第十二話 双子の絵師
=== 敦賀の娼館『紅椿屋』にて ===
双子の絵師、菫と芹は、娼館の女将、雪乃にエロ絵巻、いわゆるエロ本を納品に来ていた。
「今回もいい出来だね」
雪乃は納品されたエロ絵巻を検品しながら呟く。菫と芹の絵巻は一般の男性向けから衆道ものまで幅広く取り揃えられている。
「でしょ〜、雪乃さん」
「お姉ちゃん、言葉遣い! 雪乃さんに失礼でしょ!」
菫は幼少の頃から人並み外れた観察眼で絵を描いてきた、言わば天才肌の絵師だ。その分、言動も常軌を逸することが少なくない。対する芹は常識人であり、絵の腕も悪くないが、根っからの器用貧乏でなんでも卒なくこなしてしまう。だから接客から得意先とのやり取りまで、もっぱら芹が引き受けていた。
「まあ、そう畏まらなくてもいいよ。仕事さえちゃんとしてくれればね」
雪乃も双子との付き合いはかれこれ3年になるので、菫の失礼な物言いにも全く動じていない。
「そんなことより、忍務はまだ受けられないのかい?」
「うん、里が無くなっちゃったからね〜」
菫が雪乃に答える。菫と芹は、葵と同郷の忍びで、過去の襲撃によって里を滅ぼされていた。二人は忍務で他所の街に出ている最中に里が襲撃され、九死に一生を得ている。
「個人で忍務を受けるわけにはいかないから、新しい主が見つかるまでは保留かな」
芹が菫の回答を補足する。里を失った忍びが個人で仕事を受けたところで、商売敵に潰されるのがオチだ。
「そうかい、もし頼めるようになったら知らせておくれ。アンタらの諜報や隠密の仕事ぶりは一級品だからね。他には頼む気になれないんだよ」
雪乃が評するように、双子の諜報・隠密スキルは非常に高く、とくに菫の索敵能力は常人の域を遥かに超えている。森の中でも半径3km圏内であれば標的のいる場所をかなり正確に察知することができるほどだ。
「そこまで買っていただけるのは光栄ですけど……今はまだ、絵のお仕事で手一杯なので。新しい絵が描けたら、また持ってきますね」
芹は雪乃から絵の代金を受け取り、娼館『紅椿屋』を後にした。
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「敦賀か、住みやすそうな街だね、芹」
「しばらく、ここを拠点にしてみる? お姉ちゃん」
「そうだね、どうせ行く所ないからね〜」
「せっかくだし、街の中でも見物してみよっか」
芹の提案で双子は敦賀の市を見て廻ることにした。画材を物色しているときに、菫が不意に懐かしい気配を感じ取る。その方角にいる人物を見て確信した菫は芹に小声で話しかける。
「芹、あれって御嬢じゃない?」
「え、ホントだ、変装しているけど御嬢だよね。里の襲撃から生き残ってたんだ」
「ところで横にいる男は誰なのかな〜、随分仲良さそうに見えるんだけど」
「まるで夫婦だよね」
「あの堅物の御嬢がね〜」
「お姉ちゃん、尾行してみる?」
「御嬢、私達には絶対気づけないし、住処まで突き止めちゃおっか〜」
思いがけず、持ち前の諜報・隠密スキルを発揮する機会が巡ってきたことに、双子は目を輝かせた。
人気のない山道に入ったころ、芹は誠が異能を使っていることに気づく。
「お姉ちゃん、あの男、怪しげな技を使っているよ」
「地面から浮いているよね」
誠のホバリングは徐々に速度を増し、木々の隙間を縫うように不規則な軌道を描き始める。芹たちも気配を殺しながら追跡するが、やがて視界の先で人影がふっと掻き消えた。
「……見失った」
芹が小さく舌打ちする。木立の奥に目を凝らしても、誠の姿はどこにもない。
「大丈夫、ちょっと待ってて」
菫は足を止め、目を閉じる。梢のざわめき、鳥の羽ばたき、風に混じる微かな異物感――その中から、不自然に乱れた気配の筋を一つ拾い上げる。
「……見つけた。北西、三百メートルくらい先」
目を開けた菫が、迷いなく方角を指差す。
「さすがお姉ちゃん」
「褒めてる暇あったら走るよ〜」
二人は再び影のように山道を駆け出した。
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誠と葵が隠れ里に間もなく到着しそうな頃、葵が小声で報告してきた。
「誠、ごめん、つけられたみたい」
「葵でも気付けないって、よっぽどの手練れなんじゃない?」
二人は事態の深刻さを自覚して警戒を強めるが、誠の索敵能力では追跡者が何処に潜んでいるのか全く掴めない。
「人数はたぶん二人」
葵がさらに教えてくれる。
誠は、里まで追跡者を導いてしまうのは悪手と判断し、この場で決着をつける覚悟を決めた。念のため、葵と自分の防御をサイコキネシスで固めて、追跡者に語りかける。
「僕たちを尾行してた人達! すまないが出てきてくれないかな? 話がしたい!」
おもむろに、よく似た二人の娘が姿を現して、葵に語りかける。
「御嬢、久しぶり〜」
「御嬢、生き残ってたんだね」
菫と芹が口々に語りかける。
「菫と芹、あなた達、無事だったんだ」
葵が声を弾ませる。
「うん、二人とも忍務で里の外に出ていたお陰で助かったんだ〜」
「里で生き残ったのは御嬢だけだったの?」
菫が答え、芹が質問してきた。
「そう、里の仲間が私を逃がしてくれた。私以外はたぶん全滅だと思う」
「そうだったんだ……」
里の全滅を、噂ではなく葵本人の口から聞かされて、芹の表情が静かに曇った。
「でも良い知らせもある。実は椿も里の外に出ていて助かった。今は一緒に暮らしている」
葵が微笑みながら付け加えた。
葵と芹は互いの無事を喜び合う一方で、菫だけは誠のことが気になるようだ。
「ところでそこの男の人は、御嬢の何なのかな〜?」
「菫、この人は私の旦那様」
「どうも誠といいます。商人の跡取りです。訳あって山中で暮らしています」
「それから、椿も誠の嫁だから。私が一番で、椿が二番目。ここ大事だから間違えないで」
葵が補足する。
「え〜、狂犬の椿ちゃんが嫁入りしたの〜! 信じられない! 私も旦那様が欲しい〜」
「ちょっと、お姉ちゃん、恥ずかしいからやめて!」
「てめぇ! コラ、菫! 私のことを馬鹿にしてんのか?」
いつの間にやら、椿も側に来ていた。
「誠、里の外でなにやら揉めているようだから来ちまったよ」
椿の参戦により益々会話が混沌としてきたので、誠は菫達の本来の目的を聞くことにした。
「あの〜、ところで菫さん、僕たちにどのような用件があって尾行していたのですか?」
「う〜ん、半分は、御嬢がどんな男と一緒にいるのか知りたかったっていう、所謂興味本位で、もう半分は良さそうな人だったら私たちも雇ってもらおうかと思って」
菫が悪びれずに答える。
「私たち、これでも優秀な諜報員なんですけど、里もなくなっちゃったし、個人で諜報忍務を請け負うわけにもいかないんです。後ろ盾がないと直ぐ潰されちゃうんですよ」
芹が話を引き継いだ。
「うちで諜報を請け負うかどうかは別として、葵の里の仲間だったのなら、僕らの里で一緒に暮らしませんか? ちなみに忍務以外ではなにか得意なことはありませんか?」
「忍務以外だと、絵師としても固定客がいくらかいるよ〜」
「絵師としてもそこそこ名の知れた売れっ子なんですよ」
「それで、お二人はどんな絵を描いてらっしゃるのですか? 風景画とか?」
「風景も描けるけど、商売として成立しているのはエロ系かな〜」
「エロ系なんだ……絵で商売したいのなら僕の方でも色々手伝えると思います」
「誠さん、それなら是非姉共々お世話になってもいいですか?」
「もちろんいいですよ。これからよろしくお願いします」
「あと、もう一つ私からお願いがあるんだけど〜」
「菫さん、お願いって何ですか?」
「私も誠さんのお嫁さんにしてほしいの。もちろん、三番目でいいよ〜」
「あ、お姉ちゃん、ズルイ、誠さん、私もお願いします」
「あの、なんで僕の嫁になりたいと思ったんですか? お二人ともお綺麗ですし、好き好んで僕の嫁にならなくてもいいのでは?」
「うん、狂犬の椿ちゃんが懐くくらいだから余程いい男なんだろうなぁと思ったのと、あとは女の勘かな? 私の勘って当たるんだよね」
「あの、私も直感です」
「え、そんな理由でいいんですか?」
「そうだぞ、お前ら、少しは考えたらどうだ!」
「そのセリフ、椿ちゃんだけには言われたくないよね〜」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
「え〜と、葵さん、お二人はこう仰ってますが、どうでしょうか?」
「菫と芹なら、きっと誠の力になってくれる。嫁にもらっておいて損はないと思う。いや、むしろもらうべき」
「そうですか……妻の許可が出ましたのでOKです」
「やった〜、誠〜、これからよろしくね。私のことは菫と呼んでね〜」
「誠さん、私も芹と呼び捨てでお願いします。言い忘れてましたが、私たちは双子で16歳です」




