第72話
いつも明るく元気な小町の様子がどこか違うことを気にしながらも、
担任は気持ちを切り替え、教室を見渡した。
「今日はホームルームの前に、みんなへ話がある」
その一言に、生徒たちは顔を見合わせ、一斉にざわめき始めた。
「静かにしろ!」
担任が一喝すると、教室はすぐに静まり返る。
担任はゆっくりと息を吸い、
「……実は、クラスメイトの塩江が家庭の事情で転校することになった」
と静かに告げた。
その瞬間、教室中が再びどよめいた。
「えっ!?」
「あいつが転校?」
あちこちから驚きの声が上がる。
遥も思わず目を見開き、小町も信じられないという表情で担任を見つめていた。
担任はざわつく教室を見回しながら続けた。
「本当なら塩江本人から挨拶をしてもらう予定だったが、家庭の事情で
今日中に発たなければならなくなった」
その言葉を聞いた瞬間だった。
『嘘でしょ……!!』
小町は勢いよく席を立つと、そのまま教室を飛び出した。
「春野! 待ちなさい!」
担任の制止する声も耳に入らない。
小町はただ一人、俊哉のもとへ向かって走り出した。
駅のホーム――。
佐奈は、これから旅行へでも出かけるかのように、目を輝かせながら辺りを見回していた。
「アメリカって、どんなところなんだろう!」
無邪気にはしゃぐ妹とは対照的に、俊哉の表情は重く沈んでいた。
そんな兄を見上げ、佐奈は小さく尋ねる。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
「本当にいいの?」
「お姉ちゃん――小町さんに、何も言わなくて……」
俊哉は一瞬だけ佐奈に視線を向けた。
だが、すぐに曇り空へ目を移し、小さくため息をつく。
「……いいんだ」
その短い言葉には、自分に言い聞かせるような諦めが滲んでいた。
俊哉は灰色の空を見上げたまま、静かに唇を噛み締めた。




