第27話
『まずい……』
小町は不安そうな表情で、担任に呼び出された俊哉の背中を見つめていた。
ホームルームが終わったあとも、教室ではさっきの噂話が続いている。
「絶対付き合ってるよね」
「でも春野さん、必死に否定してたし」
そんな声が聞こえてくるたび、小町の胸は重くなった。
(もう……なんでこんなことになったのよ)
窓の外へ視線を向けながらも、小町の頭の中にあるのは俊哉のことばかりだった。
――昼休み。
俊哉は担任に呼ばれ、職員室を訪れていた。
「失礼します」
そう言って中へ入ると、担任は昼食の弁当を広げながら手招きをした。
「塩江、ちょっと来い」
「はい」
俊哉は神妙な面持ちで担任の机の前に立った。
担任は箸を置き、ため息をつく。
「お前な……夏目遥の父親から学校に電話があったぞ」
俊哉の表情が一瞬だけ強張った。
「……そうですか」
「そうですかじゃないだろ」
担任は呆れたように眉をひそめる。
「詳しい事情は知らん。ただ、向こうはかなり怒っていたぞ」
俊哉は黙ったまま俯いた。
その様子を見て、担任も少しだけ口調を和らげる。
「塩江。お前は真面目な生徒だと思っている」
「……」
「だから余計なトラブルは起こすな。高校生活を台無しにするような真似だけはするなよ」
俊哉は静かに頭を下げた。
「すみませんでした」
担任は再び弁当に視線を戻しながら、
「反省してるならいい。これから気をつけろ」
と言った。
俊哉は小さく頷く。
「はい」
しばらく沈黙が流れたあと、担任は箸を持ち直した。
「もう戻っていいぞ」
「失礼します」
俊哉は再び頭を下げ、職員室を出ようとした。
だが――
「ああ、そうだ」
担任の声に足を止める。
「夏目にもちゃんと謝っておけ」
俊哉の背中がわずかに揺れた。
「……はい」
それだけ答えると、俊哉は職員室を後にした。
廊下へ出た瞬間、俊哉は大きく息を吐いた。
窓の外には春の青空が広がっている。
だが、その景色は少しも心を軽くしてくれなかった。
(謝れ……か)
俊哉は拳を握り締める。
夏目遥。
そして――夏目幸隆。
自分からすべてを奪った男の姓。
その名前を聞くだけで、胸の奥に押し込めていた感情が静かに疼き始めるのだった。




