第二十四話 酒乱の女
嫁入りの護衛任務に出発する日、入江から敦賀まで甚兵衛(61歳)達が船を出してくれることになった。護衛メンバーが入江に集まると、そこには予定になかった宗一郎(25歳)とアリス(14歳)の姿があった。
「誠〜! 澪の命令で俺も医師として護衛に同行することになった。アリスは俺の助手な」
「わかりました。宗一郎さん……って、アリスもですか?」
「あ〜、手術になった時は助手がいると助かるし、こいつが連れてけって煩いから」
アリスが泣きそうな目で誠を見つめてくる。
「……わかりましたよ。もし、戦闘になったら宗一郎さんがアリスを守ってくださいね」
「おうっ、任せとけって」
普段、聞き分けのいいアリスがここまで我儘を言うなんて珍しいと思いつつ、誠は二人の同行を許可した。
甚兵衛達の小早船に乗船して敦賀に向けて移動中、宗一郎やアリスと目が合った元海賊の漕ぎ手が数名、海に向かって嘔吐している姿が目に入った。
「甚兵衛、彼らは体調が悪いのかい?」
「……いいえ、誠様、儂らは、その……長助の解体ショーのことがトラウマになっておりまして、お二人を見ると思い出してしまう者も未だにいるんですよ」
「……甚兵衛、それはすまないことをしたね」
そこに瑞波(16歳)が割って入る。
「いいえ、誠様。長助はそれだけのことをした大罪人です。生きたまま宗一郎さんによって解体されたのは当然の報いです。誠様が決して気に病むことではありません!」
「ははは……」
そうこうするうちに、船は敦賀の街に近い浜辺に到着した。
「甚兵衛、ここまでありがとう、助かったよ!」
「いえ、誠様、どうかご無事にお戻り下さい」
誠一行は、甚兵衛をはじめとする元海賊達が見送る中、陸路を越前に向けて歩きはじめた。
一行の旅の装備は、背負子と仕込み刀の杖だ。その中でも、誠は一際大きな背負子を背にして歩いていた。誠は異能で重さを軽減できるので、使いそうな道具は可能な限り誠が持ち歩くことにしたのだ。
歩き始めて間もなく、芹(17歳)が尋ねてきた。
「誠さんは、なんで今回の護衛依頼を受けることにしたんですか? 資金的にはまだまだ余裕がありますよね?」
「芹、そうでもないんだよ。造船が遅れているから海運業も始められないし、里も人数が増えてきたので、別の収入源が欲しかったんだ」
「まあ、確かに敦賀じゃ大々的に商いができませんしね。今回の依頼が上手く行けば、雪乃さんを通じて仕事が来るようになりますから頑張りましょう!」
「うん、今回の輿入れ先は越中国の廻船業で成功している小領主だから、そことのパイプも作っておきたいんだよね。そこの領内でも商売させてもらえるかもしれないし」
越中国に乙姫を売れるだけでも相当な利益を見込めると誠は考えていた。敦賀で商売しているときも1年足らずで、現在の価値にして1億円を超える売上を出していたからだ。もちろん、歴史の修正力が作用しなければの話だが……。
越前へは明日中に着けばいいので、行程にはかなり余裕があった。
途中、野鳥や野ウサギなどの食材を獲りながら、一行は岩盤質の渓流沿いでキャンプ泊をすることにした。
「椿〜、テントを張るのを手伝ってくれ!」
「おうっ、誠、任せろ!」
このテントは椿(19歳)と誠の姉の澪(19歳)の合作で、柿渋と乾性油で仕上げた防水性の麻布と、椿が作った竹製の折りたたみ式フレームで作られている。
ちなみに寝具は澪が作ったもので、薄い麻布に誠がこれまで狩りでストックしてきた野鳥の羽毛を詰め込んだものだ。いわゆる羽毛布団なので圧縮すると恐ろしくコンパクトになるため、各自が背負子に収納していた。
「今日、風呂に入りたい人いる〜?」
誠が尋ねると女性メンバー全員が入浴を希望した。
「じゃあ、露天風呂を作るとするか」
誠は岩盤質の河原にサイコキネシスで浴槽を掘り、そこに渓流の水を引き込んで即席の露天風呂を作った。
「なんとか、夕方前にはできたな。温度はこんなものかな?」
湯船に手を入れて異能で40度くらいまで一気に加熱した。
「風呂が沸いたので、入りたい人は夕食まで入ってくださーい」
誠が皆に声をかけると、葵(16歳)が側にきて腕を組んできた。
「誠、一緒に入る。夫婦なら当然の権利」
すると、葵のセリフをキッカケにして女性メンバーの間に連鎖反応が起こった。
「あー! 御嬢、ズルイ! 私も入る〜」
「菫、てめぇ、コラ! 抜け駆けしてんじゃねぇぞ!」
「誠さん、私も一緒に入っていいですか?」
「誠様、私もご一緒させてください」
「誠、私も一緒に入りたいわ」
「……」
結局、女性陣全員が誠と一緒に露天風呂に入ることになった。ちなみに誠はこうなることを見越して、澪に作ってもらった人数分の入浴着を持参してきたので、目のやり場に困ることはなかった。だが、流石に女性が一箇所に集まると姦しい。
「大きめに作ったから、全員入れたけど、優雅にとはいかないものだな……」
誠が湯船で一息ついてボヤいていると、葵がおもむろに膝の上に乗ってきた。
「あの〜、葵さん、どうして僕の膝の上に座っているんですか?」
「誠、これは正妻としての当然の権利。旦那様の義務」
「……そうでしたか」
「御嬢! てめぇだけ、ズルイだろ! 次は私の番だ!」
椿が騒ぎ始めたので、結局、全員が交代で誠の膝を椅子代わりに使うことになり、湯から上がるころには誠はぐったりしていた。
「やれやれ、風呂くらいはゆっくり浸かりたいものだな……」
風呂から上がり、夕食後は宗一郎が持ち込んだ日本酒で宴会が始まった。
誠はまったく酒が飲めない体質なので、早々に切り上げて一人、テントの中で横になっていた。
すると、瑞波が助けを求めて駆け込んできた。
「誠様! 大変です! 椿が裸踊りを始めました! 止めてあげてください、このままでは椿は女として終わってしまいます!」
「いや、瑞波、人間、裸になったくらいじゃ死なないから大丈夫だよ」
酔っ払いに関わりたくない誠は、テキトーなことを言って誤魔化そうとしていると、今度は芹がテントに駆け込んできた。
「誠さん! 椿ちゃんが裸でウンコをしています! もう、手がつけられません、何とかして下さい!」
「え〜、誰がそんなに飲ませたんだよ〜」
さらにボヤいていると、今度は宗一郎がテントに入ってきた。
「誠〜、椿の奴が俺の酒を全部飲んじまったよ。お前、責任とって、越前についたら代わりの酒を買ってくれよな!」
「……」
翌朝、誠は河原に顔を洗いにいくと、椿が一人淋しく川を眺めていた。
「椿、昨夜のことを気にしているのかい? あれは酒が悪いんであって、椿は悪くないから気に病むことはないよ」
誠が声をかけて隣に座ると、椿が泣いていることに気づいた。
「誠、私、女として終わっちまったよ……」
おそらく初めての深酒で、やってしまったことを後悔しているのだろう。なにより顔がゲロまみれで周囲に異臭を漂わせていて、それが誠の同情心をかき立てた。心なしかウンコ臭も混ざっていた。
「まあ、そう落ち込むなよ。僕は一生、椿の味方だからさ。今は、風呂に入ってスッキリしようよ。僕が洗ってあげるから」
誠は露天風呂の湯を異能で沸かすと、石鹸で椿の体を洗ってから一緒に湯船に浸かった。
「椿、朝風呂は気持ちがいいね」
「うん、私、誠の嫁になって良かったよ」
「そうかい。僕も椿が嫁になってくれて嬉しいよ。瑞波のことも色々面倒みてくれているんだろう? 椿は嫁の中では一番お姉さんだから苦労をかけるね」
すると、椿がいきなり抱きついてきた。
「誠、大好きっ」
誠は椿の切ない囁き声に面食らった。普段のべらんめえ調とは似ても似つかない、聞き慣れない声色だったからだ。だが、次の瞬間、菫の叫び声で我に返った。
「あー! 椿ちゃんだけズルイ〜!」
菫(17歳)の大声に呼応して皆が露天風呂に入ってきたが、椿はしばらく誠に抱きついたままだった。他の皆も昨夜のことで椿に気を遣っているのか、そっとしておいてくれているようだった。
なんだ、皆、仲いいじゃない……と誠は嫁たちを見直しつつ、椿を優しく抱きしめたのだった。
その日、一行は昼前には越前に到着して、護衛対象の東雲家に挨拶に行った。
「お前が忠康様が遣わした商人なの? ぱっとしない奴ね」
東雲家では、護衛対象の撫子(16歳)が直接会ってくれたのだが、上から目線でツンツンの態度に誠は閉口していた。
「はい、誠といいます。撫子様。今回は輿入れの道中、撫子様を退屈させないようにと忠康様より言い付かっております」
「まあ、同行を許可するわ。忠康様からじゃ嫌と言えないものね。輿入れの行列の邪魔にならないように、一番後ろからついてきなさい」
そこに乳母の雅(48歳)が割って入った。
「撫子様! 忠康様がわざわざ遣わして下さった方達を邪険にしてはなりません! 撫子様の直ぐ後ろについてもらいましょう。それが輿入れ先への礼儀というものです!」
東雲家では、雅だけが誠たちの目的が撫子の護衛であることを忠康から知らされている。
「わかった、わかった、言うとおりにするわよ。雅はいつも煩いんだから。今回は私の後ろに付くことを特別に許すから、ありがたく思いなさい!」
「お気遣いありがとうございます。これは敦賀で流行っている『乙姫』という商品でございます。お近づきの印にどうかお納めください」
誠が『乙姫』を差し出すと、撫子の顔がパッと輝いた。
「『乙姫』ですって、あなた気が利くじゃない! これ、ずっと欲しかったのよね」
「喜んでもらえて嬉しいです。では明日からよろしくお願いします」
フッ、チョロいな……誠は内心、ガッツポーズを決める一方で、このワガママ娘の護衛任務はさぞかし骨が折れるだろうと気が重くなるのであった。




