第三十七話 嫁達の異能
誠達一行は追ってきた敵兵を殲滅した後、撫子の輿入れ先である越中国(現在の富山県)を目指し、山中を移動していた。
「今日で戦闘から3日か……主水さん、東雲家が新たに追手を差し向けたとしても、さすがに追いつけないですよね?」
「そうですね。伝令がどんなに急いでも東雲家に着くのは今日でしょうから、2〜3日間は警戒する必要はないと思いますよ」
「主水さんは、彼らが山の中に追手を差し向けてくると思いますか?」
「普通に考えたらないでしょうね。今から山中を探すにしても効率が悪すぎますから。私なら、潮崎家の領内に入る手前辺りで待ち伏せしますよ。豪三さんは、どう思います?」
「俺もそう思うぜ。山中に部隊を出しても補給が大変だし、兵士の消耗も激しいからな」
「じゃあ、ここらで2日間ほど休息して、英気を養ったとしても問題ないですね」
山中での逃亡生活を開始してからというもの、全くといっていいほど気の休まる間がなかった。表面的には元気そうに装っていても、かなり疲弊しているであろうメンバーのことを誠は気にかけていたのだった。
誠は近くを歩いていた葵に寛げそうな野営地を探すように伝えると、葵は頷いてからホバリングで木々の間に消えた。
驚いたことに、嫁達は誠との口づけで意識が繋がって以来、異能が目覚めはじめたのだった。
まず、誠と嫁達は精神感応により会話をしなくても意思疎通ができるようになった。だが、テレパシーが使えるのは、あくまでも誠と嫁達のネットワーク内に限られた。例えば、誠と宗一郎の間ではテレパシーを使うことはできなかった。
ほかには、嫁達が異能を使えるようになった点も驚きであった。
(天照大神が嫁達を大切にしろって言ってたのって、彼女らが異能を使えるようになったことと関係あるのか? まさか嫁達にも仕事をさせるつもりなら勘弁してほしいよな……)
ただし、現状では使える異能の種類に個人差があった。たとえば、菫と芹はサイコキネシスで長距離狙撃を行うことができたが、他の者達はできなかった。また、誠が指弾と呼んでいる力場を指先から弾丸のように飛ばす能力についても、嫁達の間で得手不得手があった。どうやら、イメージできないと異能を上手く扱えないようであった。
誠に抱っこされて運ばれている椿は、さっきから複数の棒手裏剣を飛ばしてオールレンジ攻撃の練習をしていた。
「椿、まだ本調子じゃないんだからさ。訓練は程々にして身体を休めてほしいんだけど」
「いや、早く技をマスターして誠の役に立ちたいんだよ!」
そこに主水が割って入った。
「椿さん、その程度の技では私達には傷一つ負わすことはできませんよ」
「なんだと! オッサン、私に喧嘩売ってんのか!」
「コラッ、椿! 主水さんに失礼だよ。主水さんや豪三さんが本気だったら、僕は今頃、死んでたんだから」
「まじか! オッサン達、そんなに強かったんだ。今度、私に稽古をつけてくれよ」
「ええ、喜んで。ただし、身体が完全に回復してからですよ、椿さん」
「嬢ちゃんじゃ、俺には一生勝てないだろうが、いつでも相手してやるぞ」
「……オッサン、あんま調子こいてると、痛い目を見るぞ」
椿が豪三に凄んでいると、豪三はガハハハと豪快に笑った。
「誠、お前の嫁さんは面白い女ばかりだな。撫子の嬢ちゃんといい、女にしておくのが勿体ないぜ!」
野営地に着くと、誠は椿をテントに寝かせて看病を宗一郎に任せた。
「椿、大人しく寝とけ。今、薬湯を飲ませてやるからよ」
「わかってるよ! まったく病人扱いしやがって」
「だって、お前、病人だろうが! まだ、毒が身体に残っているかもしれないんだぞ。少しは治療に協力しろ!」
「わかってるって! 大人しく寝とけばいいんだろ!」
椿が宗一郎に噛みついていたが、いつものことなので気にせず、誠は食料の調達に向かおうとしていた。
「猟をするのも久しぶりだな。嫁達には元気になってもらいたいから肉をゲットしないとな。人数が多いから大物を仕留めたいところだ」
誠が独り言をブツブツ呟いていると、主水と豪三がやってきた。
「誠さん、夕食の食料調達ですか? じゃあ、私は山菜を集めてきますね」
「それじゃ、俺は魚を釣ってくるぜ。釣り竿は持参してきているからよ」
「お二人とも、それは助かります。人数が多いので多めにお願いします!」
その頃、誠の嫁達は集まって、自分たちに目覚めた異能について情報交換をしていた。仕切っているのは正妻の葵であった。
「皆、誠と口づけしてから異能が使えるようになったと思う。今、何ができるのか共有しておきたい。ちなみに、私はホバリングと防御と、あと指弾が撃てるようになった。棒手裏剣のオールレンジ攻撃もできる。椿はテントで静養中だから、菫から話して」
「私と芹ちゃんは、それに加えて長距離狙撃ができるよ〜。まだ、誠みたいにkm単位では無理だけど、500mくらいなら命中させられるよ」
「お姉ちゃんの説明を補足すると、できないのは瞬間移動ですね。あれはどうもイメージが上手くできなくて。でも、ホバリングができるようになったので、得意の隠密スキルは爆上がり間違いなしです」
「ありがとう、芹。私も瞬間移動はできない。じゃあ、次は瑞波。異能で何ができる?」
「私も基本的には葵ちゃんと同じですが、誠様のように指弾はまだ上手く飛ばせません。ですが、代わりに剣の斬撃を離れた標的に飛ばせるようになりました。まだ、10mくらいの距離までしか届きませんが」
「なるほど、瑞波は刀で斬撃を飛ばすのが得意で指弾が苦手……アリスは何ができる?」
「私も、葵とほぼ同じよ。他は実験中だけど、誠から教わった科学を異能に応用することは可能だと思う。例えば、温度や重力や電気のコントロールとか」
「そうか、アリスの言っていることは難しくて私には理解できない。今度、皆の前で実演してほしい……撫子は?」
「私も葵とだいたい同じね。得意なのは防御ですわ。瑞波に試してもらったけど、刀の斬撃や突きなら完全に防ぐことはできましたわ! ですが、指弾は一応撃てますけど、10mくらいしか飛びませんでしたわ。皆みたいに20mくらい離れたところにも命中させたいけど、しばらくかかりそうですわね」
「皆、防御とホバリングができるみたいで安心した。これさえできれば、最悪の場合でも逃げに徹すれば命を失わずに済む可能性が高い」
そこに芹から提案があった。
「御嬢、今回、私とお姉ちゃんは誠さんの戦闘を最後まで見ていたんですけど、異能で防御しても豪三さんや主水さんクラスの猛者相手だとかなり危うい感じでした。そして、その前に対戦した武者も誠さんの防御を破りそうな勢いだったので、油断は禁物だと思います。一度、豪三さんや主水さんに私達の防御がどの程度なのか見てもらった方がいいと思いますよ」
そこにアリスが割って入った。
「芹、それであれば、空を飛べれば、敵の攻撃も届きにくいと思うわ。重力コントロールができれば空を飛べるようになると思う。ホバリングの応用よ」
「アリスちゃんは飛べるの?」
「うん。まだ長時間は無理だけど、30分くらいなら飛べるわ」
「わかった、落ち着いたら、アリスに実演してもらうことにする。空さえ飛べれば、強敵とぶつかっても生き延びることができる」
さらにアリスからは異能の使い方についてロジカルな助言があった。
「誠が言ってたんだけど、異能を使う時はかなり具体的に異能の仕組みをイメージするらしいわ。例えば、指弾を飛ばすときも拳銃の銃身をイメージして力場を作っているって言ってたわ。そして力場を射出するときも圧縮空気を一気に解放して力場を飛ばしているって言ってた。つまり、具体的にイメージできるほど、異能の性能が上がるんだと思うわ」
指弾の射程で悩んでいた瑞波は解決の糸口を見つけて感謝し、同じことで悩んでいた撫子も激しく頷いていた。
「今回、椿が瀕死の重傷を負って誠は泣いていた。私は誠の泣く姿を初めて見たし、きっと私達がそうなっても泣いてくれると思う。だからこそ、誠を悲しませないためにも異能をマスターすること! これは嫁としての義務だと思う」
葵の発言に、嫁達は力強く頷いた。
その後、誠達が食材の調達から戻ってきて、一行は久しぶりに保存食以外の食事にありつくことができた。誠は調味料も一通り里から持ってきていたので、撫子や主水など里の外の者たちにとっては、山中で食事を楽しめること自体が驚きであった。
「誠、アンタの作る食事はホント美味ですわ! それだけは褒めてあげるわ!」
「撫子に喜んでもらえて良かったよ。逃避行の最中はひもじい思いをさせてしまったので、今日は思う存分味わってほしいな」
同じく夕飯に感動していた主水も割って入った。
「誠さん、これは酒にも合いそうですね!」
「そうだな、宗一郎、俺達にも酒を少し分けてくれよ」
豪三が酒を独り占めしていた宗一郎に懇願した。
「しょうがないな。豪三、少しだけだぞ! まあ、里に来れば酒を自家生産しているから、好きなだけ飲ませてやれるがな」
「宗一郎、それは本当なのか?」
「ああ、俺が医療用のアルコールを作るために酒造りを仕切ってるんだ。里で酒が飲みたかったら、俺に逆らうなよ!」
「わかった、わかった。酒造りも手伝うから今日は飲ませてくれよ」
「しゃーないな。少しだけだぞ」
その後、一行は、誠が作った露天風呂で山中行軍の疲れを癒した。嫁達には誠が持参してきた入浴着を着用してもらっているので目のやり場に困ることはなかった。椿は例によって誠に抱きかかえられて入浴した。
「へっへ〜、お前ら、羨ましいだろ!」
「椿ちゃんばかり、ズルイな〜」
菫達は椿に嫉妬しながらも、実は自分たちも異能を使えば誠の代わりに椿を入浴させることができるのだが、あえて黙っていた。それを言ってしまうと自分の番が回ってきた時に誠に同じ様に介助してもらえなくなるからだ。
「誠、私達も異能がかなり使えるようになった。次に会敵した時には、きっと役に立てると思う」
「葵にそう言ってもらえると心強いよ。でも、自分の命を大切にしてね。僕は君たちに死なれたら立ち直れないと思うから」
「椿、聞いた? 誠が愛しているのは椿だけではない」
葵は『むふー』とばかりに、私も愛されているのだとドヤ顔をした。
「クソ〜! でも今一番優しくされてるのは私だもんね〜」
嫁達の大人げない争いに誠はゲンナリしていると、アリスが近くに寄ってきた。
「誠、異能って面白いね。物理現象に干渉できると、色んなことができるようになるのね。これから研究が捗るわ」
そう言いながら、アリスは異能で湯をこぶし大の球状にして空中に浮かせたまま、一瞬で凍結させると、今度は再び液体に戻し、最後は一瞬で蒸発させた。
「アリスは器用だね」
「うん、こんな事もできるよ」
今度は豆粒大の水球を20個ほど作ったら、他の嫁達に一斉に命中させた。すると、これがキッカケとなり、嫁同士で異能による水鉄砲バトルが始まってしまった。
それぞれが思い思いに水球を作っては互いにぶつけ合って、長閑な露天風呂は一瞬で修羅場と化した。
誠は抱きかかえている椿と自分を護る防壁を異能で作ったが、誠の腕の中では血の気の多い椿も参戦したそうにしていた。
「椿は、完全に回復するまで戦闘は禁止だからね」
誠が釘を刺すと椿は不満そうだったが、今回ばかりは誠に心配をかけたことを引け目に思っているのか、大人しくしていた。
しかし、他の嫁達の戦いはエスカレートする一方だった。ついには露天風呂の端の方で湯を楽しんでいた豪三に流れ弾が結構な勢いで当ってしまった。そのことに激怒した豪三が闘気で露天風呂の湯をすべて吹き飛ばしたことで、この争いはやっと終焉を迎えたのだった。
「やれやれ、久しぶりの風呂を楽しみたかったのですがね……」
湯を失った浴槽に座ったままの主水のボヤきが哀愁を誘っていた。




