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第43話

 『えっ……』


 突然の佐奈のお願いに、小町は目を丸くした。


 だが、断る理由も思いつかない。


 そもそも今日は予定もなく、一人で暇を持て余していた。


 「いいわよ。上がって」


 そう言って小町は佐奈を家の中へ招き入れた。


 「おじゃましまーす!」


 佐奈は元気よく返事をしたものの、どこか落ち着かない様子だった。


 リビングへ案内すると、佐奈はソファの端にちょこんと腰掛ける。


 小町はキッチンへ向かい、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。


 グラスに注ぎながら振り返る。


 「はい、どうぞ」


 「ありがとう!」


 佐奈は両手でグラスを受け取った。


 小町も隣へ腰を下ろす。


 「それで?」


 「え?」


 「宿題」


 小町は微笑んだ。


 「何が分からないの?」


 その瞬間だった。


 佐奈の身体がぴくりと震えた。


 「えっと……」


 視線が泳ぐ。


 小町は首を傾げた。


 そして、ふと気付く。


 佐奈の手には教科書もノートもない。


 筆箱すら持っていなかった。


 「……あれ?」


 小町は思わず苦笑した。


 「佐奈ちゃん」


 「う、うん」


 「宿題、本当にあるの?」


 佐奈は固まった。


 数秒の沈黙。


 そして観念したように肩を落とす。


 「……ない」


 小町は思わず吹き出しそうになった。


 「やっぱり」


 佐奈は恥ずかしそうに俯く。


 「ごめんなさい……」


 その姿は叱られた子犬みたいだった。


 小町は優しく頭を撫でる。


 「怒ってないわよ」


 「ほんと?」


 「うん」


 佐奈は少し安心したようだった。


 だが、まだ何か言いたそうにモジモジしている。


 小町は静かに尋ねた。


 「じゃあ、本当は何しに来たの?」


 佐奈は唇をぎゅっと結んだ。


 言うべきか迷っている。


 けれど、ここまで来た以上、聞かなければならない。


 そう決意したように顔を上げた。


 「あのね……」


 「うん」


 「どうして最近、お兄ちゃんと一緒に学校へ行かないの?」


 小町の心臓が大きく跳ねた。


 「え……」


 「お兄ちゃんと何かあったの?」


 真っ直ぐな瞳だった。


 駆け引きも遠慮もない。


 純粋だからこそ刺さる言葉。


 小町は何も答えられなかった。


 佐奈はさらに続ける。


 「お兄ちゃん、最近ずっと変なの」


 「……」


 「元気ないし、すぐ怒るし……」


 小町は俯いた。


 思い当たることがありすぎた。


 全部、自分のせいかもしれない。


 そんな考えが胸を締め付ける。


 「私……」


 やっと言葉を出そうとした、その時だった。


 ――プルルルル。


 突然、携帯電話の着信音が鳴り響いた。


 二人は同時にそちらを見る。


 テーブルの上で震える携帯電話。


 画面に表示されていた名前を見た瞬間、小町の表情が固まった。


 『塩江俊哉』


 佐奈もそれを見てしまった。


 部屋の空気が一瞬で張り詰める。


 鳴り続ける携帯電話。


 出るべきなのか。


 出ないべきなのか。


 小町の指先が小さく震えていた――。

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