第七話
次の日の朝。
目が覚めた瞬間、絵里は枕元のスマホへ手を伸ばしていた。
通知欄を確認する。
――何も来ていない。
それだけで少しだけ胸が沈む。
(何期待してるんだろ……)
自分でも呆れる。
でも。
昨日の『特別かも』という言葉が、まだ頭から離れなかった。
制服へ着替えながらも。
髪を整えながらも。
気づけば俊哉のことばかり考えている。
こんなの、おかしい。
まだ出会って二日しか経っていないのに。
なのに。
こんなにも誰かを待っている。
学校へ向かう坂道。
春風が吹き抜ける。
絵里は無意識に辺りを見回していた。
――いるかもしれない。
そんな期待をしてしまう自分がいる。
すると。
「おはよう」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには俊哉が立っていた。
「っ……!」
胸が跳ねる。
俊哉は眠そうに笑いながら、スマホをポケットへしまった。
「びっくりした?」
「……した」
絵里は慌てて視線を逸らした。
たぶん今、自分はかなり顔が赤い。
「絵里、朝弱そう」
「……うるさい」
俊哉が楽しそうに笑う。
その笑顔を見るだけで、胸の奥が熱くなる。
二人並んで坂道を歩く。
昨日までひとりだった通学路。
なのに今日は、景色まで違って見えた。
「絵里ってさ」
「え?」
「普段、誰といるの?」
突然の質問だった。
「愛歌とか……クラスの子」
「彼氏は?」
「い、いないし!」
思わず声が大きくなる。
俊哉は吹き出した。
「そんな否定しなくても」
「だって……!」
からかわれている。
わかっているのに、調子が狂う。
俊哉は少し前を歩きながら、小さく呟いた。
「そっか」
その声が、どこか嬉しそうに聞こえた。
校門が見えてくる。
周囲には登校中の生徒達。
友達同士で話しながら歩く姿。
そんな中。
不意に俊哉が立ち止まった。
「絵里」
「え?」
「スマホ貸して」
「……スマホ?」
絵里は戸惑いながらもスマホを渡す。
俊哉は慣れた手つきで何かを操作した後、返してきた。
「はい」
画面を見る。
新しい連絡先が追加されていた。
『塩江俊哉』
その名前を見た瞬間。
胸の奥がじわっと熱くなる。
「勝手に追加した」
俊哉は悪びれもなく笑った。
「……普通、聞かない?」
「嫌だった?」
その問いに、絵里は答えられなかった。
嫌じゃない。
むしろ。
嬉しい。
でも、それを認めた瞬間、全部見透かされてしまいそうで怖かった。
絵里は誤魔化すようにスマホを胸へ抱きしめた。
「……別に」
俊哉はそんな絵里を見て、少しだけ優しく目を細めた。
「よかった」
たったその一言。
それだけなのに。
絵里の世界は簡単に揺れてしまう。
教室へ向かう途中。
愛歌が絵里を見るなりニヤリと笑った。
「ねぇ」
「……何」
「顔、恋してる」
「っ!!」
絵里は思い切りむせた。
「してないし!」
「はいはい」
完全に見抜かれている。
愛歌は楽しそうに肩を竦めた後、ふと真顔になった。
「でもさ」
「え?」
「気をつけなよ」
「……何が?」
「優しい人ほど、依存すると危ないから」
その言葉に。
絵里の胸が小さくざわつく。
けれど。
その時の絵里は、まだ知らなかった。
もうすでに自分が、少しずつ俊哉へ溺れ始めていることを。




