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第22話

スマホ越しに響く愛歌の怒声に、小町は思わず肩をすくめた。


 その勢いに押されるように、ちらりと俊哉へ視線を向ける。


 俊哉は少し離れた場所で立ち尽くし、どこか遠くを見るような目をしていた。


 その表情を見た瞬間、小町は咄嗟に背を向ける。


 これ以上、愛歌とのやり取りを聞かせたくなかった。


 スマホを口元に寄せ、小声になる。


「も、もしもし……愛歌。なに?」


 すると、電話の向こうから間髪入れず怒鳴り声が飛んできた。


『なにって何よ!』


 愛歌の声は明らかに苛立っていた。


『急に走っていなくなるなんてどういうこと!? 私を一人置いていって、買い物に付き合ってくれるんじゃなかったの!?』


「ご、ごめん……」


 小町は小さく謝りながら、ちらりと後ろを振り返る。


 俊哉は相変わらず俯いたままだった。


 その姿を見ていると、胸がざわつく。


 今は愛歌よりも、彼のことが気になって仕方がない。


「本当にごめん……今、ちょっと取り込んでるの」


 できるだけ声を潜めて言う。


「あとでちゃんとかけ直すから……」


『ちょっと、小町――』


 愛歌がなおも何か言いかけたが、小町は意を決して通話を切った。


 ぷつり、と静寂が戻る。


 小町はスマホを胸元に押し当て、ほっと小さく息を吐いた。


「……ごめんなさい」


 誰に向けた謝罪なのか、自分でも分からなかった。


 愛歌に対してか。


 それとも、俊哉に対してか。


 そう呟きながら振り返った、その瞬間――


「……え?」


 そこにいたはずの俊哉の姿が、消えていた。


 小町は目を見開く。


 辺りを見回す。


 右を見ても、左を見ても。


 行き交う人々の中に、俊哉の姿はない。


「俊哉……?」


 思わず名前を呼ぶ。


 けれど返事はなかった。


 小町は慌てて数歩駆け出し、周囲を見渡す。


 駅前の人混み。


 交差点。


 雑踏。


 そのどこにも、もう彼はいなかった。


「どうして……」


 ぽつりと呟く。


 さっきまで、あんなにも近くにいたのに。


 あの一瞬の隙に、まるで最初から存在しなかったかのように消えてしまった。


 胸の奥がきゅっと締めつけられる。


(また……逃げた)


 そう思った。


 何かを隠すように。


 誰かを拒むように。


 俊哉は、いつも大事なところで一人になろうとする。


 その後、小町は愛歌と合流し、約束通り買い物に付き合った。


 だが、愛歌が服を選んで見せても。


 新しいアクセサリーではしゃいでも。


 小町の心はそこにはなかった。


「小町? 聞いてる?」


「え? あ、うん……かわいいと思う」


「……全然見てなかったでしょ」


 愛歌が呆れたように頬を膨らませる。


 小町は苦笑いするしかなかった。


 頭の中に浮かぶのは、去り際の俊哉の背中だけ。


 あの悲しそうな横顔が、離れない。


 ――その頃。


 俊哉は重い足取りで家へ帰っていた。


 玄関の扉を開け、静かに中へ入る。


「ただいま……」


 力なく呟き、リビングへ足を向けたその時。


「俊哉」


 落ち着いた女性の声が響いた。


 俊哉の肩がびくりと揺れる。


 そこには、ソファに腰掛けた一人の女性がいた。


 塩江香奈。


 俊哉と佐奈を育ててくれた、育ての母。


 優しく穏やかな人だが、その瞳は時に鋭く真実を見抜く。


 俊哉はその姿を見た瞬間、血の気が引いた。


(……やばい)


 反射的に顔を背ける。


 そんな息子の様子を見て、香奈は静かに目を細めた。


「……どこへ行っていたの?」


 その一言が、俊哉の胸に重く突き刺さった。

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