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第58話

 幸隆は、塩江香奈と赤ん坊が写った古びた写真を、愛おしそうに見つめた。


 しばらく写真から目を離せずにいたが、やがて静かにため息をつくと、

 机の引き出しの奥深くへ、大切そうにしまい込んだ。


 まるで、誰にも知られてはならない秘密を隠すかのように――。


 俊哉の妹・佐奈の病状は、良くなるどころか日に日に悪化していた。


 俊哉は佐奈に病気の深刻さを悟られないよう、いつも明るく振る舞い、精一杯気を遣っていた。


 しかし――。


 何日経っても退院の話はなく、検査や点滴ばかりが続く毎日。


 幼い佐奈も、薄々と自分の病気が重いものだと気付き始めていた。


 それでも佐奈は、兄に心配をかけまいと、努めて笑顔を見せていた。


「ねぇ、お兄ちゃん。」


 ベッドの上から佐奈がいたずらっぽく微笑む。


「お姉ちゃん――小町さんとは、もうデートしないの?」


 突然の一言に、俊哉は目を丸くした。


「いきなり何を言い出すんだよ!」


 照れ隠しのように少し声を荒げる。


 すると佐奈は、くすくすと笑った。


「ほら、怒った、怒った!」


 そう笑う佐奈だったが、その笑顔の奥には苦しさが隠れていた。


 俊哉には、それが痛いほどわかっていた。


『無理して笑わなくていいのに……。』


 そう思っても、その言葉は口にできない。


 佐奈の健気な笑顔が、かえって俊哉の胸を締めつけた。


 俊哉は思わず視線を逸らし、静かに尋ねた。


「何か冷たいものでも飲むか?」


 佐奈は病室の白い天井を見上げ、少しだけ考える。


「うーん……オレンジジュース!」


 その声だけは、いつもの元気な佐奈だった。


 俊哉は優しく微笑み返す。


「オレンジジュースだな。よし、すぐ買ってくる。」


 そう言うと俊哉は立ち上がり、病室を後にした。


 だが、その足取りはどこか重かった。


 病室を出た瞬間、俊哉は壁にもたれかかり、小さく拳を握り締めた。


『佐奈……。』


 妹の前では笑顔でいようと決めている。


 それでも、一人になると胸の奥から込み上げてくる苦しさを抑えることはできなかった。

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