第41話
「どうして、来ないんだ……?」
昼休み。
いつもの屋上で待っていた俊哉は、ようやく姿を見せた小町にそう尋ねた。
風が吹き抜ける屋上には、どこか重たい空気が流れていた。
以前なら、他愛もない話をして笑い合えた場所。
けれど今は違う。
二人の間には、目には見えない壁ができていた。
小町は俊哉から視線を逸らしたまま、
「ごめん……。最近、色々と忙しくて……」
と小さく答えた。
本当は嘘だった。
忙しいわけではない。
ただ、俊哉の顔を見るたびに胸が苦しくなるのだ。
佐奈が怪我をしたあの日からずっと――。
自分のせいではないと何度言われても、小町はそう思えなかった。
だから、俊哉の優しさが辛かった。
優しくされるたびに、自分の罪が大きくなっていく気がした。
俊哉はそんな小町の様子を不思議そうに見つめていたが、
「そうか……」
とだけ呟いた。
それ以上は何も聞かなかった。
聞けなかったのかもしれない。
その日を境に、小町は屋上へ来なくなった。
放課後も。
朝も。
できるだけ俊哉と顔を合わせないようになった。
それでも俊哉は諦めなかった。
夜になると小町の携帯電話へ電話をかけた。
最初は一日おき。
やがて毎晩。
しかし――。
携帯電話の画面に表示される『塩江俊哉』の文字を見るたび、小町は胸を締め付けられた。
出なければいけない。
そう思う。
けれど指が動かない。
震える携帯電話を握りしめたまま、小町はただ着信音が止まるのを待った。
何度も。
何度も。
そして、ある日を境に電話は鳴らなくなった。
それからだった。
学校ですれ違っても。
教室で顔を合わせても。
二人は互いに目を逸らすようになった。
まるで、最初から親しくなどなかったかのように――。
そんな二人の変化に気付いていたのは、俊哉の妹・佐奈だった。
ある朝。
朝食を食べながら佐奈は首を傾げた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「なんで最近、お姉ちゃんと一緒に学校へ行かないの?」
俊哉の箸が止まった。
「……」
佐奈はさらに続ける。
「ケンカしたの?」
「してない」
「じゃあ、なんで?」
無邪気な質問だった。
けれど、その言葉は俊哉の胸の奥に刺さった。
理由が分からないのは俊哉自身も同じだったからだ。
何度連絡しても返事は来ない。
話しかけても避けられる。
どうすればいいのか分からなかった。
積み重なった苛立ちが思わず口から飛び出した。
「うるさいな!」
佐奈の肩がびくっと震えた。
「お前には関係ないだろ!」
俊哉の怒鳴り声が部屋に響く。
佐奈は唇を震わせた。
大きな瞳に涙が浮かぶ。
「……っ」
「佐奈……」
俊哉も言い過ぎたと気付いた。
しかし遅かった。
佐奈は立ち上がると、
「お兄ちゃんなんか、大嫌い!」
そう叫び、家を飛び出してしまった。
玄関の扉が勢いよく閉まる音が響く。
家の中に静寂が訪れた。
俊哉は頭を抱えた。
怒るつもりなどなかった。
けれど、自分でもどうしようもないほど心が荒れていた。
一方、その頃――。
家を飛び出した佐奈は涙を拭いながら歩いていた。
行く当てなどない。
友達の家も思いつかなかった。
けれど、自然と足はある場所へ向かっていた。
以前、俊哉から聞いた住所。
兄が楽しそうに話していた女の子。
春野小町の家だった。
「お姉ちゃん……」
佐奈は小さく呟きながら歩き続けた。
まるで離れ離れになった二人を、もう一度繋ぎ合わせるために――。




