第二十一話 裏切りの代償
長助率いる海賊の造反組は瑞波、澪、紬の3人を拘束して、彼らが乗ってきた小早船が係留されている入江までやってきた。
「さすが誠も俺達の企みには気が付かなかったようだな。今頃は嫁達とお楽しみなんじゃないのか?」
男衆からの下卑た笑い声が聞こえる。
「長助、誠も追ってこないし、ここらで捕まえた女たちを犯しちまっていいか?」
好色な卯兵が血走った目で長助に聞いてきた。
「いや、卯兵、もう少し我慢してくれ。船で沖に出るまでは油断はするな」
「長助、お前さん、ここから出た後のことは考えているのかい?」
不安そうに登勢が今後の計画について聞いてきた。
「ああ、任せてくれ。ここからは敦賀に行って、誠と敵対している地元の有力者と接触する予定だ。誠の里の情報を手土産にすれば、取り入る事もできるし、誠も手出しできないだろう。しばらくは、そいつの下でお家再興の機会を待つことにすればすべて丸く収まる寸法さ」
「そうかい、当面の金は、攫ってきた澪と紬を敦賀の娼館に売って用意するってことでいいのかい?」
「まあ、そうだな。だが、売る前に俺らで商品の味見をしておかないといけないよなぁ。それが商売人として筋ってもんだろう?」
男達から再び下卑た笑い声が起こる。
紬は今にも死にそうな表情をして怯えていた。一方、澪は完全に感情が抜け落ちた能面のような顔をしていた。
一行は入江の洞窟横の小屋の手前に差し掛かり、ようやく係留している小早船が見えてきた。
「あとは、船で敦賀に行けば、この企みも成功だな」
「長助、その前に船ので中で攫ってきた女を味見をしてもいいんだろ?」
卯兵が長助に訊ねたその時、小屋の扉が開いて、中から誠と4人の妻が姿を現した。
「……!!」
誰もが予想しなかった目の前の出来事に、一瞬、海賊衆の動きが止まった。
「な、何故、お前達がここにいる!?」
誠の姿を見て、一瞬思考停止に陥った長助がやっとの思いで訊ねた。
「君たちが造反を計画していたことは、前から知っていたからね。うちの嫁、くノ一の諜報能力をあまり舐めないほうがいいよ」
努めて冷静な口調であったが、誠は姉と妹が攫われていた事実を初めて知り、内心激怒していた。
「まあ、いい。人質はこっちにいるんだ。姉と妹の命が惜しかったら、そこを退け!」
すかさず、卯兵が澪を、伝蔵が紬を盾にとり、長助が近くにいた瑞波を引き寄せて脅迫した。
「君たちには失望したよ」
誠は吐き捨てるように言うと、椿とアイコンタクトを交わした。次の瞬間、椿が海賊衆の真ん中に煙玉を投擲し、周囲は投擲物から発生した煙幕に包まれた。
4人のくノ一は煙幕が展開したと同時に音もなく煙幕の中に突入した。菫と芹は、澪と紬を捕らえていた卯兵と伝蔵の背後に回り込むと、忍刀で心臓を一突きして絶命させた。同時に椿と葵が澪と紬を背負い煙幕の中から誠のもとに戻ってきた。
誠は異能で澪と紬の猿轡と縄を切ると、二人を優しく抱きしめた。
「ごめんよ、二人とも。まさか長助が二人を攫うとは思わなかったんだ。無事で本当によかった」
「お兄ちゃん! 瑞波ちゃんは悪くないよ! 悪いのは海賊達だよ、瑞波ちゃんを出汁に私とお姉ちゃんを攫ったんだよ。本当に許せない……」
紬はさっきまでは怯えていたが、誠達に救い出されて安心したのか、怒りでブルブル震えていた。
「本当に許せないわ……私と紬に酷いことをしようとして。誠、刀を貸してもらえる?」
穏やかな笑顔で誠に武器を要求してきた澪は、完全にブチギレているようだった。
「姉さん、今は止めておいた方がいいと思うんだけど……」
澪が笑顔で無言の圧をかけてきた。
「ごめんなさい……僕の刀で良ければ使ってください」
姉に逆らえない誠は素直に自分の刀を差し出した。澪が笑顔で誠から刀を受け取ると、陸から吹く風で煙幕が徐々に晴れていくところだった。
長助はいつの間にか人質の澪と紬が誠の元に戻っており、卯兵と伝蔵が地面に倒れ絶命しているのを見て動揺した。
「誠、いや、誠様、澪様や紬様を誘拐したのも全部、姫と登勢がお家再興のために立てた計画なんだ! 俺達は姫の計画どおりに動いただけなんだよ。ここは降参して姫の命を差し出すから、下っ端の俺達だけでも助けてくれないか!」
怒りで今にも切り込みそうな勢いだった澪も、長助のあまりの掌返しに唖然としていた。
「うるさい、黙れ」
誠にしては珍しく低い声で長助の言葉を遮ると、サイコキネシスで指弾を撃って長助の両膝の骨を粉砕した。
長助が崩れ落ちると同時に、今度は澪が抜刀して海賊の中に切り込んでいった。
「葵、椿、澪姉さんを守ってあげて」
二人は頷くと音もなく澪の背後に追いついていった。
「さてと、じゃあ、掃討していくか」
澪が権六に斬りかかるのを横目に、誠は残った佐吉に指弾を撃ち、両膝の関節を粉砕した。
「これで男衆は片付いたから、残りは登勢と珠だな」
誠は登勢に向けて指弾を放ち、同じように両膝の関節を打ち砕いた。
登勢が崩れ落ちると、権六を斬り伏せた澪が珠のところに走り出すのが見えた。権六は既に絶命しているようだった。
「澪姉さんの腕なら、大丈夫だろう。葵と椿も護衛についているしな」
珠は瑞波の護衛に選ばれるほどの遣い手で、並の男衆であれば即座に倒せるだけの腕を持っていた。しかし、澪の剣はそれを上回っていた。
「珠、覚悟しなさい」
澪は血に濡れた刀を正眼に構え直す。珠も小太刀を構えたが、腕の差は明らかだった。
澪の一撃を、珠はかろうじて受け止めた。しかし力で押し切られ、後ずさりながら間合いを切るのがやっとだった。
二の太刀、三の太刀と澪の攻めが続くたび、珠の息は上がっていった。防戦一方のまま、ついに小太刀が弾き飛ばされた。
「……ここまで、ですか」
丸腰になっても、珠は逃げようとしなかった。
「悪く思わないで」
澪の刀が一閃し、珠はその場に崩れ落ちた。
姉が珠を切り倒したのを見届けた誠は、周囲を見回して立っているのは猿轡をされて縛られたままの瑞波だけであることを確認すると、ゆっくりと倒れている長助の元に歩いていった。
「さて、長助、お前はどういう死に方がしたい?」
「誠様、俺は悪くないんだ! 全部、姫と登勢が企てたことなんだよ! 頼むから命だけは助けてくれよ!」
「あのさ、最初にも言ったけど、君たちの計画は事前にうちの嫁が調べ上げて知っているわけ。首謀者がアンタであることも知っていたんだよ」
「じゃあ、なんで前もって止めてくれなかったんだよ!」
「うちの嫁達は事前に止めるように進言してくれたんだけどね。今回、君に騙されて造反するような奴は今後も簡単に裏切るだろうし、この際、誰が裏切るのか見極めようって話になったんだ。ただ、姉と妹まで攫ったのは予想外だったけど」
「じゃあ、わざと見逃して造反させたわけか?」
「正解。あと、瑞波の本心も知りたかったというのもある。お家再興で一番責任を感じているのが瑞波だっていうのは僕にも分かっていたからね。今回の造反劇で僕と君のどちら側につくのか見極めたかったんだ。だけど、それもさっき紬から答えを教えてもらったから満足できたよ」
「じゃあ、俺達はどうなるんだよ?」
「最初の約束通りに命をもらう。今回、澪姉さんを攫ったから楽に死ねると思わない方がいいよ。澪姉さんと恋仲の里の医師に生きたまま解剖されないことをせいぜい祈るんだね」
「てめぇ……」
「僕は今、ものすごく後悔しているんだよ。初めて君たちとここで出会った時に全員殺しておくべきだったってね」
「ま、待ってくれ! 頼む」
「じゃあ、眠くなってきたから終わりにさせてもらうよ」
誠は長助や生き残っている者の両腕両足の骨をサイコキネシスで順々に粉砕していった。彼らはもう二度と歩けないし、物を持つこともできないだろう。
次に誠は瑞波のもとに行き、猿轡と縄をサイコキネシスで切断した。
「瑞波、この造反劇は君にも責任があるが、紬に免じて今回だけは特別に許してやる。一族の長なら今後はしっかり家来を掌握しておけ! そして、今この場で生き残っているこいつらは君が責任を持って一人残らず殺せ。里にいる君の家来に命じてもいい。死体はここじゃないところに運んで燃やせ。土葬だと疫病の原因になりかねないからな。いいな!」
「……」
瑞波は泣いていた。
だが、誠は一族の長ならこのくらいの責任は負うべきだと考えていた。
「お兄ちゃん、瑞波ちゃんが可哀想だよ! 何とかしてあげて」
「今回、僕の大事な紬や澪姉さんが攫われたのも瑞波が一族を監督できてなかったからなんだよ。瑞波にはお家再興という使命があるから、他の娘さんのように軽くは扱えないんだ。賢い紬なら分かるよね」
「わかんない!」
「紬、里に帰ったら甚兵衛さんや弥平次さんに瑞波を助けるように伝えてあげましょう」
「わかったわよ。お姉ちゃん」
「けど、剣の達人の姉さんでも攫われることがあるんだね」
「おだまり!」
「ごめんて、姉さん」




