第三十五話 椿の命
誠は『時空間支配』スキルで仲間のいる座標を把握すると、まずは近くいる菫と芹の所にテレポートした。
「二人ともありがとう。お陰で助かったよ」
菫と芹は目の前に現れた誠に抱きついた。
「誠〜、無事でよかったよ〜!」
「誠さん、敵にトドメを刺してなかったみたいですが、どうなったんですか?」
「彼らには仲間になってもらったんだ」
今まで殺し合いをしていた相手が仲間になったと聞いて、二人とも唖然とした。
「へ? 仲間?」
「うん、詳しくは後で話すよ。今は椿の元に急ぎたいから先に行ってるね」
そう言うと誠はテレポートで姿を消した。
この時、誠は菫と芹もテレポートで運ぼうと一瞬考えたが、生き物でテレポート実験をしたことがなかったため、安全を見て見送ったのだった。
椿達のいる場所に誠がテレポートで姿を現すと、誠は宗一郎に椿の状態を小声で訊ねた。
「誠、椿はトリカブトの毒にやられている」
宗一郎の表情は暗かった。
「解毒方法は?」
「残念ながら無い。毒矢で打たれた直後なら肉ごと抉り取れば、毒の進行を止められるが、残念ながら時間が経ちすぎている。もう手の施しようがない」
「そうでしたか……」
「毒が残っていた傷口を取り除いて、薬湯を飲ませて毒の進行を遅らせてある。最後に椿を甘えさせてやってくれ」
「わかりました」
天照大神は嫁の怪我なら治せると言っていたが、勝手に治癒するのではないと知り、誠は落胆した。かといって、椿が回復するように念じてみたが状態が良くなる様子も見られなかった。
「椿、戻ってきたよ」
誠は地面に寝かされている椿の傍らに座った。
「誠か……私はもう助からないんだろう? そうなら足手まといにはなりたくない。ここに置いていってくれないか」
「……」
椿がゆっくりと目を開けた。
「誠……泣いているのか?」
気がつくと、誠は涙を零していた。
「椿……」
「……そうか、私はもう直ぐ死ぬんだな……」
「……」
「誠、頼みがあるんだ……」
「うん……」
「最後に私を抱きしめてキスしてくれないか……」
「わかった」
誠は椿を優しく抱き起こして、唇を重ねた。
そして、二人の唇が合わさり、粘膜接触が起きた瞬間、二人の意識が接続した。
誠は瞬時に椿の身体の状態が3D映像として脳内に像を結び、『時空間支配』が発動した。
誠は椿が負った全ての傷を3Dマッピングすると、その傷の時間を高速に巻き戻していった。
すると、椿の体中に受けた矢傷や刀傷が皆の見ている前でみるみる元の状態に戻っていった。
皆が驚愕している中、宗一郎とアリスは信じられないものを見たような表情をしていた。
「誠、お前、いったい何をしたんだ?」
「宗一郎、見て! 椿の傷が修復されていくわ。傷の状態がまるで時間を遡っているみたい」
誠と椿の口づけは続いた。
誠は次に椿の血管を毛細血管の一本に至るまでスキャンしてその中を流れる血液の時間を巻き戻して、椿の全身を流れる血液中の毒を消していった。
「宗一郎、椿の顔色が良くなってきたわ」
アリスが言うとおり、さっきまで土気色で生気のなかった椿の顔色に赤みが差してきた。
「う、嘘だろ……」
宗一郎も自分の目を疑っている。
続いて、誠は椿の臓器をスキャンして毒の影響を受けた部位を特定し、時間を巻き戻していった。これにより、椿の様態はみるみる回復していった。
さらに椿がこれまでの鍛冶仕事で負った火傷の後や忍務で受けた傷についても椿の全身をスキャンして把握し、それぞれの傷を修復していった。
誠が椿から唇を離して顔色を確認すると、健康的な色に戻っているのを見て一安心した。
「椿、もう大丈夫だよ。でも、しばらくは絶対安静だからね。移動の時も僕が椿を抱きかかえて運ぶから」
椿がゆっくりと目を開け、自分の手足を動かした。さっきまで全く力が入らなかった手足が思い通りに動くことに驚く。
「誠……私、助かったんだな」
「うん、これからも一緒に居られるね」
「――誠!!」
椿は誠に抱きついて、彼の胸に顔を埋めた。誠は椿の背中を優しく擦り、なだめながら話しはじめた。
「実は、少し前に天照大神が夢に出てきたんだ。その神様が言うには、僕は嫁の怪我であれば治すことができるらしいんだけど、その方法までは分からなかったんだ。でも、さっき椿を口づけした時に頭の中でスイッチが入ったみたいなんだよ」
「うん、私も誠とチューした時に、誠と意識が繋がったような気がしたよ」
椿も頬を染めながら誠の説明を補足した。
「椿、もう自分で起き上がれるかい?」
「たぶん、できると思うけど、誠と離れたくない…… 」
椿は再び誠の胸に顔を埋めた。
そこに、つい先程、遅れて到着した菫が口を挟んだ。
「あ〜、椿ちゃんだけズルイ! 私も体中傷だらけなんですけど〜。誠〜、私も口づけで直してくれないとヤダ!」
「菫、正妻の私が先! 誠、私の怪我も直してほしい。体中、傷だらけで痛い」
「誠さん、私もお姉ちゃんの次でいいので、治して下さい」
「誠様、私も芹の後でいいのでお願いします」
「誠、私は怪我をしてないけど、誠とキスをしたらどうなるか科学的に知りたいからお願いするわ」
嫁達が誠に口づけを要求して順番に並び始めると、椿が声を荒げた。
「あー! お前ら、私と誠の愛の営みを邪魔しやがって! さっきまで死にそうだったんだから、ちょっと気を遣えよな!」
「椿は誠の言うとおり絶対安静だから、大人しくそこで寝ているべき」
葵から正論を言われて、椿も口籠った。
「そうだぞ、椿は病み上がりなんだから。頼むから安静にしてくれないか。もう、これ以上、僕を心配させないでくれよ」
「わかったよ、……誠が大切に思ってくれていることは知ってるからさ……」
誠は椿をいったん寝かせて嫁達の怪我の治療をすることになった。嫁達は誠の前に並んで順番を待っており、一人ずつ口づけして傷を癒していった。
そこに遅れてやってきた鷲尾豪三と影山主水が誠がしていることを理解できず、しきりに首を捻っていた。影山が代表して、近くにいた宗一郎に訊ねた。
「あの〜、すみません。誠さんは今、何をされているのですか?」
宗一郎はいきなり知らない二人に訊ねられて一瞬面食らった。
「アンタ達は?」
「私は、影山主水、隣にいるのは鷲尾豪三と申します。先程、誠さんと主従の契約をした者です。今後、皆様のお世話になるのでよろしくお願いいたします」
「もしかして、さっきまで戦っていた相手か?」
「はい、そのとおりです。二人とも誠さんに敗北しまして、軍門に降ることになりました」
「そ、そうか……事情はわかったよ。俺は宗一郎だ。ここで医者をしている」
影山達の到着に誠も気づいた。
「宗一郎さん! その二人は怪我をしているので治療してもらえませんか?」
「誠、わかった、任せろ!」
「影山さんの方が、見た感じ酷そうだな」
「私のことは、主水と呼び捨てでお呼びください」
「わかった、主水、傷口を診せてみな」
宗一郎が影山の傷口をみると見た目ほど酷くはなかった。むしろ傷口も塞がりかけていた。
「アンタ、ホントに誠に負けたのか? 軽傷にしか見えないんだが」
「私は内気功も嗜んでおりまして。一般の方よりも治りが早いんですよ。この傷も誠さんから受けた直後は酷い有様で、とても戦闘を続ける気にはならなかったので降参したんです」
「内気功か……興味深いな。今度、落ち着いたら主水の身体をじっくり検査させてくれ。本当は傷口を開いて消毒したいところだが、ここは手術するには向かない環境だからな。山を降りるまでは様子を見て、酷いようなら手術してやるよ」
「わかりました。よろしくお願いしますね、先生」
「じゃあ、次。豪三さんだっけか?」
「俺も豪三で呼び捨ててくれ、先生」
「アンタは外傷は無いようだが、どんな怪我を負わされたんだ?」
「誠の放ったエネルギー弾が身体の中で爆発したんだよ。でもな急所は外したから、様子見でいいと思うぞ」
「アンタも主水みたく、内気功を嗜んでいるのかい?」
「主水のいう内気功と同じか分からんが、体内に闘気を循環させて怪我の治りを速めるのは普通にやってるぞ。合戦ではそれくらい出来ないと命がいくつあっても足りないからな」
「誠の奴は、こんなバケモノみたいな奴らと戦ってたのかい……」
「でも、俺達は誠に負けたんだから、アンタは自分の主を誇っていいと思うぜ」
「俺は誠とは主従の関係じゃねぇからな。同じ里に住む仲間だよ。誠の奴も、そういうつもりでアンタらを仲間に誘ったと思うぞ」
「へ〜、そうなのかい」
「それで、話は戻りますが、誠さんは女性達と何をされているんですか?」
影山が割って入ってきた。
「あ〜、俺も詳しくは分からないんだがな。誠の奴は嫁限定だけど、口づけすると怪我を治せるんだとよ。さっきもトリカブト毒で瀕死の嫁を蘇生させてたぞ」
「それは興味深いですね。いったいどういう技なんですか?」
「俺も分からないよ。あいつが言うには、夢枕に天照大神が現れて、嫁の怪我を治せるってお告げがあったらしいぜ」
「はあ、天照大神ですか……誠さんって一体何者なんですか?」
「なんでも未来の記憶があるらしいんだよな。アンタらも里に来たら分かると思うが、あいつの知識で作られたものを見たら、きっと驚くと思うぜ」
「未来の知識に天照大神のお告げですか……豪三さん、私達はとんでもない方の軍門に降ってしまったみたいですね」
影山が嬉しそうに鷲尾に語りかけた。
「違いねぇ。これからの人生、面白くなりそうだな」
嫁達の治療を終えた誠だったが、肝心の椿は一命をとりとめはしたが、受けたダメージがあまりに大きかったためか、さすがに本調子とは言えなかった。
宗一郎の見立てでは、もしかすると毒がわずかに残っているかもしれないので、大事を見た方がいいということになった。
「誠さん、増援が来るかどうかはわかりませんが、速やかにここを離れて敵に位置を悟らせないようにした方が良いです。敵に極力、情報を与えないのは戦略上の基本ですから」
「分かりました、主水さん。直ぐに出発しましょう」
「誠、案内は私がする」
野営地までの道案内は葵が買って出てくれた。
とりあえず誠達は影山の助言もあって、取り急ぎ戦場を離れることにした。
誠は大事を見て椿を抱きかかえて移動を始めた。
「誠……迷惑かけてスマン」
「遠慮するな、椿。夫婦だろ。こういう時くらい僕に甘えなよ」
誠がそう言うと、椿は嬉しそうに頬を染めながら誠の首に腕を回し、彼の胸に顔を埋めた。
それを見た他の嫁達は羨ましそうにしていたが、今回ばかりは命を落としかけた椿に気を遣って静かにしていた。




