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第六話

 その日の帰り道。


 絵里は何度もスマホを見ていた。


 通知は来ていない。


 なのに、気づけば画面を開いてしまう。


(……何やってるんだろ)


 自分でも笑ってしまう。


 たった一日。


 今日、出会ったばかりなのに。


 こんなにも誰かを意識するなんて思わなかった。


 夕暮れに染まり始めた駅前を歩きながら、絵里は小さく息を吐いた。


 スマホケースに挟んでいるプリクラが視界に入る。


 愛歌と撮ったものだ。


 笑っている自分。


 でも、本当に楽しかったのかと聞かれると、よくわからない。


 SNSに写真を上げて。


 「いいね」が付いて。


 みんなと繋がっているふりをして。


 だけど家へ帰れば、誰もいない。


 静かな部屋。


 冷たい食卓。


 それが現実だった。


 マンションのドアを開ける。


「……ただいま」


 返事はない。


 わかっていたことなのに、少しだけ胸が冷える。


 リビングのテーブルには、また母親のメモが置いてあった。


『遅くなるから先にご飯食べてね』


 短い文字。


 愛情がないわけじゃない。


 ちゃんとわかっている。


 でも。


 時々、どうしようもなく寂しくなる。


 絵里は制服のままベッドへ倒れ込んだ。


 スマホを開く。


 SNSの通知が流れていく。


 友達の投稿。


 カップル動画。


 楽しそうな写真。


 それを眺めていると、急に胸の奥が空っぽになる。


 その時だった。


 ――ピコン。


 通知音。


 絵里の身体が反射的に起き上がる。


 画面を見る。


『塩江俊哉』


 その名前を見た瞬間、心臓が跳ねた。


『今日はありがとう』


 たったそれだけのメッセージ。


 なのに。


 頬が熱くなる。


 絵里は慌てて返信画面を開いた。


『こちらこそ』


 打っては消して。


 また打って。


 たった一言なのに、どう返せばいいかわからない。


 数分悩んだ末、ようやく送信した。


 すると、すぐに既読が付く。


 早い。


 それだけで少し嬉しい。


『絵里ってさ』


 次のメッセージが届く。


『なんか放っておけない』


 その文字を見た瞬間。


 胸がぎゅっと締め付けられた。


(なに、それ……)


 ずるい。


 そんなこと言われたら。


 期待してしまう。


 絵里は唇を噛みながらスマホを握りしめた。


『俊哉くんは』


 指が震える。


『誰にでも優しいの?』


 送信した瞬間、後悔した。


 重い。


 面倒くさい。


 絶対そう思われた。


「うわ……最悪……」


 絵里は顔を覆う。


 けれど。


 数秒後。


『絵里には特別かも』


 その返信を見た瞬間。


 息が止まりそうになった。


 嬉しい。


 苦しい。


 怖い。


 色んな感情が一気に押し寄せる。


 スマホの画面がぼやける。


 その時。


 ふと、愛歌の言葉を思い出した。


『優しい男って危ないからね』


 昼休みに笑いながら言っていた言葉。


 その時は意味がわからなかった。


 でも今なら少しだけわかる気がした。


 優しさは、簡単に人の心へ入り込む。


 寂しい場所ほど。


 深く。


 静かに。


 そして気づいた時には、もう戻れなくなっている。


 絵里はスマホを胸へ抱きしめた。


 窓の外では、春の夜風が静かに街を揺らしている。


 なのに胸の奥だけが、熱かった。

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