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第11話

 翌朝。


 珍しく寝坊をしなかった小町は、まだ眠気の残る目を擦りながら、通学路の坂道を歩いていた。


 朝の空気は少し冷たい。


 イヤホンから流れる音楽をぼんやり聴きながら、小町は小さく欠伸をする。


(今日は余裕で間に合いそう……)


 そんなことを考えていた、その時だった。


「お姉ちゃーん!」


 突然、後ろから誰かに抱きつかれる。


「ひゃっ!?」


 柔らかい衝撃に、小町の身体がびくっと震えた。


 慌てて振り返る。


 そこには、満面の笑みを浮かべた佐奈がいた。


「さ、佐奈ちゃん!?」


「えへへー!」


 佐奈は嬉しそうに小町の腰へぎゅっと抱きついている。


 まるで懐いた子犬みたいだ。


 突然の出来事に小町が困っていると、後ろから呆れた声が飛んできた。


「こら、佐奈!」


 俊哉だった。


 息を切らしながら二人へ追いついてくる。


「朝から迷惑だろ。離れろって」


「やだ!」


 佐奈はむしろ小町へさらに強く抱きついた。


「佐奈、お姉ちゃん好きだもん!」


 その無邪気な言葉に、小町の胸が少しだけ温かくなる。


 こんな風に真っ直ぐ好意を向けられることなんて、最近なかった気がした。


 けれど、このままだと本当に歩けない。


 小町は苦笑しながら佐奈の頭をそっと撫でる。


「ありがと。でも、このままだと歩きにくいかな」


「……むぅ」


 佐奈は少し不満そうに頬を膨らませる。


 その様子が可愛くて、小町は思わず笑ってしまった。


「学校終わったら、またお話ししよ?」


 優しくそう言うと、佐奈はぱっと顔を明るくした。


「ほんと!?」


「うん」


「やったー!」


 佐奈はようやく小町から離れる。


 その様子を見ていた俊哉が、呆れ半分にため息を吐いた。


「……お前、ほんと単純」


「だってお姉ちゃん優しいもん!」


「はいはい」


 俊哉は肩を竦める。


 でも、その表情はどこか優しかった。


 小町はそんな兄妹を見つめながら、自然と笑みを浮かべる。


 不思議だった。


 俊哉と出会ってから、笑うことが増えた気がする。


 朝の通学路。


 騒がしい兄妹。


 何気ない会話。


 ただそれだけなのに。


 胸の奥が、じんわり温かい。


 すると佐奈が突然、小町の顔を覗き込んできた。


「ねぇ、お姉ちゃん」


「ん?」


「お兄ちゃんのこと、好き?」


「っ!?」


 一瞬で思考が止まる。


 顔が熱い。


「な、なな何言ってるの!?」


 小町が真っ赤になって慌てると、佐奈はケラケラ笑った。


「やっぱり好きなんだー!」


「違っ……!」


「佐奈」


 俊哉の低い声。


 佐奈は「あ、やば」と小さく呟く。


「朝から変なこと言うな」


 俊哉は困ったように頭を掻いた。


 けれど。


 その耳が少し赤いことに、小町は気づいてしまう。


 そして気づいた瞬間。


 胸が苦しくなるくらい高鳴った。


 ――この気持ちは、きっともう誤魔化せない。


 春風が静かに吹き抜ける。


 その風は優しいのに。


 胸の奥だけが、どうしようもなく熱かった。

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