表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

第29話

『逃げられた……』


小町は手の中の古びた写真を握り締めながら唇を噛んだ。


あれだけ追いかけたのに、また俊哉を見失ってしまった。


昼休みの校内を走り回る。


教室。


渡り廊下。


中庭。


どこにもいない。


ようやく見つけたのは、屋上へ続く階段だった。


人気のない薄暗い踊り場。


その先を俊哉が一人で上っていく姿が見えた。


「塩江くん!」


小町は息を切らしながら叫ぶ。


俊哉の肩がわずかに震えた。


振り返った俊哉は、小町の姿を見た瞬間、露骨に顔を曇らせた。


「……また君か」


その声には疲れが滲んでいた。


「待って!」


小町は階段を駆け上がる。


だが俊哉は足を止めない。


「もう付いてくるな」


冷たい声だった。


まるで拒絶するような言葉。


小町の胸が少し痛んだ。


それでも引き下がれない。


「どうして?」


俊哉は立ち止まらない。


「放っておいてくれ」


「嫌よ」


小町は即座に言い返した。


俊哉が足を止める。


振り返ったその顔は、今まで見たことがないほど険しかった。


「いい加減にしろ!」


小町は思わず身を竦ませた。


俊哉が怒鳴ったのを初めて聞いた。


いつも優しくて。


いつも穏やかで。


妹想いで。


笑顔が似合う人だった。


そんな俊哉が今は別人のようだった。


「ご、ごめんなさい……」


気付けば謝っていた。


俊哉はハッとしたように目を見開く。


そして自分の表情に気付いたのか、苦しそうに視線を落とした。


「いや……」


小さく息を吐く。


「ごめん……怒鳴るつもりじゃなかった」


先ほどまでの冷たい声とは違う。


いつもの俊哉の声だった。


小町は少しだけ安心する。


俊哉は階段の手すりに手を置きながら呟いた。


「だからもう……俺に関わらないでくれ」


その言葉は冷たく聞こえるのに、どこか悲しかった。


まるで自分自身に言い聞かせているようだった。


小町はしばらく俊哉を見つめる。


そして、ふと思い出した。


右手に握り締めていた写真の存在を。


「待って」


俊哉が顔を上げる。


小町は一段上にいる俊哉へ向かって写真を差し出した。


「これ……塩江くんのでしょ?」


その瞬間だった。


俊哉の表情が変わった。


驚き。


焦り。


そして――深い悲しみ。


様々な感情が一瞬で瞳をよぎる。


「それ……」


俊哉は震える手で写真を見つめた。


小町は写真の中の女性へ視線を落とす。


優しく微笑む若い女性。


どこか俊哉に似ている気がする。


「この人……誰なの?」


小町は静かに尋ねた。


俊哉は答えなかった。


ただ写真だけを見つめている。


まるで失いたくない宝物を見るように。


そして長い沈黙のあと――。


俊哉は苦しそうに唇を開いた。


「……俺の母さんだ」


その声は今にも消えてしまいそうなほど小さかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ