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商談

 翌日、透は商社や石油元売り会社と、レイラ一行を引き合わせる一時間ほど前に、指定場所のホテルのレストランの個室に到着した。商談の前に打ち合わせをしておきたかったのだ。透は学園出身者のつてを辿って、今回レイラの知人という事で両者を引き合わせる。


「……風邪、引かなかった? 大丈夫?」

透の問いに、レイラはこくんと、子供のように頷いた。

「商談の話だけど、あまりいろいろ詮索されないように、商談成立となったら、コンサルタント料をもらう事にしてもいいだろうか」

商談の話になった途端、レイラの表情はキリッと引き締まった。

「別に構わないけど。何故?」

「その方が多分、自然だと思う。お金が絡めば、人は動くものだから、私が動くのもその為だと思っておいてもらった方がいい。連れてきたエネルギー省の人にもその話をしておいて。コンサルタント料は成約金額の2%くらいで、商社と石油元売りからもらう」

「了解」

透は今回、この商談に同席する。商談相手に選んだ会社は、日本の中でも大手と言われるところだ。他にもいくつか打ち合わせをした後、レイラが切り出した。


「透、明日の夜、帰国する事にした」

そう、と透は頷く。部屋の反対側にいるアントンが、チラッとレイラと透を見る。

「明日、1日時間がある……」

レイラは珍しく口籠もりながら透を見つめる。

「どこか行きたい所はある?」

レイラが透を見ると、微笑んでいる。

「いいの!?」

レイラは無邪気な、満面の笑顔を見せた。まるで子供のように素直に喜んでいる。打ち合わせの時とは別人のようなレイラを見て、改めて透はレイラを愛しいと思った。レイラは早速、観光ガイドを引っ張り出し、いくつか付箋の貼ってあるページの中から、一つを開いて透に提示した。

「ネズミの国?」

「え?」

「世界一有名なネズミの国、って知らない?」

「言われてみれば、世界一有名なネズミだね。あ、アントンたちは、明日はついて来なくていいから」

レイラに何でもない事のように言われて、アントンは慌てた。

「もし、何かあったら……」

「大丈夫だから。ここは日本だし。デートの邪魔をしないで」

レイラは勝ち誇ったようにアントンたちに宣言する。アントンは諦めた。レイラは言い出したら聞かないし、ここは日本だ。多分安全だろう。銃社会ではない日本で、レイラに敵う人間も稀だろう、と。

「透、くれぐれもレイラ様をよろしく頼んだぞ」


 商社も石油元売り会社の方も商談は順調に成立した。透はホッとした。分野が違う為、勝手がわからなかったからだ。


 最後の商談相手は日本最大手の石油元売り会社、大村産業だ。大村産業の人間たちが個室に入ってきた。同族経営で、現社長の息子二人は静実学園の高校を出ている関係で、透が声をかけた。社長と息子の健斗他、担当者など6人が商談に来た。健斗は透より3学年下のため、直接の知り合いではないが、その兄である翔太は透の1学年上で、何年かに1度ひらく全体同窓会で会って、顔を知っていたが、今は海外にいるから、今日は出席できないとの事だった。


 大村社長は入ってくるなり声をあげた。

「おお、何と美しい」

レイラが無言で視線を向けると、ハッとして、

「失礼致しました」

レイラに対して慌ててお辞儀をし、他の人々もそれに倣ってお辞儀をする。


 商談は難航した。大村産業だけの一社独占にして欲しいと言ってきたからだ。

既に2社ほど話をしてまとまっている為、独占販売には出来ない。とりあえず、今日は時間切れで、また後日、エネルギー省の担当者と大村産業の者が話をする事になった。大村がにこやかに言った。

「女王陛下、明日までご滞在予定と先程仰っていましたが、もしよろしければ、明日のお昼に息子に美味しいと評判の料亭をご案内させますが、いかがでしょうか」

健斗の方は、緊張のせいなのか、レイラの美しさから目を離せないのか、レイラの方を喰い入るように見つめたまま、首筋を少し赤くしている。健斗も切れ長の目を持つイケメンである。それを承知で大村は息子と、と言ってきたのだろう。レイラが口を開く前に、透が答えた。

「陛下、行ってみたらいかがですか? 商談もまだ成立していない事ですし」

レイラは驚いて、思わず透の顔を凝視した。透が微かに首を振る。

「後でスケジュールを見てから連絡する」

仕方なくレイラは大村に答えた。


 大村たちが退出した後、レイラは透に詰め寄った。

「明日の約束は?」

「レイラ、大村とは商談が成立していないんだよ。上手くいけば、まとまるかもしれないじゃないか」

「商社と他の2社とは成立したから、大村とはいいよ。お昼を食べるだけで商談が成立するの?! 日本にいられるのは明日の夜までなのに」

 レイラは透と二人きにりなったのを確認して、透に抱きついた。透は子供にするように、背中をトントンとあやすように軽く叩く。

「大村は国内最大手だから、商談は成立させておいた方がいいと思う。大村の息子は商談を成立させる鍵だ。パークは22時閉園だから会食の後、行っても間に合うから。レイラは深夜便で帰国でしょ?」

「じゃあ、その代わりに透は今日、帰らない?」

「そんな唐突に、無理を言われても困る……」

何が無理なのだろうと、レイラは思う。何か問題でもあるのだろうか。答えをもらっていないのが問題であれば、答えを出せばいいだけなのに。透の姉はどうやら、反対ではなさそうだった。問題は母親だろうか。それとも、学校だろうか。


「わかった。大村の息子を落としてくれば、いいんだね」

レイラが細い指先で透の顔に触れながら、絡むように言った。

「レイラ、そんな事は言っていないから。ただ一緒に料亭でご飯を食べて、和やかに商談を進めればすむだけだから。お見合いでも無いんだし」

「透は焼きもちを焼かないの? 大村の息子は、なかなかいい男だったけど?」

 透が「焼かない」と言って仕舞えば、レイラは透に焼きもちを焼かせようと躍起になりそうで、肯けない。レイラは普段、凛と気品を漂わせてはいるが、透と会うと高校時代に戻ってしまうようだ。高校時代は女性であることを隠していたから、透とは少し距離を置いていた様だが、今は遠慮がない。駄駄っ児状態のレイラは可愛いが……。透は溜息をついて俯いて見せる。

「そんな事を言われると、とても心配になるな……」

「……わかったよ。商談を進めてくればいいんだよね。成立するかどうかはわからないけれど」

レイラが透を見上げると、透は笑いを堪えている。レイラはパッと飛び退いて、パンチを見舞おうとしたが、躱され、手首を掴まれてしまった。レイラはそのまま、抱き寄せられるかと思ったが、透は掴んだ手首をすぐに離した。

「終わったら、連絡して。22時までやっているはずだから、行こう。楽しみにしているよ」

「そう言えば、健斗を見ていて思ったんだけど、透ってどこかの国の血が混ざっている?」

「え? 今更そんな事? 母がイギリス人の血を引くクオーターだよ」

「そうだったのか……。さっき言っていた、お見合いって何? お相撲と関係ある?」

「す、相撲?」

「みあって、みあって、って言うよね」

 透はお見合い当事者たちが、相撲のようにシコを踏んで向き合うシーンが浮かんでしまい、噴き出した。親や親戚などが独身の男女を結婚させるために引き合わせる事だと説明した。


 気づくともう16時を回っている。

「この後、大使館を訪問しなければならないんだけど、透と夕食を一緒に食べたい。1時間ほど待っててもらえる? 駄目かな? その後にテレビ会議があるから、あまり時間はないけれど。」

そう言ったレイラの顔は、もう国にいる時の通常モードだった。それでも、少しでも一緒に居たいという気持ちが、透には伝わってきた。


 翌日。

 大村からの迎えの車に乗って、レイラは赤坂の料亭に連れて行かれた。部屋は掘り炬燵式で品のある佇まいだ。さすがに一緒に掘り炬燵でお食事というわけには行かず、アントンとマルコヴィッチは控えの間で待つ事になった。健斗に赤坂芸者を呼びますか、と聞かれたが、14時までには出たいので、レイラがと断ると、健斗は残念そうにした。


 透は「お見合いでもないんだし」、と言っていたが、お見合いがどういうものかレイラがわかっていれば、芸者もいない二人での食事の雰囲気は、まさしくお見合いだった。都心にありながら静かで落ち着いた店内に、伝統的な日本料理が、旬の素材で彩りよく出てくる。まるで一皿一皿が芸術品のようだ。レイラは内心、次回来日する時は、透とこのお店に来よう、と思ったがもちろん、顔には出さない。

 健斗は仕事でもプライベートでも色々な国を訪れた事があるらしく、行った先の国の話や、自分の失敗談などを面白く話してくれた為、和やかに会食は進んだ。それでも、レイラは生理的に居心地が悪いと感じた。


「伺ってよろしければ、築地さんとはどういうお知り合いですか」

「高校の同級生。健斗さんも静実学園の高等部出身と聞いている」

「そうです。高校だけで、大学はアメリカへ行きました。今思えば、静実学園はいい学校でした。日本語がお上手なのは、日本にいたからなのですね。随分と、築地さんとは親しそうだとお見受けしましたが」

「築地君が生徒会長で私が副会長をしていたから。良いコンビだと言われていた事もあって、つい会うと高校時代のように気安く話してしまうのですよ」

「もしかして、それは伝説の生徒会の……。確か副会長は男性だったかと聞いていましたが……」

レイラは内心、しまったと思ったが、もう遅かった。そこまで有名な話だとは知らなかったのだから、仕方がない。

「そうですか? 別の人では?」

「会長は当時理事長の息子さんだから築地さんで、副会長は海外からの留学生と言っていましたから。体育祭でのエピソードが有名でした」

「その話は私も聞いたが、その副会長が私であれば、会長を抱えて走ったのは私、という事になる。何か、聞き間違ったのでは? 健斗さんには私がそんな怪力の持ち主に見えるのだろうか」

レイラは微笑んで見せた。健斗は細っそりしたレイラの前腕を舐めるように見た。

「とんでもありません。失礼しました。その美しい腕に会長は抱えられませんね。陛下は独身とお聞きしておりますが」

健斗は疑問を感じたが、レイラが嫌がる話題から、すぐに別の話題に移る事にした。好奇心よりも、嫌われない事の方が大事だった。

「今は独りだが、子供がいる」

「お子様もさぞや、麗しい方なのでしょうね。是非、お会いしてみたいです」

「親の欲目だが、とても可愛い。そう言うと本人は嫌がりそうだが」


 旬の果物を使ったデザートが運ばれてきた。レイラは時計に目をやった。

「お時間が気になりますか? この後ご予定が詰まっていらっしゃるのでしょうか。ご予定がなければ……」

「今日帰国するので、時間が気になっただけ」

「お邪魔でなければ、お見送りさせて下さい」

「健斗さんもお忙しいだろうから結構。それより、一社独占でなくても構わないと言ってくれた方が、助かる。そうでなければ、この話は先に話がまとまった二2社とで決まりになる」

「ここで父の会社がイエスと言わなければ、ご縁が切れてしまうと言う事ですね。もうお会いすることがなくなってしまうわけですね」

「非常に残念ながらそう言う事だ」

レイラとしてはたいして残念ではないのだが、透には商談成立を目指すよう言われている。健斗を落とすどころか、相当ぶっきらぼうな返事をしている事に、心がすでにパークに飛んでいってしまっているレイラは気がついていない。

「ご縁が切れてしまうと、お会いする機会は永遠になくなってしまうのですね。そんな事は我慢出来ません。貴女に会う為にだけでも、父に頼んで、独占でなくても良いよう、話をつけてきます。是非、またこうしてお目にかかりたいですから」

レイラはほっとした。これで透とたてた目標を達成できる。

 それにしても健斗の言い方は、日本人にしては少し大袈裟じゃないか、とレイラは上の空のまま思った。それに比べて、透はやけに素っ気ない。逆ならいいのにと。

「有難う。よろしくお願いする」

「また、お会いできますか?」

「商談が成立すれば、会う機会があるだろう」


 健斗は立ち上がったレイラのそばに跪き、不意に手をとって甲にキスをした。

「お慕い申し上げます」

レイラはスッと手を引くと、何事もなかったように、アントンを呼んだ。サファノバでは高位の女性には触れてはならず、女性が手を差し出してもいないのに、手にキスをするのはマナー違反だ。逆に女性の方から触れるのは構わない。レイラは健斗の行為を不快に思った。

 日本はどうだろう、後で透に聞いてみようと考えながら、レイラはすぐにサファノバ語でアントンに透に連絡を取るように伝えた。これから、透とデートだと考えると、今の不快な思いも、飛んでしまった。スーツは堅苦しいから着替えなければとか、まずは何に乗ろうか等と、もう頭の中はふわふわして、気分は地面から3センチくらい浮き上がっていた。健斗はそんなレイラを乗せたタクシーが、視界から消えるまで見送った。

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