第十五話 天才少女
久世宗一郎が里の専属医師として赴任してから、消毒用アルコール確保のための日本酒作りは、最初こそ麹の出来や雑菌汚染に手を焼いたものの、今ではすっかり軌道に乗っている。
これを軌道に乗せた立役者が、若干13歳のイギリス人少女、アリスだった。父エドワードとともに敦賀停泊中のポルトガル商船から逃れ、誠に拾われて里に加わった彼女は、誠が方向性さえ示せば、誰よりも早く最短ルートで結果を出す、正真正銘の天才だったのだ。
「もしかすると、僕が得意ではない機械ものの分野でも、アリスなら解決してくれるかもしれないな。手始めに、変速機付きの三輪自転車を作ってもらおう。この時代の人には二輪は抵抗があるだろうしね」
誠の本当の狙いは蒸気機関の開発、いずれは蒸気船を造って海運業を始めることにある。乙姫の稼ぎも無尽蔵ではなく、新たな収入源が必要だったし、いきなり難題に挑むより、まずは実現できそうなところから、と考えたのだった。
「椿にアリス、作って欲しいものがあるんだけど、いいかな?」
「誠、今度は何を作るんだよ」
「えーと、三輪自転車っていう乗り物なんだけど……言葉で説明しても分からないと思って、木で模型を作ってきた」
誠はミニチュア模型を椿とアリスに見せた。
「誠、これってどうやって使うものなの?」
今度は関節可動式のミニチュア人形を三輪自転車に載せて、走らせるデモンストレーションを見せる。
「うん、人が乗って走らせるのね。馬みたいなもので合ってる?」
「さすが、アリスは賢いなぁ、そのとおりだよ」
「なるほど、木で出来た馬ってことか」
椿もイメージが掴めたようである。
「ただし、実際に人が乗れるものを作るにあたって、いくつか解決しないといけない問題があってね、そこをアリスと椿に頼みたいんだ」
「誠、任せろって。納得のいくものを作ってやるからよ!」
「わかったわ、誠。今度の仕事も面白そうだね」
「じゃあ、簡単な問題から説明するね。まずは車輪なんだけど、地面との接地面がツルツルだと滑って危ないので、工夫して滑らないように作ってほしい。例えば凹凸状に削ったり、鉄のピンを埋め込んだりして、ちゃんと車輪が地面を掴むようにしてほしいんだ」
「よし、わかった! 他には?」
「車輪が滑らかに回転できるような仕組みを作ってほしい。この仕組みについては絵を描いてきた」
誠は、ベアリングの仕組みについての説明図を二人に見せる。
「この絵のように内輪と外輪の間を玉で挟むと車輪が滑らかに回転するので、工夫して作ってほしいんだ。これは椿の腕次第かな」
「また、面倒な細工だな。まあ、任せろ。なんとかしてやるよ。他には?」
「次は停止する仕組みも作ってほしい。走り出したはいいが、止まれないと危ないからね。幾つか方法があるので、絵に描いてきたから参考にしてほしい」
「次の注文は何だ?」
「このままだと、地面の凸凹が乗ってる人に直接伝わってしまって、乗り心地がとても悪いんだよね。だから地面から伝わる衝撃を弱める仕組みを付けてほしい。これも幾つか方法があるけど、第一候補としては、椿に前に作ってもらったバネを利用すれば解決できると思うよ」
「そうか、なら簡単だな!」
「いや、バネの強さとか、色々試さないと良いものが出来ないのでその辺りをアリスと相談して作ってほしいんだ。少し前にアリスに教えた物理学はとても良いヒントになると思うよ」
という具合に物理が得意ではない誠はアリスに丸投げする。
「誠、わかったわ。椿と頑張ってみる」
「それから……」
「まだあるのかよ!」
「次が今回一番作って欲しいものなんだけど、変速機を作ってほしい。大まかな仕組みを絵に描いてきた。仕組みはアリスなら分かると思うんだけど、これは細工がかなり難しいので、そこは椿の腕の見せ所だと思う」
「わかったわ、誠、仕組みの方は任せて」
またもや、誠は難問をアリスに丸投げしたが、アリスは快く引き受けてくれた。
すると、椿も自分の出番とばかりに答える。
「鍛冶は私の本職だからな。作れないものはないから大船に乗ったつもりで待っていてくれ!」
三輪タイプの自転車を選んだ理由は、乗りやすさだけではない。次に開発予定の蒸気エンジンを、二輪よりも搭載しやすいという狙いもあった。
誠が依頼してから1ヶ月後、アリスと椿は三輪自転車を完成させた。
里の皆の反応は上々で、試作機1号は物珍しさから奪い合いになった。その後、希望者には三輪自転車を作り与え、森を切り開いて専用コースも作った。今では三輪自転車レースが里の娯楽の一つとなっている。
現在、誠はアリスと一緒にくノ一達の三輪自転車レースを観戦している。
くノ一4人組が目の色を変えて競っている様子を見て、誠は独りごちる。
「魔法少女ごっこよりは健全だよな……」
くノ一達は自分専用の三輪自転車を速く走らせるために、独自のチューンナップを施していた。特に椿の凝りようは凄まじく、彼女の三輪自転車はもはや原型を留めていなかった。
「椿の車両は、他の人達とは随分形が違うね」
誠はそれとなくアリスに聞いてみた。
「うん、空気抵抗を減らすために前傾姿勢で運転できるようにフレームから設計し直したの。変速機も1号機は3段変速だったけど、椿のは12段変速の特別製なんだ」
「じゃあ、椿が断然有利なんじゃないの?」
「それが、改造のし過ぎや見た目に拘って重量が重くなっちゃったの」
「競技車両はバランスが大事だからな……」
「うん、それで軽量化するために、椿がフレームや車体に穴を開けすぎちゃって、たぶん、強度が足りてない……」
「まじか……」
「それからね、椿達は誠との添い寝権を賭けてレースしているんだって」
「……」
誠はアリスからの情報を聞かなかったことにして話を逸らす。
「でも、あの人達、もし未来に生まれていたら走り屋になって峠を攻めるタイプだから、乗り物は与えない方がいいかもな……」
その時、トップを走っていた椿の三輪自転車のフレームが破断し、車体が前後に真っ二つになって椿が空中に投げ出されるのが見えた。
椿の車両は後続車を巻き込み、レースは中断となった。
誠は、レース中の事故に巻き込まれたくノ一達の心配をしつつも、開発はここで終わりではないと気を取り直す。
翌日、再びアリスと椿を呼び出して開発を依頼する。
「この前は三輪自転車を作ってくれてありがとう。それで、ここからが本番なんだけど、二人には三輪自転車を人力ではない方法で動かす仕組みを作ってほしいんだ」
「人の力以外で動かすって、そんなこと出来るのかよ!」
「たぶん、できると思う……」
誠は予め用意していた鍋に水を入れて蓋をし、異能で水を沸騰させる。そして発生した蒸気の力で蓋がカタカタ動く様子を二人に見せながら続ける。
「二人も知っているとおり、水を沸騰させると、水蒸気になるんだけど、その時、水蒸気の体積は水の1700倍になるんだ。アリスには、この前教えたばかりだから、覚えていると思うけど」
「うん、誠、覚えてるわ」
「今回はこの蒸気の力で三輪自転車を動かす仕組みを作ってほしいんだ。これもザックリだけど、仕組みを絵に描いてきたので参考にしてほしい」
再び、誠は天才のアリスに丸投げする。
「この仕事は、今までと比べても飛び抜けて難しそうだな、おい。私は仕組みとか難しいことは分からないから、設計はアリスに頼むよ。ただ、鍛冶は得意だから装置を作る方は任せてもらって大丈夫だ」
椿は、仕組みの設計をアリスに託すことにしたようだ。
「蒸気で動かす仕組みは、何ていうの?」
「蒸気機関かな」
「わかった。蒸気機関の開発、頑張ってみるわ」
「ありがとう。たぶん、開発に1年以上はかかると思うから、焦らず気長に取り組んでみて」
この蒸気機関の開発は、しばらくアリスと椿の研究テーマとなった。
誠は、蒸気機関の最終的な目的が三輪自転車ではなく船のエンジンにあることも、二人に伝えた。
船の建造を誠が計画していることを知って、アリスは目を輝かせていた。
「誠、また船で航海ができるのね!」
「建造が成功すれば、商船として活用する予定なので、その時はアリスとエドワードにも乗船してほしいんだ」
「きっと、お父さんも喜ぶと思うわ!」




