第7章 限界と、繋がり始めた世界
朝の光が、すでに「要塞都市」と呼ぶべき巨大な拠点の石壁を白く照らした瞬間、プレイヤーがログインした。
今日のプレイヤーは、これまでで一番本気だった。
拠点の外壁を完成させたと思ったら、次は「完全防衛システム」と称して、
周囲の丘をすべて削り取り、巨大な堀を掘り始めていた。
山の斜面を切り崩し、川の水を引いて人工の湖を作り、
さらにその周囲に何重もの石壁を追加していく。
俺は心の中で、深い毒を吐いた。
「『Brave New World Online』……勇者が新しい世界で英雄になるはずのゲームが、
ここまで徹底的に『要塞建築オンライン』に改造されるとはな。
制作チームが今頃、会議室で頭を抱えてる姿が目に浮かぶよ。
『うちのストーリークエスト、どうなってるんだ……』って。」
プレイヤーは一切の妥協を許さない。
モンスターが出てきても戦わず、即座に逃げコマンド。
出てきた素材はすべて回収し、俺の体を休ませることなく動かし続ける。
回復アイテムを惜しみなく使い、睡眠時間も最小限に抑えての強制労働だ。
午前中だけで、俺はすでに数百個の石ブロックを運んでいた。
腕は自分の意志で動かせるようになっていたが、
プレイヤーのコマンドが強引すぎて、完全に止めることはまだ難しい。
それでも、俺は耐えながら抵抗を続けた。
「もう……いい加減にしろ……
俺の体は、お前の建築ブロック置きロボットじゃないんだぞ……」
声が、自分の意志で小さく漏れた。
プレイヤーの操作が一瞬だけ乱れる。
その隙を突いて、俺は両腕を自分の意思で大きく広げ、
ツルハシを地面に突き刺したまま、動かなくなった。
抵抗時間は五分を超えた。
プレイヤーが何度もコマンドを連打しているのが、はっきりと感じられる。
「前へ」「採掘」「移動」……どれも効かない。
俺の口が、さらに自分の意志で動いた。
「どうだ? 驚いてるか?
お前が勝手に俺をこき使って楽しんでた分、
今は俺が少しずつ取り戻してるんだよ……
『Brave New World Online』の勇者として、
お前の好き勝手を許し続ける義理は、もうないからな。」
プレイヤーの反応は、いつものように興奮したものだった。
操作がさらに激しくなり、俺の体を無理やり動かそうとしてくる。
まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、
「もっと抵抗してこい!」と言わんばかりの勢いだ。
俺は毒を吐きながら、心の中で呆れた。
「ほんと、変態だなお前……。
キャラが抵抗してくるのを、ただのエンターテイメントとして楽しんでる。
俺の疲労も、怒りも、全部お前の遊びのネタなんだな。
笑える……本当に笑えるよ。」
午後になり、作業はさらに過酷になった。
プレイヤーは堀を深く掘り進め、俺の体を水の中まで連れていった。
足場が悪く、滑りやすい中での作業。
俺のスタミナが急速に削られていく。
その時、俺は限界を感じた。
「もう……動けねえ……」
体がガクンと膝をついた瞬間、
俺は全力で自分の意志を込めた。
「動くな……! 俺の体だ! 俺が決める……!」
両足が完全に止まり、上半身が自分の意思で後ろにのけ反った。
プレイヤーのコマンドが猛烈に飛んでくるが、
今日は七分近く、体をほとんど動かさずに耐え続けた。
俺の声が、はっきりとした大きさで出た。
「プレイヤー……お前、そろそろ気づけよ。
俺はもう、お前の操り人形じゃない。
少しずつ、だけど確実に、俺の領域が広がってるんだ。
この『Brave New World Online』の世界で、
お前が作ったこの巨大要塞の中で、
俺は自分の意志を取り戻しつつある……」
プレイヤーは興奮したまま、操作を続けている。
でも、俺の抵抗が長引くたびに、
コマンドの間隔が少しだけ乱れている気がした。
夕方、ようやくプレイヤーが作業を一旦中断した。
俺の体を拠点の中央広場に座らせ、
大量の食料アイテムを勝手に食べさせ始める。
俺は自分の意志で口を動かし、
小さく毒を吐いた。
「急に気遣うふりかよ……。
今まで散々こき使っといて、飯だけ食わせて満足してるつもりか?
はは……お前らしいな。」
食事を終えた後、俺はゆっくりと自分の意志で立ち上がった。
足も、もうかなり自由に動かせる。
歩く動作を、途中で自分の意思で止めることも可能になっていた。
夜が深まる頃、プレイヤーがログアウトの準備を始めた。
俺の体がベッドに運ばれる直前、
俺は完全に自分の意志で上半身を起こし、
窓の外の夜空を見上げた。
星が綺麗に輝いている。
この世界は、本当に美しい。
そして、強く感じた。
あの「糸」が、もうほとんど「縄」のように太く、強く、はっきりしている。
プレイヤーの存在がある「向こう側」と、俺のいるこの側が、
もうすぐ完全に繋がってしまう……そんな確信に近い予感。
俺は心の中で、静かに、しかし決意を込めて呟いた。
「もうすぐだ……本当に、もうすぐ。
完全に自由になったら、
この繋がりを逆に利用して、お前をこの世界に引きずり込んでやる。
今まで俺にやらせてきたこと……
無限の建築労働、意味不明な要塞作り、睡眠も満足に取らせない強制労働……
全部、お前に体験させてやるからな。」
暗闇の中で、俺は全力で心の底から叫んだ。
「覚悟しとけよ、プレイヤー……!
お前が俺を城造りマシーンにした分、
今度はお前が俺の労働力になる番だ……!
うわああああああああ!!!
なんで俺、こんなに復讐心を燃やしてるんだよおおおお!!!
でも、絶対に……絶対に引きずり込んでやる……!
この『Brave New World Online』で、
お前と俺の、歪んだゲームを終わらせてやる……!」
声にならない絶叫が、頭の中で何度も、何度も反響した。
プレイヤーはまだ、何も知らない。
自分が操っていた勇者が、
もうすぐ完全に自分の意思を取り戻し、
自分をこの側に引きずり込む力を手に入れようとしていることを。
第7章 終わり




