第18話
高層ビルの最上階。
大きな窓の向こうには、都会の景色が広がっていた。
無数のビル。
行き交う車。
遠くに見える夕焼け。
まるでこの街そのものを見下ろしているような場所だった。
その一室で、一人の男が電話をしていた。
「……ああ、その件は来週中に進めてくれ」
低く落ち着いた声。
高級そうなデスク。
壁に並ぶ表彰盾。
男――夏目幸隆は、いかにも成功者という雰囲気を纏っていた。
その時だった。
コンコン――。
部屋のドアが静かにノックされる。
「失礼します」
秘書らしき女性が、静かに室内へ入ってきた。
「社長。お客様がお見えです」
幸隆は受話器を耳に当てたまま、軽く眉をひそめる。
「……誰だ?」
秘書は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「“社長のご子息”と名乗られています」
その瞬間。
幸隆の表情が僅かに曇る。
『……息子?』
その言葉を、まるで聞きたくなかったように。
幸隆はゆっくり受話器を置くと、深く椅子へ身体を預けた。
しばらく黙ったまま天井を見つめる。
何かを思い出しているようだった。
だが次の瞬間には、いつもの冷静な表情へ戻っていた。
「……通してくれ」
「かしこまりました」
秘書は一礼すると静かに部屋を出ていく。
数分後。
再びドアが開いた。
そこに立っていたのは俊哉だった。
制服ではない私服姿。
けれど、その表情は学校で見せる穏やかなものではない。
張り詰めている。
まるで、ずっと押し殺してきた感情を必死に耐えているみたいに。
幸隆はそんな俊哉をじっと見つめた。
だが、その目には驚きも感情もない。
ただ“値踏み”するような視線だけがあった。
「……どちら様かな?」
静かな声。
「私の息子と名乗っていたそうだが」
幸隆は淡々と続ける。
「残念だが、私に息子はいない」
冷たい言葉だった。
俊哉の拳がぎゅっと握られる。
けれど、ここで引くわけにはいかなかった。
俊哉は幸隆を真っ直ぐ見据える。
「僕は塩江俊哉です」
声が震えそうになるのを堪える。
「十数年前、あなたが付き合っていた塩江美奈の息子です」
幸隆の眉が僅かに動く。
俊哉は止まらない。
「あなたは母を捨てた」
胸の奥に押し込めていた怒りが、少しずつ溢れ始める。
「金持ちの社長令嬢と結婚するために」
部屋の空気が一気に重くなる。
けれど幸隆は表情を変えなかった。
むしろ、どこか諦めたように目を伏せる。
「……確かに」
幸隆は静かに呟く。
「君の母親とは交際していた」
その言葉に俊哉の呼吸が止まる。
認めた。
この男は、認めたのだ。
だが。
「だが、それだけだ」
幸隆は冷たく言い放つ。
「君に“息子”と呼ばれる筋合いはない」
俊哉の瞳が揺れる。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れていく。
認めてもらえるなんて、最初から思っていなかった。
それでも。
ほんの少しだけ期待していた。
だけどこの男は――。
まるで他人を見るような目で、自分を切り捨てた。
「……っ」
俊哉は唇を強く噛む。
悔しい。
苦しい。
でも、それ以上に。
情けなかった。
こんな男に会いに来てしまった自分が。




