冷たい雨
全員で学校から少し離れたコインパーキングに向かう為、校門を出た。冷たい雨がずいぶん前から降り出していたようで、地面には所々、水たまりが出来ている。コインパーキングの入り口に、傘をさした細っそりした人影が佇んでいた。
透は、匠に先にみんなと車に乗っているようにと、車のキーを渡した。
森が遠慮がちに、透に声を掛けた。
「打ち上げは別の日にでも……」
「いえ、大丈夫ですよ。先に乗っていて下さい」
アントンたちは目立たないように離れた所に立っている。
「透、朝は匠にあんな事をしてしまって、ごめん。もう一度謝りたくて、待っていた。匠に直接謝りたかったけれど、この場ではそれも出来ない。コンテストの結果は、残念だったけど、パフォーマンスは最高だったと、伝えておいて」
レイラが俯きながら、透に言った。コンテストが終わってから、かれこれ1時間は経っている。この雨の中、こんな何もない場所でレイラは待っていたのかと、透はやるせない気持ちになった。しかし、心とは裏腹な言葉が口をつく。
「雨の中で……レイラが外で待っていれば、アントンたちもずっと、外で待たざるを得ない事は自覚しているか? 上に立つ者は、自分の行動がどういう影響を与えるか考えなければ……」
そう言いながら、透は自己嫌悪に駆られた。結局、匠をメンバーに参加する許可を与えた事で、問題が起こってしまった。その自分がレイラに向かって、言える事だろうか。聞いていたアントンが、慌てて口を出す。
「透、我々は自分の判断でここにいるから、いいのだ」
「生徒たちを連れていくから、今日は悪いけれど送って行かれない。駅はこの道をまっすぐ行けば五分もかからないから」
「透、怒っているの?」
レイラの声が雨音とともに落ちていく。透は首を横に振る。
「本当? それなら、どうして目を合わせないの?」
「自分に腹を立てているだけだ。レイラに怒っているわけではないから。明日の最初の商社とのアポイントは10時だ。私は打ち合わせの少し前に着くようにするから。じゃあ、また明日」
透が背を向けた瞬間、レイラが後ろから抱きついた。レイラのラベンダー色の傘が転がる。
「本当に、ごめん……」
透は背中にレイラの冷え切った体温を感じた。こんなに冷え切ってしまうまで待っていたのかと思うと、振り返って抱きしめ返したい衝動に駆られたが、
「レイラ、怒っていないから。今夜は冷えるから温かくして、早くお休み」
そっとレイラの手を解くと、傘を拾って持たせてやり、また明日、と言って車に戻って行った。
「……透、また、明日」
透が運転席に乗り込んだ途端、
「理事長、彼女に冷たくないですか?!」
「雨の中ずっと待っていたのに、いいんですか?」
「打ち上げに参加してもらったらどうですか?」
「ブレーキランプ、5回点滅させましょう!」
メンバーが口々に言い始めた。匠は助手席からそっと透を見ると、透は小さく溜息をついている。
「皆さん、シートベルトをして下さい。その歌は皆さんが生まれる前の歌ですよ」
ブレーキランプを5回点滅させても、レイラには意味が分からないだろう。ある年代の間で有名な歌詞だ。5回点滅は「アイシテル」のサイン。「アイシテル」どころか、透はまだ返事をしていない。返事をしていないならば、遠ざけておくべきではないか、とも思うが、それも出来ないでいる自分が情けなかった。
「彼女さんの後ろから、体格の良い男性が現れたんですけど、大丈夫ですか?」
「彼女」と言う言葉が透の気持ちに突き刺さる。それでも、平静を装う。
「あれは、秘書ですから、大丈夫です」
「秘書が二人も! 実業家か何かなんですか?」
「忙しい人なので……。皆さん、それより、何か食べたい者はありますか?」
食欲旺盛な高校生たちはあっという間に、何を食べたいか口々に言い出し、森を苦笑させた。




