第14話
家へ帰った小町は、自室のベッドへ腰を下ろしながら、何度も小さな紙切れを見つめていた。
そこに書かれている数字。
俊哉の名前。
たったそれだけなのに、胸が落ち着かない。
スマホを握る指先に、じんわり汗が滲む。
(……怪しいよね、普通に)
そもそも今の時代、紙で電話番号を渡すなんて珍しい。
連絡先ならSNSでも交換できる。
なのに俊哉は、わざわざ靴箱へ紙を入れていた。
まるで誰にも見られたくなかったみたいに。
(でも……)
小町は紙をぎゅっと握り締める。
あの時の俊哉の表情が、頭から離れなかった。
教室で見せた苦しそうな顔。
逃げるみたいな背中。
そして、
『本当にごめん』
という文字。
――嫌いになったわけじゃない。
そんな気がした。
小町は深呼吸をすると、覚悟を決めたようにスマホを開く。
震える指で番号を入力する。
通話ボタンを押した瞬間、心臓が跳ねた。
呼び出し音。
一回。
二回。
三回――。
「……はい。もしもし、塩江ですが」
聞こえてきた声に、小町の呼吸が止まりそうになる。
(ほんとに俊哉くんだ……)
急に恥ずかしくなった。
何を話せばいいかわからない。
「ま、間違えました!」
思わずそう叫び、小町は慌てて通話を切ろうとする。
すると。
『待って!』
電話の向こうで俊哉の声が大きくなる。
『……小町ちゃんだろ?』
「っ……!」
胸が跳ねた。
どうしてわかったんだろう。
そのことが妙に嬉しくて、余計に心臓がうるさくなる。
「……は、はい。春野です」
小町は消えそうな声で答えた。
すると電話の向こうで、俊哉がほっとしたように息を吐く。
『よかった……』
その声が優しい。
『本当にごめん。学校でちゃんと説明できなくて』
「ううん……」
小町はベッドの端をぎゅっと掴む。
たった電話しているだけなのに、胸が苦しい。
俊哉の声が近い。
それだけで、心が揺れる。
『日曜日のことなんだけど……』
俊哉の声色が少し沈む。
『佐奈の体調、急に悪くなってさ』
「え……?」
小町は思わず身体を起こした。
『大丈夫なの!?』
頭に浮かんだのは、いつも元気いっぱいに笑っている佐奈の顔。
だからこそ、不安になる。
『うん。今はだいぶ落ち着いてる』
俊哉は静かに答えた。
『でも今日は、ずっと熱出してて……』
その声には、疲れが滲んでいた。
小町は胸が締めつけられる。
俊哉はずっと一人で看病していたんだ。
なのに自分は勝手に怒っていた。
(私……最低だ)
「ごめん……」
気づけば、小町の口からそんな言葉が漏れていた。
『え?』
「私、勝手に怒ってたから……」
電話の向こうで、小さく笑う声がした。
『怒って当然だよ』
その言い方が優しくて。
小町は余計に泣きそうになる。
その時だった。
電話の向こうから、聞き慣れた元気な声が飛び込んできた。
『ねぇ、お兄ちゃん!』
「あ、こら佐奈――」
『お姉ちゃんから!? 代わって!』
その瞬間。
小町は自然と笑っていた。
さっきまで感じていた不安が、少しだけ消えていく。
でも同時に。
小町はまだ知らなかった。
俊哉が隠している“本当の秘密”を。
そしてこの電話が、
三人の運命を大きく変え始める夜になることを――。




