第十一話 金髪と銃
=== 深夜、敦賀湾に停泊中のポルトガル商船にて ===
イギリス人親子のエドワード(30歳)と、父譲りの金髪碧眼を持つアリス(12歳)はヴェネツィア人のカトリック商人に偽装していたのがバレて、商船から小舟を奪い逃走を試みている最中である。
「アリス、すまん、ジュネーヴ聖書を船内に落としたせいでイギリス人だと知られてしまった。もう、船には戻れない」
エドワードは敬虔なプロテスタントであり、危険だと分かっていてもジュネーヴ聖書を手放せずにいた。
当時、ポルトガルは教皇の権威に基づき、日本を含むアジア貿易の独占権を主張した。この独占市場に、プロテスタント国家のイギリス人が紛れ込んでいたことが分かれば、異端審問を待つまでもなく、船上で私刑同然に斬り捨てられるか、海に投げ込まれるか、いずれかの可能性が高い。
「お父さん、後悔しても仕方ないわ。今は逃げることだけを考えましょう」
アリスは7歳の時に父とともに身分を偽装してポルトガル商船に乗り込み、喜望峰経由で世界を旅してきた。しかし、父のうっかりが命取りになりかけ、旅を続けることが出来なくなってしまった。
父と違ってアリスは宗教を信じていない。頭が良すぎて、宗教が政治の道具でしかないことを既にこの歳で見抜いていたからだ。実際、アリスの頭脳は天才的で、寄港した国では、日常会話レベルなら数日でマスターすることが出来たし、算術も父よりも得意だった。そんなアリスにとって、世界を半周してきたこの旅は刺激に満ち溢れ、人一倍強い好奇心を満足させてくれた。だが、その旅も日本の敦賀で終わろうとしていた。
「アリスが、必要最低限の荷物をまとめておいてくれたから、陸に上がれさえすれば数日はもちそうだな」
二人は暗闇の中、月明かりを頼りに陸地を目指した。
=== 翌日、隠れ里にて ===
「誠、培養に使う寒天のストックが切れかかっている。浜に作りに行こう」
「あ〜、まじか。わかったよ、葵。午後からでもいいかい?」
「うん、約束」
・・・
午後、二人で浜へ向かうと、葵が小声で警告する。
「誠、止まって。小屋の中から人の気配がする」
「人数は?」
「たぶん、二人。まだ、こっちには気づいてない」
「う〜ん、桔梗屋さん関係者じゃなければいいんだけど」
「桔梗屋って?」
「前に敦賀に住んでいた時に我が家の商売を邪魔されて、街から追い出されたんだ。あの時は、ヤクザや野武士をけしかけてきて大変な目に遭ったな」
「そうだったんだ」
「でも、そのお陰で葵にも会えたんだし、結果的に良かったと思うよ」
葵がかすかに嬉しそうな表情をする。
「それで、どうするの?」
「相手は二人だし、異能で防御すれば安全だから、まずは話しかけてみるよ」
誠は小屋のドアをノックして中にいる人に語りかける。
「こんにちは、ここは僕たちの小屋なんですが、あなた達はどちら様ですか?」
中から一瞬物音がしたが返事はない。誠は覚悟を決めてドアを開けると、そこには、ギョッとした表情でこちらを見つめている金髪の父娘がいた。
たぶん日本語が通じていないのだろう。とはいっても誠が話せるのは片言英語のみだ。読み書きは得意だが、スピーキングとヒアリングは苦手だった。とりあえず、片言の英語で話しかけてみる。
「私の名前は誠です。こちらは妻の葵。貴方達のお名前は?」
父親の方は軽いパニックになっているのか、早口の外国語をまくし立てながら、誠に銃口を向けている。当然、誠には何を言っているのか分からない。
一方、娘の方は落ち着いて聞き取りやすい英語で話しかけてきてくれた。
「私はアリス、12歳。父はエドワード、30歳。イギリス人よ。ポルトガルの商船でトラブルに遭って逃げてきたの。ここはあなた達の家なの? 勝手に使ってごめんなさい」
「気にしないでください。ここは生活するには不便です。私達の里に一緒に来ませんか?」
誠がアリスに手を差し伸べようとした時、エドワードが何かを叫びながら誠に向かって発砲した。
誠はサイコキネシスで銃弾を止め、念のためエドワードの身体を力場で固める。
アリスは誠の異能に興味を持ったようで目を丸くしている。
「これは誠の力なの? 詳しく知りたいわ」
「うん、とりあえずお父さんを落ち着かせてほしいかな」
アリスから事情を聞くと、エドワードは誠がアリスに何かをすると思って発砲したそうだ。アリスから誠の申し出を伝えてもらい、誠、葵、アリス、エドワードの4人は隠れ里に戻ることにした。
母屋である山小屋で、アリスとエドワードを家族に紹介すると、金髪碧眼の外国人を見るのは全員初めてのようで目を丸くしている。いつもなら憎まれ口を叩く妹の紬も余程驚いたのか沈黙していた。
「エドワードとアリスは事情があって母国にもどる手段がありません。方法が見つかるまで里で預かろうと思ってますが、どうでしょうか?」
事実上の里長である母、志乃が家族を代表して答える。
「そういうことなら、仕方ないわね。誠と葵で面倒を見てくれるのかい?」
誠は葵と目を合わせてから頷いた。
「うん、そうするつもり」
不安そうにしているエドワードとアリスに、ここで暮らせることになったと伝えると、二人とも表情を明るくした。エドワードは安堵した様子で志乃に握手を求めた。
イギリス人の二人が日本で暮らすに当たり言葉の問題をクリアしなくてはいけないので、誠は日本語を教えることにした。
アリスは覚えが早く2週間で日常会話をマスターし、1ヶ月間で誠と専門的な話ができるようになっていた。その後はアリスがエドワードに日本語を教えるようになったため、誠は空いた時間をアリスに専門知識を教えることに充てるようになった。
「アリスって、勉強熱心なんだね」
「誠は私の知らないことをたくさん知っているのね。全部教えてほしい」
アリスのあまりの物覚えの良さと頭の回転の速さに誠は驚愕する。
(いや〜、天才ってホントにいるんだな……アリスってIQ140以上あるんじゃないの?)
誠は前世の記憶を思い出しながら高校生の教科書に載っているレベルの一般教養を教える一方で、アリスは葵が行っている抗生物質の開発研究にも興味を持ち、葵の研究助手もこなしていった。ここでもアリスは天才的な才能を発揮し、誠達が試行回数で勝負していたのに対して、最短で成果を出していった。
「もはや僕は必要ないのでは?」
というのが誠の正直な感想である。それだけアリスは優秀だった。
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誠は一方で、エドワードが持参してきた銃については椿に頼んで改良品を作りたいと考えていた。エドワードから銃を借りた誠は早速椿の鍛冶工房に行く。
「椿〜、相談があるんだけど」
「お、また面白い話でも持ってきたか?」
「実はこれなんだけど」
おもむろに銃を見せると椿も驚く。
「これは何に使う道具なんだ?」
「種子島(火縄銃)の小さいやつなんだけど、ホイールロック式拳銃といって火縄の必要がないんだ」
「火縄がいらないのか! 小さいから忍具にも出来そうだな」
「椿の腕前なら同じ物を作れそう?」
「模造するだけなら簡単だけど、誠のことだから注文があるんだろ?」
「さすが椿、話が早い。このタイプの銃だと銃弾の飛距離とスピードがイマイチなんだ。それを改善するために銃身に螺旋状の溝を作ってほしいんだよね」
誠は持参してきたメモ紙にライフリングのイラストを描いて説明する。
「エドワードもライフリングの実物を見たことがあるそうだから、話を聞いたら参考になるかもしれないよ。ただ、エドワードの国でもまだ実用化に至ってないから、そこは椿の腕前でなんとかしてほしい」
「わかった、なんとかしてみるよ」
「それと、もしそれが実現できたら次は銃身の長いものを作って、長距離狙撃できるようにしたいんだ」
「注文が多いな、おい!」
憎まれ口を叩きながらも、得意の鍛冶仕事で誠に頼られるのが嬉しいのか、椿の目が輝いていた。
椿の銃が完成する頃には誠は16歳になっていた。
その後、誠の入れ知恵で、銃に取り付けるサイレンサーの開発を椿とエドワードが始めた。当初、銃に隠密性が加わるということで椿もやる気を出していたが、これについては失敗に終わった。発砲時の炎は抑えられたものの、音はほとんど変わらず、むしろ黒色火薬のカスが原因で数発撃つと銃身が詰まってしまう。この問題がどうしても克服できなかったのだ。
「これ以上は今の火薬では無理だ」
というのが椿の結論だった。
キャラクターと年齢(このエピソード終了時点)
惣兵衛(父) 38歳
志乃(母) 35歳
澪 18歳
誠 16歳
紬 14歳
葵(嫁1号:くノ一、忍びの里長の娘) 15歳
椿(嫁2号:くノ一、鍛冶師) 18歳
エドワード(商人、銃の名手) 31歳
アリス(天才) 13歳




