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第21話

 俊哉は小町からそっと距離を取ると、そのまま顔を背けた。


 さっきまで自分を抱きしめていた腕が離れたのに、小町の胸にはまだその温もりが残っている。


 鼓動は、なかなか静まってくれなかった。


 俊哉は俯いたまま、小さな声で言った。


「……なんでもない」


 かすれた声だった。


「いきなり抱きついたりして……ごめん」


 その言葉に、小町の眉がぴくりと動く。


 怒り、というよりも。


 もどかしさだった。


「“ごめん”じゃないでしょ」


 思わず語気が強くなる。


 俊哉がびくりと肩を揺らした。


 それでも小町は言葉を止めなかった。


「人にいきなり抱きついておいて、それで何も言わないなんてずるいよ」


 胸の奥がざわつく。


 さっきの抱擁が、ただの気まぐれなんかじゃないことくらい分かっていた。


 あれは、助けを求める抱きしめ方だった。


 だからこそ。


 知りたかった。


 何が彼をそこまで追い詰めたのか。


「……何があったの?」


 もう一度、問いかける。


 今度は怒りを抑え、静かに。


 けれど俊哉は、小町を見ようとしなかった。


「……いや」


 低い声。


「ちょっと……色々あって」


 それだけ言うと、唇を噛みしめる。


「本当にごめん。いきなり、あんなことして」


 その声音に、小町は胸が痛んだ。


 これ以上聞かれたくないのだと分かる。


 きっと何か、とても深い事情があるのだろう。


 自分にはまだ踏み込めない場所。


 そこへ無理やり入ろうとしていたのかもしれない。


 小町は視線を逸らし、小さく息を吐いた。


「……ごめん」


 ぽつりと呟く。


 俊哉が驚いたように顔を上げた。


「私、何も知らないのに……きつい言い方した」


 小町は自分のスカートの裾をぎゅっと握る。


 本当は怒っていたわけじゃない。


 ただ。


 心配だった。


 苦しんでいるなら話してほしいと思った。


 それなのに、それを上手く言葉にできなかった。


 しばらく、二人の間に沈黙が落ちる。


 街の喧騒だけが、遠くで響いていた。


 さっきまであんなに近かったのに。


 今はたった数歩の距離が、とても遠く感じる。


 何を言えばいいのか分からない。


 どうすれば、この空気を壊せるのかも。


 その時だった。


 ――♪♪♪


 突然、小町の携帯電話が鳴り響いた。


「ひゃっ!?」


 予想外の着信音に、小町は思わず肩を跳ねさせる。


 慌ててバッグからスマホを取り出す。


 画面に表示された名前を見た瞬間、小町の顔が青ざめた。


【愛歌】


(……やばい)


 すっかり忘れていた。


 愛歌を置いて飛び出してきたことを。


 恐る恐る通話ボタンを押す。


「も、もしもし……?」


 次の瞬間。


『小町!?』


 スマホ越しに、怒気を含んだ声が響いた。


『今どこ!?』


 親友・愛歌の、明らかに怒った声だった。


 小町は思わずスマホを耳から少し離す。


「え、えっと……その……」


『その、じゃない!』


 容赦ない追撃。


『急に走っていなくなるし、連絡つかないし! どれだけ心配したと思ってるの!?』


「ご、ごめん……」


 しゅんと肩を落とす小町。


 そんな様子を見て、俊哉が少しだけ目を見開く。


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。


『今どこにいるの?』


「えっと……駅前の……」


 小町がしどろもどろに答えていると、俊哉がふっと小さく笑った。


 本当にわずかに。


 けれど確かに。


 それは、さっきまでの苦しげな表情からこぼれた初めての笑みだった。


 その笑顔を見た瞬間、小町の胸がきゅっと締めつけられる。


(……よかった)


 それだけで、少し救われた気がした。

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