第十六話 海賊の姫
―――瀬戸内海某所、夕暮れ時
後方で、殿として残った若い男衆が小早船で海上を追ってくる敵を必死に足止めしていた。
村上水軍――瀬戸内の海を仕切ってきた海賊たちだ。ただ、一つにまとまった組織ではなく、強い本家もあれば、名も知れぬ弱小の分家もあった。
瑞波(15歳)は、そんな分家の一つで当主の一人娘として生まれた。
遠くに瑞波が育った島にある里が焼き討ちにあって燃えているのが見える。分家は、村上水軍内部の派閥争いに敗れ、滅ぼされようとしていた。
瑞波は、今、父がつけてくれた5名の側仕えと10名の古参の乗員とともに、小早船で敵の包囲網から逃げようとしている最中だった。
「姫、敵の包囲網を抜けるには関門海峡を通って日本海に出るしかありません」
最古参の甚兵衛(60歳)が瑞波に進言する。身内の者は敬愛を込めて瑞波のことを『姫』と呼んでいた。
瑞波につけられた5名の側仕えは、まとめ役の登勢(43歳)の他に、薬師兼医師を務める早苗(33歳)、護衛役として武芸に秀でた珠(21歳)、裁縫や炊事を担う千鳥(19歳)、そしてまだ幼さの残る卯月(15歳)という顔ぶれだった。
「甚兵衛、関門海峡には毛利水軍が布陣しているのでは?」
侍女頭の登勢が口を挟む。
「いや、今晩は嵐だ。この荒れ具合なら夜陰に乗じて通過できる。天候が悪いから毛利の哨戒船も港や入江に避難しているはずだ」
「わかりました、甚兵衛の言うとおり関門海峡を抜けましょう」
瑞波が方針を決定する。
「姫、関門海峡の潮流は6時間ごとに変わりますが、儂は土地勘がありますので任せてください」
瀬戸内海の海路に詳しい古参の漕ぎ手、弥助(45歳)が進言する。
「弥助、頼みましたよ」
「姫、儂らは伊達に何十年も海賊やってないんで、無事に関門を抜けてみせますよ、なあ、お前ら!」
「「「おうっ!」」」
弥助の問いかけに男衆が応えた。
夜、嵐が酷くなる中、瑞波達は関門海峡に突入した。
「潮流が止まる転流時に関門海峡に入って、そこから上手いこと順流に乗って抜けるぞ」
甚兵衛の指揮のもと、船は転流時を見計らって関門海峡へと入っていった。
途中まで順調に岸から距離を確保できていたが、壇ノ浦の辺りで悪天候の影響で舵が思うように効かなくなってしまった。
「思ったよりも海が荒れてる。航路が岸寄りになってしまったから、皆、敵の矢に気をつけてくれ! まあ、これだけの嵐だから滅多に命中はしないだろうがな」
案の定、かなり岸寄りに流されたため、毛利の見張りに発見されて、的にされてしまう。
弥助が声を張り上げる。
「てめぇら! 矢が飛んでくるぞ、姫を守れ!」
濡れ筵を矢面に立てて防ごうとしたが、小早船の中程から女の短い悲鳴が聞こえる。
「卯月、しっかりして!」
「大丈夫です、姫。腕を射抜かれただけですから」
卯月(15歳)は姫と同年代の側仕えである。姫とは幼馴染で一番の話相手だった。気は弱いが、姫への忠誠は誰より厚かった。今回も、濡れ筵の隙間を縫って飛来した矢から姫を庇い、代わりにその腕を射抜かれたのだ。
壇ノ浦を抜けると、敵陣から放たれる矢の射程から外れた。
「早苗、卯月の傷を診ておやり」
侍女頭の登勢が薬師兼医師である早苗(33歳)に指示を出す。
「登勢様、応急処置はしましたが、船上では碌な薬もありません。設備の整ったところで診てもらった方がいいかもしれません」
その後、瑞波一行はそのまま日本海へと進んだが、予想外に海が荒れ、外海に出たところで制御を失い漂流することとなった。強い風と対馬海流に押し流され続けたが、皮肉にも、それは人力で漕ぐよりずっと速く、一気にかなりの距離を稼ぐ結果となった。気づけば、毛利領のかなり奥まで来ていた。
天候が落ち着いた後は体勢を立て直し、陸地を視認しながら日本海の沿岸沿いを北上する。途中、補給や休息のため、人目につかない入江を見つけては立ち寄った。
敦賀半島に差し掛かった辺りで、卯月の容体が悪化した。
「姫、いったん敦賀に寄って、卯月の薬を手に入れたいのですが」
卯月の傷を診ていた早苗が進言する。
「いや、この辺りは何処の勢力の目があるか分からないから、寄港するのは止めておいた方がいい。一旦、人目につかない入江に入ってそこから上陸しよう」
甚兵衛が横から口を挟んだ。
「わかりました。甚兵衛の進言どおり、一度、近くの入江に入って体勢を整えましょう」
姫の決断で、一行は近くの入江を拠点とすることにした。一行が入江を奥に進むと、船が入れるくらいの洞窟状の水路があるのを発見した。
「あの水路なら船を隠せるな。だが、横に小屋が建っているぞ。漁師のものじゃないか?」
「小屋に人気はありませんし、持ち主が戻ってきても此方は人数で制圧できますから心配はないでしょう」
瑞波が甚兵衛の懸念に答え、一行は上陸することにした。
小屋は瑞波と側仕えが使うこととし、怪我人の卯月を寝かせ、洞窟内に船内の荷をいったん陸揚げした。
「卯月、痛みますか?」
「姫、私のことはご心配なさらないで、ご自分のことだけをお考えください」
口ではそう言っているが、卯月の顔色は相当悪く、痛みが酷いようであった。
男衆が外で今後の方針を相談している時、若い男女二人が小屋に向かってくるのが見えた。先方も既にこちらに気づいているようだ。
甚兵衛が鋭く声を上げた。
「皆、小屋の持ち主が戻ってきたぞ。制圧する準備をしておけ!」
瑞波一行の男衆は武器を手に取った。
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「誠、小屋のまわりに人がたくさんいるよ」
「僕にも見えてるよ、葵。今度は何だろうね?」
「向こうは、戦う気満々みたいだけど、誠はどうするの?」
「いつもどおり対話してみるよ。もし、里に敵対するようであれば殲滅かな。葵達家族に害を及ぼす存在はさすがに看過できないからね」
「わかった。私は誠の側で護衛する。背中は私に任せて」
誠達は隠れ浜の洞窟に水晶を採りに来たところで、瑞波一行と出くわしたのだった。ちなみに水晶は澪と恋仲になった宗一郎が贈り物をしたいらしく、相談を受けた誠が大きめの結晶を探しに洞窟に来たのだ。姉の喜ぶ顔が早く見たかった誠は、瑞波一行にその邪魔をされたせいで少々虫の居所が悪い。
「あのー! すみません。ここの洞窟と小屋はうちの里で管理しているのですが、貴方がたはどちら様で、どのような用件で此処に来ているのですか?」
「事情は言えん。だが、儂らを見た以上、お前らを無事には帰せん。暴れず大人しくしていろ。痛い目を見たくなければな」
「海賊の類か……。葵、この人達、話も通じないみたいだし、困ったな……」
「誠、殲滅するの?」
「うん、場合によっては」
自分達よりも遥かに幼く見える二人が、殲滅などと物騒な話をしているのを聞き、海賊の一人が声を荒げた。
「小僧、舐めた口を利くんじゃねえ!」
「別に舐めてないけど……オジサン達じゃ話にならないから代表の方と話がしたいんだけどお願いできますか?」
誠は自分と葵をサイコキネシスの力場で既にガードしている。
「構わん、捕らえろ」
海賊の男衆が武器を手にしてゆっくりと誠に向かってきた。
誠は近づいてくる男達に向かってサイコキネシスで弱めの指弾を放つ。急所を狙ったので、撃たれた男はその場に膝から崩れた。
海賊たちは、誠が触れもせずに指先を向けただけで仲間が崩れ落ちた光景に、一瞬理解が追いつかず怯んだ。だが、それでもなお、誠に向かってきた。
仕方なく、誠は残りの男衆も指弾を撃って順々に無力化していった。
本音を言えば、素性の知れない海賊を生かしておくのは危険だ。里の場所が漏れる恐れもあるし、たとえ支配下に置いても信用できる保証がない。合理的に考えれば皆殺しが最善手だが、対話の余地がある限りその手段を選べない――それが現代人としての誠の甘さだった。
「次に抵抗したら、全員死んでもらうから。いい加減、代表の方と話をさせてもらえないかな?」
ようやく小屋の中から瑞波が現れる。
「私が代表の瑞波です。これ以上の攻撃は止めてもらえないでしょうか?」
「僕は誠といいます。こちらは妻の葵。できれば穏便に話したかったんだけど、最初に手を出してきた貴方達に非があります。僕の異能を知られたからには、貴方達に選択肢は2つしかありません。服従か死です。どちらを選びますか?」
瑞波は誠の最後通牒に唖然としている。
「このまま見逃してはもらえないのでしょうか?」
「それは無理な相談です。貴方達が僕の異能のことを口外しない保証がありません。それにいきなり襲ってきた海賊の言う事を信用することができません。第一、まだ謝罪すらしていないじゃないですか」
取り付く島もない誠の回答に瑞波は固まっているようだったので、誠は少し強めの指弾を磯の大岩に放つ。
目の前で大岩が爆散する光景と轟音で正気に戻った瑞波は弱々しい口調で答えた。
「この度は大変失礼いたしました。貴方様に服従いたします」
頭を垂れながら、瑞波はふと不思議な感覚を覚えた。だが今はそれどころではないと、すぐに思考の隅へ追いやった。
こうして、瑞波一行は誠の傘下に加わることとなった。




