとお休みください」
誠達がそれぞれ床に着いてしばらくすると、誠の布団の中に諜報に出していた菫と芹が忍び込んできた。
「誠〜、そのまま聞いて」
「誠さん、黒幕が分かりましたよ。潮崎家当主、忠康様の側近の卯木新八32歳です。さっきまで誠さん達の相手をしていた傭兵の指揮官と通じていました」
「まじか……面倒な相手だね。当主の側近か……当主もグルってことはないよね」
「それはないです。新八が東雲家の反対派閥と通じていて、潮崎家を滅ぼした後にここの統治を任される計画になっているみたいですよ」
「ということは、撫子が嫁いでも暗殺される可能性が高いってことだよね」
「そうなるね〜」
「新八の他に撫子の命を狙いそうなのはいるの?」
「新八の部下数名ってとこかな〜。今夜は全員屋敷にいるけど、どうする〜?」
「わかった、今晩中に片付けることにするよ。撫子も僕の嫁の一人だ。彼女の安全を脅かす者たちは看過できないからね。証拠を残さないように僕が始末するから案内してもらえるかい」
「了解、じゃあ、私が誠さんの代わりにこの布団に残りますね。お姉ちゃんが案内してあげて」
「わかった〜。じゃあ、誠と夜のデートを楽しんでくるね〜」
誠はホバリングで邸内を足音を立てずに菫の後をついていった。誠は菫と自分に異能で光学迷彩を施して、他人から視認できないように隠密には念を入れていた。
二人は屋根裏に上がると目的である新八の寝所に向かった。
「誠、この下が新八の寝所だよ〜。今、ぐっすり寝ている。たぶん、あの人数差だから自分の配下が負けると思ってなかったみたい」
「わかった。じゃあ、彼から始末する。グラビティ・バレット」
誠の指先から力場が新八の心臓目掛けて転移した。
「爆縮!」
続いて、心臓に打ち込まれた力場が爆縮を始めて新八の身体は布団ごと潰れていき、最終的に直径1mmほどの球体まで圧縮されて爆縮反応は止まった。
「すご〜い! 跡形も無くなったね。忍びの暗殺でもここまで綺麗に証拠隠滅できないよ〜」
「うん、今日、アリスが使っていた技を真似してみたんだ」
「へ〜、こんど私にも教えてよ〜」
「うん、里に帰ったらね」
二人はそのまま、新八の配下全員を暗殺していった。
「誠は忍びの才能あるよ〜。今度、隠密の技を教えてあげる」
「そうだね。僕の戦闘は素人同然だから皆から手ほどきしてもらおうかな」
「いいよ〜。じゃあ、今夜はさすがに眠いし、戻って寝ようよ〜」
二人は芹が寝ている布団に戻って寝ることにした。布団の中では、誠は真ん中で、右に菫、左に芹が並んでいた。
「おかえりなさい、誠さん。早かったですね」
「うん、菫のお陰でスムーズに任務達成できたよ」
「へへ〜、じゃあ、後は寝るだけだね〜」
菫が誠の右腕に絡みついてきた。
「二人とも、ちょっと狭くない?」
「こうすれば大丈夫ですよ」
芹も誠の左上に絡みつく。
「あの、二人ともくっつきすぎでは……」
「え〜、夫婦なんだから、これくらい普通じゃないの〜」
「そうですよ。これくらい我慢してください」
「ははは……」
嫁に逆らえない誠はそのまま寝ることにした。両脇の二人は誠と密着することで満足したのか、早くも寝息を立てていた。
「寝付きのいい人達だ……まったく羨ましいよ」
翌日は昼近くまで誠達は睡眠をとっていた。誠が後から聞いた話では、睡眠中の警戒はくノ一4人組が交代で行っていたらしい。その証拠に誠が目覚めた時には両脇に寝ていたのは葵と椿だった。
潮崎家当主からは正午近くに呼び出しがかかった。家来の案内に従い、応接間に一行は通された。
撫子は既に当主、忠康の側に座していた。
「この度は、撫子の警固、ご苦労であった。道中の詳細は撫子から既に聞いている。東雲家や当家の敵対派閥が差し向けた刺客への対応では、尋常ではない苦労があったと聞いた。護衛料金は上乗せして払うことにするが、そちらから希望する褒美はあるか?」
「はい、では、お言葉に甘えさせて頂きます。こちらとしては、当方の商材を撫子様を窓口にして潮崎様の領内で商わせて頂きたいと考えております。利益配分は当方と撫子様で五分五分でお願いします」
撫子はこの件については初耳だったせいか、忠康の隣で目を丸くしていた。だが、直ぐに誠の自分への配慮に気づいたのか、撫子からテレパシーで通信が届いた。
『誠、アンタ、さすが私が惚れた男ですわ。最高の贈り物をありがとうございますわ!』
『撫子、気にしないで。夫として当然のことだよ』
そんな会話が二人の間で交わされているとは知らない忠康は、誠からの提案が自領の発展に繋がることを見抜いて話に乗ってきた。
「商いの件は承知した。しかし、五分五分で良いのか? 貰いすぎではないか?」
「はい、ご当主様もご存知のとおり、撫子様はこの道中で腹心の者を尽く失っておりまして、私も心を痛めております。しかも、東雲家の敵対派閥は未だ健在です。少しでも撫子様に力を付けてもらわないことには、私どもとしても苦労して護衛した甲斐がありませんし、安心できません」
「ふむ」
「私は、撫子様の商いの成功が東雲家の反対派閥への牽制になると考えています。もちろん、このことは潮崎領の繁栄にも貢献できるものと自負しております」
「わかった。その件は撫子に一任する」
「ご理解下さり、感謝致します」
「話は変わるが、撫子の話では当家にも東雲家の反対派閥に通じているものがいるらしいが、心当たりはないか? どうも私の腹心の卯木新八の姿も今朝から見当たらないのだが……」
「いいえ、私どもも昨夜領内に入ったばかりでして、残念ながら潮崎家の内情については情報を全く持っていないのです」
堂々と嘘をついてとぼける誠に、菫がテレパシーで通信を送ってきた。
『誠〜、お主も、相当な悪よのう〜』
誠は無視してビジネススマイルでニコニコしていると、忠康も誠に同意してきた。
「それも当然だな。昨夜は大変だったみたいだしな」
「ええ、潮崎邸の前に傭兵が陣取っているのを見た時には、最早ここまでかと思いましたよ」
一方、撫子はというと、邸内にも命を狙っている敵がいると聞いて顔を曇らせていた。それに気づいた誠は、再びテレパシーで撫子に通信を送った。
『撫子、この件については安心していいよ。昨夜のうちに潮崎家で撫子の命を狙っている者は全員始末したから』
『アンタって男は……。まったく、最高の夫ですわ!』
撫子は誠から通信を聞いて嬉し涙を滲ませていた。その様子を見て勘違いした忠康は撫子を気遣って自分の方針を公言した。
「撫子、当家に嫁いだからには、私は全力でお前の安全のために尽くそう。だから、そんな悲しそうな顔をするな。安心して誠殿の商いをしてくれ」
「ありがとうございます。忠康様」
撫子が忠康に謝意を述べた後、誠が再び口を開いた。
「ご当主様、私から、もうひとつ一つお願いがございます」
「なんだ? 言ってみよ」
「当方一行は道中、山中を移動しながら戦闘を繰り返してきたため疲労も限界突破しています。可能であれば、潮崎邸で数日休ませていただけないでしょうか?」
「なんだ、その程度であれば、好きなだけ滞在してくれて構わない。撫子の恩人でもあるからな」
「お心遣い、ありがとうございます」
誠達一行は、潮崎邸の離れを借りて静養することになった。その離れで、誠は潮崎家の諜報に出ていた菫と芹から詳細な報告を聞いていた。
「菫、潮崎家の内情で分かったことは他にもあるの?」
「うん、色々わかったよ〜」
「撫子さんにとっては、あまり良い話ではないんですけど、ご当主の忠康様には愛人が既に複数いて、その中の一人とはかなり深い仲になっていますね。お二人の間にはすでにお子も3人いまして、世継ぎもその中から選ばれることになっているそうですよ」
「じゃあ、撫子が入り込む余地は全くなさそうだね」
「そうだね〜私は無理だと思うな〜。撫子ちゃんはご当主にとっては政治の道具でしかないみたい」
「それにプラスして、誠さんが商いの話を持ってきたから金づるくらいにしか思ってませんね。ただし、撫子さんが利益を出して領地運営に貢献している間は大事にしてもらえると思いますよ」
「そうか……撫子もこれから前途多難だな。僕たちも可能な限りバックアップして潮崎家での立場作りに協力する必要がありそうだね」
「不幸中の幸いで、撫子ちゃんはご当主に興味なさそうだし、ご当主も撫子ちゃんに興味ないみたいだから、愛人から敵視されることはないかな〜」
「愛人も影響力のある人なの?」
「将来の当主のご母堂ですからね。潮崎家では絶大な影響力がありますよ。敵に回すのは賢くないですね」
「ただね〜、その愛人さんの評判は悪くないよ〜。人格者だから周りからは好かれているみたい。だから、撫子ちゃんが自分から敵対しない限りは害はないはずだよ」
「それを聞いて安心したよ。それじゃ、撫子も当面は命の心配をしなくても良さそうだね」
その後、誠達一行は潮崎邸に数日間、滞在してから越中国を後にした。潮崎邸を出発する時には撫子も見送りに出ていた。
撫子は表面上は終始無言だったが、テレパシーで誠と会話していた。
『誠、この旅で受けた恩は一生忘れないわ! いつか恩を返せるように精一杯頑張りますわ!』
『撫子、そんなに気にしないでいいよ。それにこれが最後じゃないでしょ。商売で今後も付き合いは続くし、撫子も早く異能を極めなよ。そうすればいつでも僕に会いに来れるから』
『たしかにその通りですわね。でも誠に自慢できる成果が出せるまでは一人で頑張ってみせますわ!』
『そうかい。でも、困ったときはいつでもテレパシーで相談するんだよ』
『ええ、わかりましたわ』
『じゃあ、元気でね』
『誠、愛してますわ!』
『撫子、僕も愛しているよ。これからはずっと君の味方だから、それだけは忘れないでいてね』
それを聞いた撫子は一筋の涙を流して微笑んだ。




