第三十話 女神スキル覚醒
撫子は自分を殺すためにジワジワと迫ってくる傭兵部隊の姿に恐怖し、パニックを起こしていた。
「死にたくない。死にたくない! ああ———!!!」
もはや何も考えられず、暗殺部隊が待ち伏せている方角へ恐るべき速度で駆けていた。
今、誠達がいる場所は細い渓流が流れている谷間で、河原にはまばらに木々が立っている程度で見通しがとても良かった。だが、その両側は登るのを躊躇うほどの急斜面であった。そこには鬱蒼と木々が茂っており、忍びが身を潜めるのに絶好の環境であった。
パニックに陥った撫子がたった1人で自分達の方に駆けてきたのを見た暗殺部隊は呆気にとられ、判断が遅れた。だが、それも長くは続かなかった。
暗殺部隊の副隊長、蜂谷靱負は撫子が誠達から十分に距離が離れたのを確認した後、部下たちに命令した。
「ターゲットの進路を塞ぎなさい」
斜面に身を潜めていた暗殺を専門に請け負う忍び15名が、音もなく渓流沿いに降り立ち、撫子の行く手を塞いだ。
「な、なんで……」
状況を理解していない撫子に、副隊長の蜂谷は嘲るように口元を緩めた。
「こうもあっさり、暗殺対象が罠に飛び込んでくるとはね。護衛を任された方達には全く同情しますよ」
そこに追いついた椿が再びパニック発作を起こしかけている撫子を庇うように立ちはだかった。
「撫子、私が守ってやるから落ち着け」
撫子は椿が来たことで少しだけ落ち着きを取り戻したが、未だパニック状態を脱していなかった。
「やれやれ、護衛はたった1人ですか。今回の仕事は楽で良かったですよ」
蜂谷がハンドサインで指示を出すと、椿達の背後に敵の暗殺部隊が新たに10名姿を現して、逃げ道を完全に塞いだ。
「これであなた達は完全に網にかかりました。後は簡単な作業です」
蜂谷が合図をすると、距離を確保しながら暗殺部隊数名が前後から交互に毒矢を射ってきた。
「撫子、私の影に隠れていろ」
椿は撫子を自分の背に庇い寄せながら、忍刀で矢を打ち払い続けた。前方の斉射には正面から刃を返し、僅かな間を置いて背後から矢が飛来すれば、体ごと向きを変えて撫子を庇う位置を保ったまま打ち払った。
「くっ」
かろうじて打ち払った毒矢が椿の身をかすめて矢毒を擦り込んでいった。
敵は同士討ちを避けるために前後交互に射っているが、決して間を空けないので、すべての矢を防ぐことはできなかった。
「椿、アンタ、大丈夫なの……」
敵の射撃が終わるころには、椿の手足には捌き切れなかった毒矢が数本刺さっていた。椿は忍び刀で矢を肉ごと抉り取りながら撫子に微笑んだ。
「心配するなって」
強がりを言っているが、毒のせいで椿の顔色が酷く悪かった。
続いて、蜂谷の合図により敵の小隊が前後交互に突入してきた。彼らは毒を塗った刀で刺突しては離れていく、決して打ち合いをしない戦法で椿と撫子を狙ってきた。
「クソっ、キリがない……」
剣の腕は椿の方が上だが、撫子を庇いながら複数人の刺突を躱すのは決して簡単ではなかった。おまけに矢毒も徐々に効いてきて体の動きも鈍くなってきていた。
「敵は確実に弱っています。焦らなくてもいいので少しずつ削っていきましょう」
副隊長の蜂谷から暗殺部隊に冷徹な指示が飛んだ。
「痛っ!」
捌き切れなかった刺突を椿は撫子を庇って体で受けていた。急所を逸らせてはいるが、ダメージは椿の命を確実に削っていった。
椿は刀傷が増え、毒の影響で立っているのもやっとの状態だが、必死に敵の刺突から撫子を庇い続けていた。
「フッ、もう立っているのもやっとじゃないか」
椿が毒の影響でふらついた時、功を焦った暗殺部隊の1人が椿にトドメを刺しにきた。
その瞬間、椿は懐から装填済みの自作ホイールロック式拳銃を取り出し、突っ込んできた敵に向けて発砲した。
轟音とともに崩れ落ちる仲間の姿に、暗殺部隊は激しく動揺した。種子島のような火縄銃が一般的だったこの時代、椿の拳銃を銃だと認識できたものは敵の中にいなかったからだった。
「今のは何だ!? 刀や体術ではありえない死に方をしたぞ……」
「ば、化け物か……?」
別の一人が後退りながら、震える声で呟いた。
それでも、動揺する部下たちに副隊長の蜂谷が冷静に指示を出した。
「今のは敵の切り札です。最初から使ってこなかったのが何よりの証拠ですよ。おそらく次弾はないから、構わず刺突で削っていってください!」
「ちっ、バレてるか……」
椿はすでに片膝をついていた。
「毒が回って、もう抵抗もできないようだな」
暗殺部隊の1人が椿を無視して撫子の心臓を目掛けて刺突を行おうとした時、椿は最後の力を振り絞って撫子と敵の間に入り、その身を挺した。
「!!」
撫子は自分を庇って、敵の刀が深々と腹部に突き刺さった椿の姿を見て、声にならない悲鳴をあげた。
椿はかろうじて急所を外して即死を免れたが、相手が刀を抜くと同時に崩れ落ちた。
「椿っ……椿、しっかりして……!」
撫子は声を震わせながら、地面に崩れ落ちた椿の手を強く握りしめた。指先はまだ微かに温かい。命が抜け落ちていくその感触に、撫子は歯を食いしばって嗚咽を殺した。
誠は椿を追いかけて合流しようとしたが、椿の後方で包囲を張っていた暗殺部隊10名が、誠の進路を塞ぐように動いた。
「横に広がるな、縦に並べ」
指揮官の声に従い、10名は椿達が射線上にくるように、迷いなく単縦陣形を組んだ。横一列に広がれば、簡単に突破されて椿達に合流される恐れがあるが、縦に重なれば、そう容易くは突破できないからだった。
「意地でも椿と合流させないつもりだな。しかも射線上に単縦陣って貫通攻撃が出来ないじゃないか」
サイコキネシスの指弾を撃ったら流れ弾が椿達に当たることも計算に入れての嫌らしい陣形に誠は苛ついていた。
「一人ずつ斬り伏せていくしか方法はないか……早く椿の加勢に行きたいのに!」
敵がこの陣形をとったのには理由があった。誠達が今まで敵の見張りを倒してきた正体不明の遠距離攻撃を警戒してのことだった。射線上に味方を配置すれば、敵もむやみに強力な遠距離攻撃を放つことはないと踏んだからだった。
一方で、副隊長の蜂谷は誠の進行阻止に10名を割いても、残り15名で前後から挟撃するフォーメーションを直ちに作っていた。本陣で待つ影山への良い土産になる——蜂谷はそんな算段さえ立てながら、椿達を効果的に削っていく指示を飛ばし続けていた。そんな光景が誠の視界の隅に映っていた。
「クソっ、早くしないと椿が保たない!」
焦りながら敵を1人ずつ切り倒していた最中に椿のホイールロック式拳銃の轟音が聞こえ、少しして椿が敵の刀で貫かれるのが目に入った。
「つばき―――!!!」
椿が崩れ落ちる映像が誠の網膜から視神経を通って脳に達した時、普段は使われていない領域に強烈な電気信号が流れ込んだ。脳内にカチリと音が響いてスイッチが入り、誠の『時空間支配』スキルがこの時、初めて発動した。
瞬時に椿の座標と時間軸が誠の脳内でマッピングされ、誠は刀で貫かれる前の椿の目前に瞬間移動した。わずか10秒間の時間遡行を伴ったテレポーテーションであった。
テレポートする瞬間、誠は時間遡行は10秒が限界であることを知った。天照大神は時間遡行はほとんどできないと言っていたが、数秒なら可能であるようだった。
瞬間移動と同時に、誠は力場で敵の刺突を跳ね返すと、相手を体ごとサイコキネシスで後方に吹き飛ばした。敵は背後の木に激突した衝撃で胴体が潰れて即死し、そのまま木の幹から地面にゆっくりとずり落ちていった。
誠は地面に倒れている椿を静かに抱き起こした。
「椿、遅くなってすまない」
「へへ……誠、撫子は守りきったぜ」
椿は力なくそう言うと、静かに目を閉じた。
「な、なんだ、あいつは! 突然、姿を現したぞ!?」
敵が再び動揺する中、副隊長の蜂谷は冷静に部下に指示を飛ばす。
「1人は完全に無力化しました。我々のやることは変わりません。時間をかけて標的を削っていくだけです」
再び、敵、暗殺部隊から毒矢の攻撃が絶え間なく始まった。
誠はサイコキネシスで防壁を築き、矢を弾いた。
「貴様が指揮官か」
誠が低く感情を押し殺した声でそう呟くと、蜂谷は初めて余裕の表情を崩し、じりじりと後退った。
「化け物か……これでは、勝てるわけが無……」
最後まで言い終える前に、誠のサイコキネシスによる指弾がその頭部を撃ち抜き、蜂谷は声もなく崩れ落ちた。
「なんだ、あいつ、妙な技を使うぞ!」
指揮官を失った暗殺部隊に動揺が広がる中、誠は『時空間支配』を使って残敵を標的としてロックオンした。続いてサイコキネシスの指弾をロックオンした敵に連射していった。逃げ出した敵もいたが、指弾が追尾して次々に頭部を撃ち抜いていった。
残してきた菫達の方を振り向くと、前線はすでに崩壊して苦戦している仲間達が見えた。
誠は、改めて椿達を包囲していた暗殺部隊の全滅を『時空間支配』で確認した後、椿を撫子に託すことにした。
「撫子様、今、他の者を呼んでくるからそれまで椿を頼みます」
まだ前線には菫たちが取り残されていた。内心に焦りを抱えながらも誠は一度だけ椿の顔を確かめた。
その直後、誠は前線で傭兵部隊に苦戦している菫達の元へテレポートしていった。




