第44話
「ちょっと待ってね」
小町は佐奈にそう言うと、テーブルの上で震えている携帯電話を手に取った。
そして画面を見た瞬間、思わず息を呑む。
『塩江俊哉』
表示されていた名前に、小町の心臓が大きく跳ねた。
「……っ」
ほんの一瞬、出るか迷う。
けれど佐奈の前で無視することもできなかった。
「ごめんね。ちょっと電話してくる」
小町は努めて平静を装うと、リビングを出て廊下へ向かった。
ドアを静かに閉めてから通話ボタンを押す。
「もしもし……」
すると、電話の向こうから焦ったような声が返ってきた。
「あのさ……」
俊哉だった。
どこか息が上がっている。
まるで走りながら電話をしているようだった。
「妹がそっちに行ってないか?」
その一言に、小町は思わずリビングの方を見る。
ドアの向こうでは佐奈が大人しくソファに座っている。
「来てるけど……」
そう答えると、電話の向こうから大きな安堵の吐息が聞こえた。
「よかった……」
俊哉は本気で心配していたらしい。
その声だけで伝わってきた。
小町は少しだけ胸が痛んだ。
「あの子、また勝手に飛び出して……」
俊哉は小さく呟いた。
そしてすぐに、
「悪いけど、少し引き止めておいてくれないか?」
と続ける。
「今、そっちへ向かってるから」
「え?」
小町が何か言おうとした時には、
「本当に助かった。ありがとう」
そう言い残し、通話は切れていた。
ツーツーツー――。
無機質な電子音だけが耳に残る。
「もう……」
小町は思わず頬を膨らませた。
相変わらず自分の言いたいことだけ言って切ってしまう。
少し腹が立つ。
けれど――。
俊哉の声を久しぶりに聞けたことに、ほんの少しだけ胸が温かくなっている自分にも気付いてしまった。
「……バカ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
小町は小さくため息を吐くと携帯電話を閉じ、リビングへ戻った。
すると佐奈が期待に満ちた目で見上げてくる。
「お兄ちゃん?」
小町は一瞬だけ言葉に詰まった。
「うん」
「やっぱり!」
佐奈は嬉しそうに笑った。
まるで最初から分かっていたかのように。
小町はそんな佐奈を見て苦笑する。
そしてソファへ腰を下ろした。
だが、さっきまで何を話していたのか頭が真っ白になってしまっていた。
「えっと……」
小町が困ったように頭を掻く。
すると佐奈は真っ直ぐ小町を見つめながら言った。
「さっきの続き」
「え?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃん、何があったの?」
逃げ場のない問いだった。
小町の表情が固まる。
佐奈の瞳は真剣だった。
いつもの無邪気な子供の顔ではない。
二人のことを本気で心配している顔だった。
小町は思わず視線を落とした。
胸の奥に押し込めていた罪悪感が、再び静かに疼き始める。
そして――。
玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン――。




