第二十七話 孤立
撫子護衛の3日目、一行は加賀に抜けるために山間の道を進んでいた。
日中は長閑なもので、護衛任務といえど些か気が抜けているようにさえ思えた。
だが、日が傾きかけた頃、菫が誠に駆け寄り、緊張した面持ちで耳打ちした。
「誠〜、この輿入れの護衛の人達、急に殺気立ってきたよ。なんか様子がおかしいから気をつけて」
「え、どういうこと?」
「まだ、わからない。それからこの道の斜め前方の山の中に忍びが一人いて、撫子を狙っているみたい」
「それって、まずくない?」
「たぶん、撫子との距離が最短になった所で射ってくるから、守ってあげて」
「うん、わかった。敵が矢を射る前に教えてほしい」
「了解、任せて〜。一応、他の皆にも伝えておくから」
それから50mほど歩くと、菫から警告が発せられた。
「誠、あと数歩で射ってくると思う」
「了解」
誠は足早に撫子が乗る馬に近寄っていくと飛来する矢が視界に入った。
「撫子!」
誠は、叫びながら異能で防御を張りつつ馬上の撫子めがけて飛び込み、そのまま彼女を抱えて馬の影に入った。
「な、何!」
撫子は事情が全く掴めてないようだ。
「今、撫子様は矢で射られかけたんですよ。僕が守るので静かにしていて」
敵は馬の尻めがけて矢を射ってきて、驚いた馬はそのまま前方に走り去り、誠達は敵のいい的になった。
「参ったな、馬を盾代わりにするつもりが、敵の方が一枚上手だったか……」
敵の矢を刀で振り払いながら誠がボヤく。
「アンタ、感心している場合じゃないでしょ! どうするつもりよ!」
その時、突如、銃声がして、敵の矢が飛来してこなくなった。
「よし! 菫が敵を撃ってくれたみたいだ」
「撫子様、ご無事ですか!」
乳母の雅と側仕えの滝(18歳)が心配して近寄ってきた。
「誠が守ってくれて、なんとか生きてるわ」
遅れて他の側仕え3人がやってきたが、何故か剝き身の小太刀を手にしている。
「ちょっと、アンタ達、なんで小太刀を抜いているのよ!?」
撫子の疑問に対し、年長の側仕え楓(27歳)がご丁寧に状況を説明してきた。
「撫子様もご存知のとおり、この輿入れの護衛の者の8割が敵対派閥の者です。ここで撫子様を始末する手筈になっているのですよ」
さらに、側仕えの葉(23歳)も撫子殺害の意思表明をしてきた。
「ここで撫子様を殺せば、実家の借金を帳消しにしてもらえることになっているんです! 大人しく死んで下さい!」
終いに、家格の高い撫子への嫉妬を拗らせていた所を籠絡された側仕えの鈴(20歳)が小太刀を手に切り込んできた。
「前から、貴方のことは気に食わなかったんです。お命、頂戴します!」
そこに、唯一の味方であった側仕えの滝が鈴の前に立ち塞がった。
「危ない!」
だが、滝は鈴に腹を刺されてしまい、そのまま鈴を押し倒しながら苦しげに撫子に訴えた。
「撫子様、今のうちにお逃げください!」
撫子は今まで味方と信じていた側仕え達が自分の命を奪おうとしている事実に混乱していた。
「なんで、こうなるのよ……この輿入れは反対派閥にも利があるはずなのに……」
誠は、小声でブツブツ言ってる撫子の腕を掴む。
「撫子様、逃げますよ」
「そうはさせるか!」
残り二人の側仕えも撫子を殺しに切り込んでくる。
「撫子様、ここは私が防ぎますので、どうかお逃げください」
乳母の雅はそう言うと、誠が止める間もなく懐刀を手に敵に向かって駆け出していったが、敵の小太刀に刺されて崩れ落ちる。
「雅、お前まで……」
誠が反撃に出ようとした直後、菫達が到着して楓と葉を斬り倒した。
「誠〜、一応、皆を呼んできたよ〜」
菫が誠達の護衛メンバーを連れて来ていた。
「誠さん、まずいですよ。東雲家の護衛部隊が斬り合ってます! 私達も攻撃を受けていたので、ここに来るのが遅くなってしまいました」
「誠、たぶん、奴らは撫子の派閥の者を皆殺しにするつもりだぞ」
芹と椿が状況を教えてくれる。
「まずいな。ここまで大胆に撫子様を殺しに来るとは予想していなかった」
ボヤく誠の側に、遅れて葵が到着した。
「誠、まずい。敵の増援が近くまで来ている。数は50以上、忍びと傭兵の混成部隊」
「まじか、コレ、完全に皆殺しにするつもりだな……」
「うん、たぶん皆殺しにした上で、私達に濡れ衣を着せるつもり」
「誠さん、これじゃ割りに合いません。帰ったら雪乃さんに追加報酬を要求しましょう」
「芹ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないかも。同士討ちが終わったみたいよ」
菫が、そう言うので、周囲を見回すと護衛部隊が道の前後から誠達を囲んで威圧していた。そして一人の男が前に出て告げた。
「私は黒江数馬だ。この護衛部隊の隊長をしている。お前達を撫子様暗殺および関係者殺害の罪で討伐する」
そこに撫子が割って入る。
「数馬、私は生きているわ。それにこの人達は味方よ。あなた、何を言ってるの!?」
「撫子様、相変わらず察しの悪い方ですね。貴方はここで殺されるのですよ。その方が我々の派閥に都合がいいのです」
「どうして! この輿入れは貴方がたにも利があるのでしょう?」
「冥土の土産に教えて差し上げますが、撫子様暗殺の罪をそこの者たち、潮崎家の手の者に被ってもらい、それを口実に潮崎家に連合軍で攻め込む計画があるのですよ」
「どうして……」
「その方が潮崎家の利権を根こそぎ奪えるからですよ。我々の増援部隊60名も間もなく到着しますから、諦めて死んでください」
「そんな……」
撫子が呆然とする一方では誠は仲間に小声で伝える。
「皆、僕に密着してください」
「やった〜、私、いっちば〜ん」
「では、私が2番で。誠様失礼します」
菫に続いて瑞波が抱きついてきた。他のメンバーも誠を中心に密着し一塊になる。撫子は最初から誠に腕を掴まれたままだ。
「お前たちはいったい何をしている……」
護衛隊長の黒江数馬は、いきなり誠に抱きつきはじめた女達を見て動揺していた。
「椿、頼む!」
誠が椿に指示すると、煙玉を前後の敵の足元に投擲して煙幕を張り、相手の視界を遮った。
煙幕で敵護衛部隊が右往左往している中、誠は異能で仲間全員をホバリングさせて道の横を流れている渓流の方に向かって逃走を開始した。
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椿が張った煙幕が霧散した時には、黒江数馬は誠達を完全に見失っていた。相手に忍びがいることは聞かされていたが、こうもあっさり逃げられるとは思っていなかった。
「おい、お前が護衛部隊の隊長だな、どうして俺達が到着するまで待てなかった?」
鷲尾豪三(33歳)が黒江を問い詰める。鷲尾は増援部隊のうち傭兵30名を率いる首領である。身の丈2mに迫る巨漢で数々の戦場で常勝無敗を誇る武人だ。
「概ね、功を焦ったのでしょう。やれやれ仕事が増えてしまいましたね」
重ねて嫌味を言うのは、影山主水(40歳)。増援部隊のうち暗殺専門の忍び30名を率いる隊長である。彼は指揮官としては非常に優秀で、部下の信頼も厚い。だが、武人としても一流の超人物だった。
「いや、数はこちらが圧倒的に優位だったから失敗するはずがなかったのだ……」
黒江は弁解するが、もう鷲尾や影山からは相手にされていない。
「山中に逃げられては、もう貴方たち護衛部隊は用済みです。後は私達に任せて東雲家で待機していてください」
「影山さんよ、これからどう攻める?」
「鷲尾殿、索敵は私達が得意ですので任せてください。こちらで包囲網を敷いて撫子を暗殺します」
「だが、敵には野武士20人をたった一人で皆殺しにした猛者がいるらしいじゃねえか。そいつもアンタ達で殺るのかい?」
「いえ、我々忍びは正面切っての戦闘は得意ではありません。あくまでも索敵と暗殺だけです。敵主戦力の殲滅は鷲尾殿にお願いします」
「よし、わかった。久々に手応えのありそうな相手で楽しみだな。せいぜい楽しませてもらいたいものだ」
「鷲尾殿、我々の調べでは敵の戦闘経験はヤクザ数名と野武士20名だけです。おそらく本物の戦闘は未経験でしょう。おそらく我々の相手にはならないと思いますよ」
「一方的な狩りになっちまうってことか。まあ、それでも楽しめればいいさ。せいぜい良い舞台を作ってくれよ」
「そちらの方はお任せ下さい」
影山が指示を出すと忍び20数名が誠達を追跡するために山に入っていった。




