第10話
家へ帰る坂道。
夕暮れに染まった街を、小町は俊哉と並んで歩いていた。
春の風が制服の裾を揺らす。
隣を歩いているだけなのに、胸が少し落ち着かない。
そんな時だった。
俊哉の妹・佐奈が、いつの間にか小町の隣へ並んできた。
そして、いたずらっぽく笑いながら、小声で耳打ちする。
「ねぇ、小町さんって……お兄ちゃんの彼女?」
「えっ……!?」
小町の心臓が大きく跳ねた。
顔が一気に熱くなる。
慌てて俊哉を見ると、俊哉も佐奈の言葉に気づいたらしく、呆れたように眉をひそめた。
「お前、何言ってるんだよ!」
「だって、すっごく仲良さそうだし」
「変なこと言うなって」
俊哉が軽く佐奈の頭を小突こうとすると、
「きゃっ、怖ーい!」
佐奈は楽しそうに笑いながら、その場から逃げ出した。
まるで小学生みたいだ。
俊哉はため息をつきながら、小町へ向き直る。
「ごめんな。佐奈、すぐこういうこと言うから」
「あ……ううん、大丈夫」
小町は慌てて首を横に振った。
でも。
“彼女”という言葉が、まだ胸の奥へ残っている。
もし本当にそうだったら――。
そんな考えが浮かびかけて、小町は慌てて打ち消した。
(な、何考えてるの……)
まだ出会って間もない。
なのに。
俊哉と一緒にいる時間が、少しずつ特別になっている自分がいた。
その時。
坂の中腹まで逃げた佐奈が、くるりと振り返る。
「ヒューヒュー! お似合いだよ、お二人さーん!」
「佐奈ぁ!」
俊哉の顔が少し赤くなる。
その表情がなんだか新鮮で、小町は思わず吹き出しそうになった。
いつも余裕そうな俊哉にも、こんな顔をする時があるんだ――。
そう思うと、胸が少しだけ温かくなる。
「待てって!」
俊哉は照れ隠しのように叫ぶと、佐奈を追いかけて坂を駆け上がっていく。
「わーっ! お兄ちゃん怒ったー!」
佐奈の楽しそうな笑い声が夕暮れの街へ響く。
二人の後ろ姿を見ながら、小町は自然と笑っていた。
仲の良い兄妹。
その光景が、どこか眩しかった。
――こんな風に笑える時間が、ずっと続けばいいのに。
ふと、そんなことを思ってしまう。
けれど恋はいつだって、
幸せだと気づいた瞬間から、
少しずつ壊れる準備を始めている。
「ま、待ってよ!」
小町は二人を追いかけるように、夕暮れの坂道を走り出した。
胸の奥に、小さな幸せを抱えたまま。




