第十話 里のインフラ整備
椿が誠達に合流してからは隠れ里のインフラが急ピッチで整っていった。
椿の対人スキルは不器用な上に大雑把でお世辞にも褒められたものではなかったが、鍛冶や道具作りに関しては天才的で、仕事ぶりも非常に几帳面であったからだ。
鍛冶場ができるまでは、椿には木工細工で里の設備を強化してもらっていた。とくに麻布生産について椿の功績は大きかった。
「椿、うちの女性陣で麻布を作っているんだけど、道具が粗末で苦労しているんだよね」
「わかったよ、誠。いっちょ、私に任せてくれよ。木工も得意だからさ」
一週間後、今まで使っていた原始的な紡錘車と腰機が、誠の入れ知恵と椿の木工技術で糸車と機織り機(高機)に進化していた。とくに機織り機(高機)は、本来なら都の限られた機業地にしかない技術で、こんな山里にまで広まるのは何百年も先の話だ。それが誠と椿の手であっさり実現してしまったのだから、時代を大きく先取りしたことに変わりはない。
澪たちからの反応も上々で、
「椿って、言動はちょっとアレだけど、仕事っぷりは一流なのね」
「澪、てめぇ、馬鹿にするか、褒めるか、どっちかにしろ!」
と、椿も満更でもなさそうだ。
いずれにせよ、椿の参入によって、里での麻布の生産速度は飛躍的に上がったのであった。
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次に取り掛かったのは、誠の作業場兼生活空間である離れの増築だ。中身が現代人である誠はプライベート空間を大切にするので、離れには誠と葵、それぞれの個室があった。そこに椿が新しい嫁として加わったので、彼女の分の個室も増築することになったのだ。
その離れで椿が一緒に生活するようになってしばらくした頃、
「誠は、なんで御嬢や私に手を出さないんだ?」
「う〜ん、葵はまだ身体が大人になりきってないから、今の状態で出産すると身体にかかる負担が大きすぎると思うんだよね」
「へ〜、誠って、そういうことも考えられるんだ。いい奴じゃん。で、私はどうなんだよ?」
「葵は順番に拘っているみたいだからね。椿は年齢的にも葵のお姉さんみたいなものなんだし、妹分の成長を待ってあげるのもいいんじゃない?」
「じゃあ、御嬢が大人なるまで待つことにするか」
椿は納得してくれたようだが、中身は45歳の誠ととしては自分の子供みたいな年齢の女子に手を出すこと自体、倫理的に許されるのか内心悩ましいところであった。
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里に椿の鍛冶場が完成してからは、さらにインフラ整備が加速した。金属部品の開発や製造ができるようになったのは非常に大きい。
まず、高品質な農機具が自作できるようになったので、里で農業担当となっていた父の惣兵衛が歓喜した。
また、釘や鎹や蝶番も安定して自給できるようになり、家屋建設や木工製品の製造も格段に楽になった。
そんな椿の仕事場を訪ねてきた誠が、
「椿のお陰で里の暮らしもだいぶ便利になったよ。ところで、凄腕職人の椿に相談なんだけど、作って欲しいものがあるんだ」
と、おもむろに木工で作りかけの顕微鏡を見せた。これは接眼レンズと対物レンズを装着できるタイプで、誠が以前に自作したレーウェンフック式顕微鏡とは異なるものだった。
「これは顕微鏡といって、目に見えないくらい小さなものを観察する装置なんだけど、僕じゃ作れない部品があって困ってたんだ。凄腕の椿ならもしかして作れるかなと思ってさ」
「へえ、具体的には何が必要なんだ?」
「まずは、太陽光を反射させる鏡とか、観察するものを載せる透明なガラスの板とか、あとは台をゆっくり上下させる仕組みとか、他にもいろいろ」
「ガラスとか鏡の材料はあるのか?」
「水晶と石灰と草木灰はここで用意できるんだけど、作り方がまずいのか僕が作ると失敗ばかりなんだよ。他に必要なものがあったら敦賀の市に買い出しに行くから安心して」
「わかった。少し時間をくれ」
「あと、ガラスが上手く作れるようになったら、作って欲しいものがたくさんあるのでよろしく頼むよ」
「まじか……」
数ヶ月後、椿は顕微鏡を完成させた。
かなり苦労したようだが、最大500倍まで拡大して観察できるものが完成した。ちなみに前世で誠が愛用していた蛍光顕微鏡の拡大倍率が1000倍である。実は誠も、1000倍レベルの顕微鏡を作るのは無理だろうと考えていたが、それに迫る性能を実現させた椿のスキルは非常識なまでに高かった。
この頃にはガラスの加工技術も安定してきていたので、懸案だった研究用のガラス器具の製作を椿に頼めるようになった。
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誠の里では衣食住問題はほぼ解決し、残る課題は医療インフラの整備だった。
「この戦国の世でも健康で文化的な生活を送るためにも、抗生物質は作っておきたいよな」
「抗生物質は放線菌に作らせるんだっけか。まずは放線菌を培養するためにも、培地に使う寒天を安定して作れるようにするか」
誠はさっそく葵を連れて、ガラス製造にも使っている水晶の鉱脈近くの浜に行って、寒天製造のための拠点作りを始めた。
寒天の製法自体はシンプルだ。工程は、海藻を煮る→煮汁を漉して冷却→凍結→乾燥、するだけである。基本的に海藻の煮汁を漉してしまえば、後の工程は誠の異能で作れてしまう。
「里まで海藻を運ぶのは大変だから、浜に寒天製造施設を作ることにしよう」
「誠、砂浜に小屋を建てても台風ですぐ倒れるんじゃないの?」
「そうだよね……水晶のある洞窟の入口付近は岩盤だから、そこに小屋を建てるか」
二人で小屋を作って、必要な機材を運び込んで寒天作りを始めた。役割分担は、海藻集めと煮出しを葵が、異能の凍結乾燥による寒天の製造を誠が担当することになった。
完成した乾燥寒天は里の作業場まで運んでストックした。
寒天のストックが十分溜まったころに、抗生物質を作る放線菌の探索と選抜を行うことにした。
「葵、今日から怪我や病気を治す薬の開発を始めるから手伝ってくれない?」
「わかった。私は何をすればいい?」
「まずは薬を作る微生物を捕まえないといけないから、それをやってくれないかな」
誠は、葵に寒天培地を使った放線菌の探索方法を教えて、培地に生えてきた放線菌のコロニーを片っ端から集めさせた。
集めた放線菌は他の微生物が混じらないよう純粋培養し、その培地を誠が異能で凍結乾燥してコレクションにした。
放線菌のコレクションがある程度集まった頃、研究は次のステップに進んだ。
「葵、ご苦労さん。薬を作りそうな微生物がだいぶ集まったから、その中から良さげな微生物を選ぶ実験に移ろうか」
「誠、今度はどんな実験をするの?」
「まず、厠に行ってウンコを10000倍に薄めた液を作る。次にそれを寒天培地に薄く広げる。その上に小さくカットした麻布を置いて、麻布に葵が集めた微生物の培養液を水で薄めたものを1滴垂らす。あとは数日待ちます」
「それで?」
「数日後にウンコ由来の微生物が培地表面にびっしり生えるんだけど、麻布の周りにウンコ由来の微生物が生えていない透明な阻止帯ができていれば当たりかな」
「もし、阻止帯ができなかったら?」
「阻止帯を作る微生物が見つかるまで延々探し続ける感じ」
「……」
気の遠くなるような話に、葵は絶句した。
「まあ、とりあえず1年くらい探してみようよ」
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その半年後、葵は糞便微生物の生育を阻害できる数種類の放線菌の発見に成功した。
「これで葵も一人前の微生物研究者だね」
「これで終わり?」
「後は葵が発見した微生物を大量に培養して、培養液から異能で不純物を取り除いたあと凍結乾燥させてストックすれば終わりだよ」
「そうなんだ、よかった。やっと完成だね」
「いや、今度は青カビを使って薬を作る研究を始める。青カビの薬は、放線菌の薬とは効く病気の種類がちょっと違うんだ」
「え〜、また同じ実験をするの?」
「うん、頑張ってね」
「……」
こんな感じで、誠と葵は抗生物質であるストレプトマイシンとペニシリンを手に入れることに成功した。しかし、効果の強い薬を探すための研究は依然継続中で、葵の苦労は続く。




