第十四話 マッドサイエンティスト
久世宗一郎(24歳)は、没落した医家の出で、旅の薬師兼医師である。世間的には面倒見の良い好青年で通っているが、一つだけ難点がある。それは死体の解剖をライフワークにしている点だ。旅の最中に行き倒れや戦により生じた遺体があると嬉々として解剖し、記録をとるのだ。そのせいで周りから気味悪がられて未だに独身であった。
「あ〜、俺もそろそろ所帯を持ちたいよな〜」
人気のない山中で行き倒れの遺体を探しながら心の声が漏れる。
「この辺りは、野武士がたまに出るって聞いたから人の亡骸が一つ二つ転がっていてもおかしくないのだが……」
山道沿いでは一向に亡骸が見つからずボヤく。
「まあ、人目につく道沿いでは命の奪い合いはしないか……となると、森の中まで探さないと見つからないかな……」
と、久世は独り言を呟きながら森の奥へ入って行った。
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芹は文机に向かい、漫画のセリフ回しやストーリーを唸りながら考えていた。隣では菫が芹の考えた内容を元に、筆を走らせて絵に起こしている。ふと、その菫の手がぴたりと止まった。
「芹ちゃん、侵入者。誰か森の中に入ってきた。真っ直ぐこっちに向かってる」
「え、そうなの? 誠さんに知らせないと」
「私が先に行って、処理してくるから、誠に知らせといて〜」
「え、お姉ちゃん、ちょ、ちょっと待ってよ〜!」
菫を止めるのに失敗した芹は、誠の作業場へと駆け込んだ。誠は木工で可動式のミニチュア人形を黙々と作っている最中だった。
「誠さん、大変! お姉ちゃんが森に入ってきた人に気づいて、始末しに行っちゃった!」
「まじか……すぐ追いかけよう。芹は菫が向かった方角はわかる?」
「うん、だいたい分かるけど……」
「異能で追いかければ間に合うと思うから、僕と一緒に来て方向を指示してもらえると助かる」
「わかりました。お願いします」
誠は作りかけのミニチュア人形を机に置くと、芹の体を引き寄せ、密着させるようにして抱えた。彼のサイコキネシスは対象と身体を密着させるほど制御が安定する性質があり、複数人でのホバリングとなればなおさらだった。
「ちょっと窮屈だけど、我慢して」
「は、はい……」
誠の体温を間近に感じ、芹は場違いだと分かっていながらも、内心浮き立つ気持ちを抑えられずにいた。
そうして二人はサイコキネシスでホバリングしながら菫を追いかけて森に入った。
菫を見つけたときには、すでに侵入者の男を無力化した後だった。
「あ、誠〜、森に侵入してきた此奴なんだけど、さっさと殺ってしまっていいかな〜?」
誠と芹が身を寄せ合うようにして飛んできたのを見て、菫がじとっとした目を向ける。
「……ちょっと、芹ちゃんだけ誠とくっついてズルくない?」
「お、お姉ちゃん、これは異能の制御上仕方なくて……!」
「あの、菫さん、とりあえず殺すのは無しにして、まず話を聞いてみたいのですが……」
「じゃあ、オジサン、この森で何してたの? 答えてもらえるかな〜?」
「馬鹿野郎、俺はオジサンじゃねぇ! まだ二十四だ!」
「オジサン、自分の立場わかってる〜? 聞いたことには素直に答えてくれないと。死にたいわけ〜?」
「わ、わかった、答える。俺は旅の薬師兼医師で、この森へは研究用の死体を探しに入っただけだ。この辺りは野武士が出ると聞いて、死体が転がっているかもしれないと思ったんだよ」
「......だってさ、死体探しって此奴ヤバイんじゃないの? 誠〜、どうする?」
久世が死体探しをしていると聞いて誠も眉をひそめるが、質問を続ける。
「オジサン、ちなみにお名前は?」
「久世宗一郎24歳、オジサンじゃねぇ!」
「あの、久世さんは何故死体を探しているんですか? 久世さんの医術と関係あるんでしょうか?」
「馬鹿野郎、人間の体の仕組みを調べるために決まっているだろうが。人体の構造も知らずに医術なんてできるわけないだろう!」
このセリフを聞いて、誠は久世の探求心が科学に基づくものだと悟った。同時に、彼を里専属の医師として招きたいという思いが芽生え始めていた。
「それは素晴らしいです。実は僕らの里では信頼できるお医者さんがいなくて困っていまして……専属の医師になっていただけると嬉しいのですが、旅の方となると難しいでしょうか? うちの里に来ても死体は用意できませんし」
「いや、死体はこれまで散々解剖してきたから、手に入らなくても構わない。今探している理由はあくまでも趣味みたいなもので旅のついでだ」
「死体探しが趣味って……」
久世の趣味に芹がドン引きしている。
「では、僕のいる里専属の医師になっていただくことは、考えていただけますか?」
「まあ、俺も若くないし、そろそろ何処かに落ち着きたいと思っていたところなんだ。面白そうな所だったら居着いてやってもいいかな」
(ん……もしかして里に居着いてくれるかもしれない?)
「居着いてやってもって……。誠〜、この生意気なオジサン、殺ってもいいかな〜?」
「菫さん、お願いだから落ち着いて!」
「仕方ないな〜もぉ〜」
殺気立っている菫を落ち着かせてから誠は続ける。
「久世さんが、里に来て専属の医師になってくれたら、専用の研究所を用意できますけど」
こんな山奥の里に専属で来てくれる医師なんて、この機会を逃したら二度とないので、誠からもできるだけの誠意を示した。
「研究って、何の研究をやっているんだよ?」
「まあ、今は薬を探す研究ですね。他にも色々やってますが……たとえば……」
誠は懐からレーウェンフック式顕微鏡を取り出して説明を続けた。
「僕の指から血を少し採取して、この顕微鏡にセットして観察すると、血液の成分が観察できるんですけど、知ってました? 実際に見てみます?」
誠は久世にレーウェンフック式顕微鏡の覗き方を教えて、血液中の赤血球を観察してもらう。
「な、なんじゃこりゃー! 人間の血ってこういう風になっていたのか!?」
誠の顕微鏡をつかったデモンストレーションに久世も食いついたようだ。
「はい、そうなんです。こういう自作の研究用の機材を作れる職人もうちにはいますので、久世さんの研究もきっと捗ると思いますが、どうされます?」
「すげぇ技術だな……」
(たしかに研究機材を何でも作ってくれる椿の存在は大きいよな……うちはスタッフに恵まれているな……)
久世にどうしても里に来てほしい誠はさらにダメ押しで続ける。
「このくらいレベルで薬の開発をやってますので、その過程で久世さんが興味のある人体の神秘も追求できるかもしれませんよ」
「わかった。お前のやっていることは時代の一歩先、いや、ずっと先を行っている。是非とも研究に参加させてくれ。他ではこんな研究は絶対できないからな」
誠の説得でようやく久世も里に来る決心をしてくれたようだ。
「わかりました。僕は誠といいます。久世さんよろしくお願いします」
「俺のことは宗一郎と呼んでくれ。誠、よろしく頼む」
久世は誠と握手し、隠れ里専属の医師になることになった。
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誠の里では、さっそく久世のために「住居」兼「診療所」兼「研究所」を建てた。
久世は里で暮らすうちに、面倒見の良い兄貴分的な性格で皆に好かれるようになっていった。とくに紬はすっかり久世に懐き、姉の澪もまた、生活力のない久世を放っておけないのか、自ら進んで身の回りの世話を焼くようになっていた。年の近いエドワードとも馬が合うようで、二人はしばしば日本と西洋の医術について情報交換をしているようだった。
医師である久世が隠れ里に着任したのを機に、誠と久世はこれまで放置していた消毒手段の確立に取り組むことになった。
「宗一郎さん、葵の研究を手伝ってもらって微生物のことは大体分かってもらえたと思うんですが、どうです?」
「誠、椿の作った顕微鏡で微生物を見せてもらったから、世の中には目に見えない小さな生き物がいることが分かったけど、そこから先の話があるのか?」
「その微生物が病気の原因になることが多いので、微生物を殺す……消毒する手段を持っておいた方がいいと思うんですよ。とくに医術を担当している宗一郎さんは」
「おう、そうか。で、具体的には何をすれば良いんだ?」
「すぐにできることは限られますけど、まずは宗一郎さんが医術に使う道具はマメに煮沸消毒して清潔な場所に保管してください。煮沸すれば大抵の微生物は死にますので。道具入れは椿に煮沸消毒できる金属製の箱を作らせますので、それを利用してください」
「わかった。他にもあるのか?」
「はい、他には傷口を治療する時に微生物がついたままだと悪化しますので、傷口を洗うための生理食塩水……じゃなくて、海水を四倍に薄めたものを煮沸消毒して用意しておいて、それで傷口を洗うようにしてください」
「そうか、他には?」
「石鹸は優先的に宗一郎さんに渡しますので、あなたが怪我人や病人を触る時は、前もってご自分の手を石鹸できれいに洗ってください。もちろん普段からマメに風呂に入って清潔にすることは絶対です」
「なんか面倒くせぇな。まあ、これも医術のためだ、わかったよ」
「それから......」
「まだ、あるのかよ!」
「ええ、これが最後で一番面倒くさいのですが、微生物を直接殺す薬剤を作りたいと思います」
「そんなものが作れるのかよ?」
「はい、簡単にいうと強い酒精なんですけど、ここで日本酒を製造して、その日本酒を蒸留して、微生物を殺す消毒液を作りたいんですよ。その消毒液作りを宗一郎さんにお願いしたいんですけど、いかがですか?」
「別にいいけど、酒の作り方なんて俺は知らないぞ」
「それは僕が知っているので安心してください。ただ、良いものを作るには研究が必要なので、それを宗一郎さんにお願いしたいんですよね」
「ようは酒造りの研究なんだな? 余った日本酒はもらってもいいのか?」
「もちろんですよ。それは里の皆に還元しましょう」
「よし、わかった! 俺に任せてくれ。でも助手が欲しいからエドワードに手伝ってもらってもいいか?」
「もちろんです。エドワードさんも日本酒には興味があると思うので、僕の方から話しておきます」
その後、隠れ里では、誠と椿が酒蔵を建造し、久世が中心となって日本酒作りが始まった。目的はあくまでも消毒用アルコールの生産なのだが、日本酒を自家生産するとあって、里の男性陣は大いに盛り上がった。




