第二十八話 逃避行
誠一行が山中に逃げて30分ほど経った時、誠は一旦止まって異能を解いた。
「ごめん、多人数でのホバリングが慣れなくて疲れた。異能は敵を迎撃する時のためにも温存しておきたいから、ここからは歩こう」
「私は、こんな山の中、歩けないわ」
撫子が弱々しく漏らした。
「安心してください。撫子様は僕が抱きかかえて移動しますから。アリスは大丈夫?」
「うん、私は歩けるわ。いざとなったら宗一郎に頼るから心配しないで」
「誠、心配するな。アリスは俺が連れてきたんだから任せろ」
宗一郎も同意してくれた。
「菫は索敵を頼む。敵は忍び部隊もいるようだから包囲されたくない」
「わかった〜」
そこに葵が割って入り、進言してきた。
「誠、加賀の山中は私達の里があった所。この辺りの地理は詳しいから逃走経路は任せてほしい」
さらに芹が誠に進言した。
「誠さん、このまま山の中を通って越中国の潮崎家まで逃げた方がいいと思います。迎え撃つにしても山の中の方が有利です。人里だと忍びの情報網で発見されるのも早いですし、特に町中の暗殺部隊は手に負えませんから」
「芹の言う通り。町中だと何処から狙われるか予想がつけにくい」
「了解、じゃあ、このまま山の中を逃げよう」
葵と芹の進言に従い、誠は山中の逃避行を決定した。
逃避行を開始して3時間、日が落ちて周囲は完全に闇の中だった。一行は葵の先導により山中を移動していた。
「誠〜、半径5km以内には敵の気配はないけど、今夜は寝ずに逃げるの?」
「誠さん、この人数だと痕跡を消すのは難しいから、何れ敵の索敵網にかかります。見通しのいい地点に陣取って警戒しながら休息をとった方がいいかもしれません」
菫と芹の進言を聞いた誠は葵に相談する。
「葵、近くに見通しが良くて休めそうな所に心当たりない?」
「わかった。そこに案内するから、ついてきてほしい」
誠達は葵の案内で山の尾根にある小さな窪地に陣取ることにした。周囲は樹木がまばらで見通しがよい。
「誠、ここなら周囲の見通しがいいから、交代で見張りを立てれば眠ることもできる」
「そうですね、御嬢の言う通りです。敵は西から追ってきますので、いざとなれば尾根の東側に逃げることもできますし」
さらに菫が芹の説明を補足した。
「もし、敵が尾根を渡って包囲網を敷くとしても、相当離れた場所から渡らないと私に見つかると思うよ〜」
「じゃあ、ここで明け方近くまで睡眠をとろう。索敵は菫と芹に交代でお願いする。明日は僕が6時間ごとに二人を交代で抱きかかえて移動するから、そのときに仮眠をとってもらうということで」
「やった〜、明日は1日中、誠にお姫様抱っこしてもらって移動だ〜」
「お姉ちゃん、私と交代しながらだよ! 分かってる!?」
「誠、私は明日、どうなるの? 私、山の中なんて歩いたことないわよ」
撫子が不安そうに誠に尋ねてきた。
「撫子様も僕が抱きかかえて歩きますので安心してください。アリスは明日も1人で歩けるかい?」
「うん、私は大丈夫よ」
アリスも山歩きは決して得意ではないのに、誠に気を遣っているところが健気に思えた。誠は内心、護衛メンバー最年少のアリスも運んであげたかったが、3人同時に抱きかかえるのはさすがに無理なので諦めた。
「じゃあ、そういうことで各自休憩をとって下さい」
誠は窪地の一角に簡易トイレを異能で作った。メンバーがほとんど女性なので誠なりに気を遣っていた。元々、山中への逃避行になることも想定して、テントと同じ素材で屋根付きの囲いも作れるように荷物に入れてきたのだった。
夕食も誠が持参してきた携行保存食を皆に配って簡単に済ませた。
「皆、ごめんよ。さすがに猟をする余裕はなかったから、こんなものしかなくて」
「誠、気にしないで。食べるものがあるだけ有難いわ。それに誠の作った保存食も美味しいわよ」
アリスがフォローを入れてくれた。なんて良い子なんだ。
「撫子様は、少しは気持ちが落ち着きましたか?」
「私、ここで死ぬの?」
「いえ、僕たちが撫子様を越中国の潮崎家まで送り届けますので、安心してください」
「だって、敵は60人もいるのよ! こっちは私を入れてたったの9人で、戦える人は何人いるのよ!?」
「僕を入れて6人ですかね」
「アンタ、10倍の敵に勝つつもりでいるの? 勝てるわけないでしょ!!」
「撫子、大丈夫、誠は野武士20人を1人で皆殺しにしたこともある」
「……」
葵がフォローしてくれたお陰で撫子も黙った。流石、正妻。誠も軽くフォローしておいた。
「もちろん、絶対はありませんが最善を尽くしたいので、撫子様も生き延びたかったら、僕の指示に素直に従ってくださいね」
「わかったわよ!」
撫子はこういう切羽詰まった状況に免疫がないのか、逃避行が始まってからというもの余裕が無くなっていた。誠は撫子がパニックを起こさなければよいのだがと内心、気が気でなかった。戦闘で護衛対象がパニック行動を起こした場合、一歩間違えれば部隊が全滅する可能性があるからだった。
その後、テントを設営し、索敵が得意な菫と芹を交代で見張りに立たせて睡眠をとることにした。
明け方付近、誠は菫に起こされた。
「誠、おかしい」
珍しく菫が深刻な表情をしている。
「菫、どうしたの?」
「昨夜遅い時間に、忍びが1人、麓の森にやってきてずっと私達を監視しているの」
「1人だけ?」
「そう、斥候だとしたら、とっくに本隊が追いついてもおかしくない時間なのに、その兆候がまったくないの」
「菫はこの状況をどう見る?」
「たぶん、かなり遠くから山越えをして背後に回られていると思う。包囲網が完成したら姿を現すと思うけど、そうなる前に逃げた方がいいと思う」
「そうだな、戦力差10倍で囲まれたら流石に犠牲者がでるだろうからね。直ぐに皆を起こして出発しよう」
誠達は夜が明けると間もなく、尾根から南東側に進路をとって逃避行を再開した。
「誠〜、それじゃおやすみ〜」
菫は誠の右腕に座り首に腕を回し、もたれかかるようにして眠りこけていた。撫子は反対側の腕にこじんまりと座っていた。二人とも誠が異能で持ち上げて、落ちないように固定しているので居心地は悪くはなかった。
「芹、ここから索敵を頼むね。なるべく会敵しないように進路をとってくれると有難い」
「わかりました、誠さん。任せて下さい。ちゃんと人里も避けますから。6時間後にお姉ちゃんと交代ですからね!」
誠達が鶴仙渓付近の山間の集落を迂回して進路を北東に向けた頃、芹と交代した菫が警告してきた。
「誠、敵は包囲網に穴を空けて、わざとそこに誘導しているような気がする」
「まじか……ということは、このまま進むと敵の待ち伏せに遭うってこと?」
「たぶん、そう。私達は東に進みたいんだけど、進路上に忍びを配置して、北に進路をとるように仕向けているみたい。敵の指揮官が優秀なんだと思う」
「じゃあ、東方面にいる忍びを遠距離射撃で処理しながら東に進んだ方がいいかい?」
「狙撃銃だと発砲音で敵に気付かれると思う」
「じゃあ、僕の異能で長距離狙撃してみる? 菫に手伝ってもらわないと命中しないと思うけど」
「無音で狙撃できるなら、それがいいと思う。つぎに敵の見張りを発見したら誠に教えるね」
誠は今回の敵は戦争のプロなんだと気付き、少し不安になってきた。誠が今まで相手にしてきた敵は、戦略もお粗末なもので素人同然のだったと今にして気づいたのだった。
「今度の相手はプロの戦闘集団で、街のゴロツキや落ち武者上がりの野武士とはわけが違うってことか……用心しないとマジでヤバイかもしれないな」
誠がブツブツと独り言を呟いていると撫子がツッコミを入れてきた。
「アンタ、ホントに大丈夫なんでしょうね!」
「ははは......撫子様、僕も心配になってきたところです」
「頼りないわね! しっかりしなさいよね!」
「誠〜、300m先に敵の見張りを発見。たぶん、忍びだと思う。狙撃の準備をお願い」
「皆さん、休憩を偽装して前方の見張りを狙撃します。休憩しているフリをしてください」
護衛メンバーがそれぞれ頷いた。宗一郎は酒を飲み始めていたが、いくら休憩の偽装といっても大丈夫なのだろうか?
誠は木の陰に隠れて異能で長距離狙撃用の力場を作り、力場には光を通さないように念じると黒い銃身様の物体が姿を現した。
「菫、これが異能の長距離狙撃モードなんだけど。敵は地面にいるのかい? それとも木の上?」
「木の上だよ~。じゃあ、私が狙いをつけるから、私が誠の指をトリガーの代わりに引いたら発射してね」
そう言うと、菫は誠に体を密着させ、狙いを定めはじめた。
「誠、異能で体が動かないように固定してもらえる?」
「うん、わかった」
菫はさらに誠に頬を密着させ、狙いを定めた。
「じゃあ、撃つよ〜」
次の瞬間、菫の指が誠の指を引いた。同時に異能の長距離狙撃モードから高速回転した力場が射出され、頭を撃ち抜かれた敵が樹上から落ちてきた。
「成功〜。300mくらいなら楽勝だったね」
「観測手がいなくても命中するものなんだね」
「いたほうが正確だけど、芹ちゃんはお休み中だし、これだけ明るかったらスポッターがいなくても大丈夫だよ」
「じゃあ、この調子で敵の包囲網を突破しようか」
誠達は敵の見張りを狙撃しながら、東に進路を向けることにした。
一方、包囲網を築こうとしていた影山主水は、ターゲットの東に配置した見張りが狙撃されて包囲網を突破されつつあることを、部下の忍びから報告を受けていた。
「敵に勘のいい索敵手がいるようですね。しかも長距離狙撃してくるとは……どうやら、罠を張る地点を変える必要があるみたいです」
側にいた傭兵の首領である鷲尾豪三がニヤニヤしながら影山に語りかけた。
「影山さんの作戦でも外すことがあるんだな。今日は面白いものが見れて満足だわ」
「今回はそれだけ敵が手強いってことですよ。鷲尾さんも、その方が嬉しいんじゃありませんか?」
「違いねぇ!」
鷲尾は豪快に笑った。
「で、次はどういう作戦に出るんだ?」
「そうですね、敵は東に進みたいようですから、東に先回して罠を張りましょう」
「俺にも分かるように説明してくれや」
「我々、忍び部隊は鷲尾さんの傭兵部隊より足が早いので先回りして東側に陣を張ります。鷲尾さん達は西から敵を挟み撃ちにしてください」
「随分単純な作戦じゃねえか」
「ええ、このまま敵の東に見張りを散発的に配置しつづければ、敵は勘違いしたまま東進を続けるでしょう」
「なるほど、そこを前後から包囲して殲滅するってわけか」
「まあ、そうなります。作戦として鷲尾さんに敵の後方からプレッシャーをかけて頂き、我々の方にターゲットを誘い込んだ時点で暗殺を決行します。後は、保護対象を失って混乱した敵兵を鷲尾さんに蹂躙していただくということです」
「なるほどな、そうなりゃ護る者を失って敵も本気で戦えるって寸法か! いい作戦じゃねえか」
「包囲網が完成するのに概ね2日ってところでしょうかね」
「了解だ!」
「それまで、お互い体力を温存しておきましょう」




