第68話
その頃、俊哉はまだ、妹・佐奈が運び込まれた病院にいた。
佐奈の着替えを取りに帰っていた母親の香奈から、
「一刻も早く手術をしなければ、佐奈は長く生きられないかもしれません」
と医師に告げられたことを聞かされ、
『そ、そんな……』
俊哉は大きな衝撃を受け、その場から動けなくなった。
このまま佐奈を残して、小町との待ち合わせ場所へ向かうことなど、とてもできなかった。
病室では、佐奈がベッドの上で静かな寝息を立てながら眠っている。
その寝顔を見つめながら俊哉は、
『お金さえあれば……妹に手術を受けさせてやれるのに……』
と、拳を強く握り締めた。
高額な手術費用を用意できない現実が、あまりにも悔しかった。
その時、ふと頭に浮かんだのは、クラスメイト・遥の父親であり、
自分の本当の父親かもしれないと思っている夏目幸隆の存在だった。
『あの人なら……何とかしてくれるかもしれない……』
わずかな希望にすがるように、俊哉は病室を飛び出し、幸隆へ電話をかけた。
だが、その返事はあまりにも冷たかった。
「私には関係ないことだ」
それだけ言うと、幸隆は一方的に電話を切った。
ツー、ツー……という無機質な音だけが携帯電話から響く。
最後の希望まで打ち砕かれた俊哉は、握り締めた携帯電話を見つめたまま、その場に崩れ落ちた。
『どうしたらいいんだ……』
誰にも届かないその呟きだけが、静かな病院の廊下に虚しく消えていった。
その頃――。
駅前の銅像の前では、小町がまだ俊哉を待ち続けていた。
何度も携帯電話の画面を確認するが、連絡はない。
気が付けば、時計の針は夜十時を回ろうとしていた。
門限が近づき、小町は小さくため息をつく。
『何かあったのかな……』
胸騒ぎを覚えながらも、待ち続けることはできなかった。
「もう来ないみたいだから……帰ろうか」
隣で退屈そうに立っていた吾郎にそう声をかける。
吾郎は小町の横顔を見つめ、
「本当にいいのか? もう待たなくて」
と静かに尋ねた。
小町は開いていた携帯電話をそっと閉じると、寂しそうに微笑み、
「うん……帰ろう」
そう答えた。
そして吾郎と並んで、ゆっくりと家路へと歩き始めた。




