第二十五話 撫子の夜会
東雲撫子(16歳)の嫁入り道中、初日の午前中は何事もなく至って平和に過ぎていった。
「誠、日本の領主の嫁入りって素敵ね。町並みもイギリスと違って新鮮だわ」
「そうか……アリスは日本に来てからずっと山奥で暮らしていたからな。今回の旅は楽しめるといいね」
「うん、私を連れてきてくれてありがとう」
誠はそんなアリスに申し訳なく思った。彼女は敦賀湾に漂着して以来、誠の隠れ里に隔離されていたも同然だったからだ。
「嫁入り先の領主と商売ができるようになったら、今度はエドワードも連れて来ようよ」
「誠、ありがとう。お父さんもきっと喜ぶわ」
そこに医師の宗一郎が不満げに割って入った。
「アリス、お前、俺の手術や解剖に付き合いたくて、ついて来たんじゃないのか?」
「宗一郎、当然でしょ。里じゃ、滅多に手術や解剖が見れないじゃない。これじゃ、いつまで経っても人体の神秘を解明できないわ!」
「え……そうなの?」
「うん、そうよ。蒸気機関の開発も面白いけど、人体の仕組みも解明したいわ。これは私のライフワークにしたいわね!」
「ふんすっ」とばかりに将来の夢を語るアリスに、誠はさっき彼女の境遇に同情したことを少しだけ後悔した。
「まあ、俺の知っていることは全部教えてやるから、しっかり働けよ、助手」
「言われなくてもそうするわ。早く私にも解剖をやらせなさいよね!」
「この前、長助の解剖を少しやらせてやっただろうが!」
「私は最初から最後まで全部自分でやりたいの!」
「分かったって。そのうちやらせてやるからよ」
宗一郎との会話を横で聞きながら、誠はアリスも将来マッドサイエンティストになるのではないかと心配になるのだった。
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昼休憩の時、撫子からいきなりお呼びがかかった。
「誠! 早く来なさい! 退屈なんだから何とかしなさいよね!」
撫子のツンツンな我儘ぶりに閉口しながら、誠はアリスとともに馳せ参じた。アリスは輿入れの主役である撫子に興味があるようだった。
「撫子様、こちらの読み物を退屈した時にでも読んでみてはどうでしょうか?」
「それは何なの!?」
「これは漫画といいまして、敦賀の一部で流行っているものなんです」
そこに、アリスが興奮して割って入ってきた。
「誠、これ、私も好き。里でね、澪に作ってもらった衣装で紬とよく遊ぶの」
アリスは、よっぽど魔法少女が好きなようだった。
「えっ、この娘、なに? すっごく可愛いんだけど!」
撫子はアリスの外見に反応した。たしかに誰しも、金髪碧眼の美少女を初めて目にすればそうなるだろう。
「この娘はアリスといいまして、僕の商会で雇っている外国の娘です。すごく頭がいいんですよ」
「アリス、あなた、午後からは私の隣で話し相手になりなさい!」
「アリス、大丈夫かい?」
「うん、誠、任せて!」
ある意味、お互い興味のある者同士で丁度良かったのではないだろうか。
「アリスなら年齢のわりに賢いし、大丈夫だろ」
誠は勝手に納得して、撫子の相手をアリスに丸投げすることにした。
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午後、撫子の相手から解放された誠が旅情に浸りながら一人歩いていると、菫(17歳)と芹(17歳)が隣にやってきた。
「誠〜、もっと私達を可愛がってよ」
「そうですよ、誠さん、葵ちゃんや椿ちゃんだけズルイです!」
「え〜、昨日、露天風呂で散々、僕を椅子がわりにしてたじゃないですか。それじゃダメなんですか?」
「ダメ! 昨日の椿ちゃんみたく優しく抱きしめてほしいの!」
「え〜……」
「ちゃんと、真剣に考えて下さいね!」
「そうそう、椿の長距離狙撃銃だけど、射程どのくらいまでなら命中させられるの?」
誠はそれとなく、話題をすり替えた。
「昨日、椿ちゃんと実験したときで300mくらいだったかな〜。それ以上は的に当てるのは無理!」「そうなんだ、それでも300m離れた所なら種子島(火縄銃)の1.5倍から2倍近い射程だから上出来だと思うよ」
「へへ〜、そう? 褒めて褒めて〜」
「僕の異能でも長距離狙撃ができるんだけど、僕の腕だと遠くの的に当てられないんだよね。菫と芹に手伝ってもらったら命中させられるかもしれないな」
「じゃあ、今度、いっしょに練習しようよ〜」
「うん、ぜひお願いするよ」
「誠さん、ちなみに射程距離はどのくらいなんですか?」
「前に実験した時で、2000mくらい先の岩には当たってたけど、的には当てられなかったんだ」
「誠さんの射撃って、銃身を異能の力場で作っているんですよね?」
「うん、そうだけど」
「それって、私達にも見えるように出来ますか?」
「うん、光を通さないようにするだけだから出来ると思うけど」
「なら、たぶん的に当てられるよ〜。誠は銃を構えるだけで、私が狙いをつけて引き金を引くだけだから」
「誠さん、じゃあ私は観測手やります!」
「芹、これで私達も誠にくっつき放題だね〜」
「えっ、くっつく必要ってあるの?」
「誠と一心同体にならないと遠くの的に当てられるわけないじゃない。分かってないな、誠は〜」
「まじですか……」
「誠さん、私達と一緒に新記録だしましょうね!」
「はい……」
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今晩の宿泊は北ノ庄の寺社だったが、到着して間もなく撫子から誠に呼び出しがかかった。
「誠! 今晩は女子会をやるわ、アンタの嫁とアリスを私に一晩貸しなさい!」
相変わらずの我儘ぶりである。
「撫子様、分かりました。その代わり、私も嫁が心配ですので宿泊所の庭先に場所をお借りして野営させてもらえないでしょうか?」
「それくらい許すわ。勝手になさい!」
「ところで、何故、私の嫁と女子会なんですか?」
「アリスから聞いたんだけど、嫁達はアンタにベタ惚れらしいじゃないの。私もこれから嫁ぐ身として気になるから、色々教えてもらうために決まってるでしょ!」
「ははは……」
「こんな冴えない男のどこがいいんだか、私にはさっぱり理解できないわ」
「……」
「それから、アリスが言ってたスナック? ……菓子も献上しなさい! 今回も持ってきているんでしょ?」
撫子のいう菓子というのは、保存食として蒸した米を異能で凍結乾燥加工したものだ。だが、それでは芸がないので誠が醤油や蜂蜜などで煎って薄く味をつけたものだった。
「見本品ですので、そんなに数はないですが……」
「全部買ってあげるから、あるだけ持ってきなさい!」
「それは、毎度ありがとうございます」
この菓子は既に敦賀の雪乃を介して一部の富裕層に卸していた。原価の4倍近い売値でも買い手がつくおいしい商材だった。
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夜、宿舎の庭先に設営したテントにて、宗一郎が、大事そうに一升瓶を抱きかかえながら話しかけてきた。
「誠〜、お前が多めに金を用意してくれたお陰でいい酒が買えたぞ!」
「良かったじゃないですか。プロが作ったものだから自作したのより美味しいんじゃないですか?」
「今度は大事に飲みたいからよ、お前の嫁達には内緒な!」
「え〜、流石に昨日の椿の醜態を見たから、しばらく酒を控えると思いますよ?」
「誠、考えが甘いよ。お前の嫁達は酒のんで潰れれば、お前に優しくしてもらえると思ってるぞ」
「いやいや、さすがに裸踊りしながらウンコはしたくないでしょ?」
「いや、あいつらならやりかねないと思うけどな」
「まじですか……」
「まじで心配しているから言ってるんだよ! お前も気をつけてくれよな」
「わかりました」
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その頃、寺社の撫子の部屋では誠の嫁達とアリスも含めて女子会が開かれていた。
「じゃあ、女子会を始めるわ。私のことは撫子って呼んで構わないわ」
「私は葵、誠の正妻で一番愛されている」
「私は椿、誠の第二夫人で、昨日も誠との絆を深めちゃったもんね〜!」
「椿ちゃん、キャラ違ってない? 私は第三夫人の菫、漫画を書いてま〜す」
「私は芹、誠さんの第四夫人で、菫は双子の姉です」
「私は瑞波です。つい先日、第夫人になったばかりです」
「私はアリス、近い将来、第六夫人になるつもりよ」
「ちょっと誠って、なんでこんなに嫁がいるの? おかしくない? 誠って色情狂なの?」
撫子が口火を切った。確かに、こんな自己紹介を聞かされれば、誰もが正気を疑うだろう。
「違う、誠は色情狂ではない。その証拠に嫁達には一切手を出していない」
「葵、それって別の意味でヤバイんじゃないの? あいつ、女に興味がないだけじゃない? 今夜も男と二人きりで野営しているし、絶対怪しいでしょ!」
酷い言われようである。
「撫子、それは違うぜ、誠は、御嬢……じゃなくて葵が大人になるのを待ってくれてるんだよ。誠が言うには、大人になる前の出産は母体に負担がかかるから避けたいんだとよ」
「そう、誠と私が夫婦になったのは13歳の時、あれから3年経つけど一度も手を出されていない」
「じゃあ、葵が何歳になったら相手をしてくれるっていうのよ?」
「誠は18歳まで我慢しなさいって言ってた。今16だから2年も待たなくてはならない」
「じゃあ、今18以上の嫁なら相手してもらえるんじゃないの?」
「それも違うんだよ、撫子。誠は葵が大人になるまで他の嫁にも手を出さないって言ってるんだ。だって、最初に夫婦になったのに他の女に先を越されたら葵が可哀想だろ?」
「そう、だから、私が一番誠から愛されている」
「いや、違うね! 私なんて、今朝ゲロとクソまみれになってたのに誠は優しく洗ってくれた上に抱きしめてくれたんだぜ! どうだ、お前ら、羨ましいだろ!」
「椿、それって、自慢できる話なの?」
撫子はその状況を想像して眉を顰めた。
「次は、私の番だもんね〜。椿ちゃんのお陰で、お酒でドロドロになれば優しくしてもらえるって分かったから、もう、こっちのものだよ〜」
「菫、アンタ、ほんとにそれでいいの!?」
「撫子さん、誠さんは奥手なので手段を選んでられないんです!」
「瑞波、アンタはどうなのよ? アンタ大人しそうだし、この人達よりは常識あるわよね!」
「私も、誠様をお慕いしております。誠様から叱責を受けたり、下僕扱いをされると凄く幸せを感じるんです。こんな気持ちになれたのは誠様が初めてです」
「瑞波、アンタ、虐められてよろこぶヤバイ奴なんじゃないの?」
「撫子、瑞波は純粋なだけなんだよ! あんまり余計なことは吹き込むな」
「わかったわよ、椿、じゃあ、最後の良心、アリスはどうなの?」
「撫子、私の好奇心を満たしてくれるのは誠以外にいないわ。誠は私の知らない知識をたくさん持っているし、他では絶対できない経験をさせてくれるの」
「アリスだけはまともで安心したわ」
「撫子、この前なんてね。誠は生きた罪人の解剖をさせてくれたのよ! 私は前もって誠から座学で人体の仕組みを教えてもらっていたから、凄く勉強になったわ。早く、次の解剖がしたいわ!」
「あなた達の中に、まともな人はいないの!?」
「撫子、まあ、そう言わずに恋バナの続きをしようぜ!」
椿の呼びかけに、さっそく葵が自慢話を再開した。
「そういえば、撫子、私が夫婦になるときには、誠は家族に土下座してくれた。私、あんなに見事な土下座、初めて見た!」
「馬鹿野郎、私の時も土下座してくれたぜ!」
「もういいわ、あなた達のことは分かったから……」




