031 二番目の男
二番目の男は難なく見つかった。
「おれ、だいたい初対面の人には、眠いのかって言われるんです」
ランタナは、くすんだ茶色のもっさりした頭を指先でいじりながら、眠たそうな瞳でそう語る。
夕子が、リンドウ力作の青い背表紙のカタログメニューを利用したのは、これが初めてのことだ。実際にきちんと目を通したのもこの日が初めてで、できることなら最後でありたい。
入り口に立つランタナの背丈は、夕子と同じか少し高いぐらいの小柄の痩せ型。青白い吸血鬼が多い中、健康的な肌の色をしているのはかなり好印象だ。纏っている雰囲気にしてもこの屋敷で見かける使用人たちとはだいぶ異なる。グイドの養女である夕子を前にしても少しも臆することない彼は、良い意味でマイペースと言えるだろう。そんな彼最大の特徴は、なんと言っても、その眠たそうなとろんとした瞳だ。
いつまでも突っ立っているわけにはいかないので、夕子はランタナに入口付近のテーブルを勧めた。自分も移動する。
「眠いのかって訊かれるの?」
「そーなんです。不思議なことに」
「でも眠いんでしょう?」
「いいえ?」
信じていないことが伝わったのだろう。正面の椅子にずるずるともたれかかったランタナは、よいしょっ、と身体を起こすと、こちらに眠たそうな目を向け、ぱちりと瞬いた。ぱちぱちぱち。大袈裟に両眉を上下してみたり、片眉だけ上げてみたりするが、重たそうなまぶたはそれ以上ひらく気配がない。
「ほんとだ」
けして目が細いわけではなかった。半分近くまでまぶたが下がっている今でさえ、ランタナの瞳はそれなりの大きさのように見える。たぶん元が大きすぎるのだろう。
夕子には、もうひとつ疑問があった。
「ところで」
と夕子はランタナをちらりと見る。
「ぶかぶかだね?」
コンドルのかわりにやってきたランタナは、コンドルがそうであったように黒いスーツに赤いネクタイをピシっと締めていたが、コンドルほどスマートに着こなせてはいなかった。なぜか半ズボンだったし、どう見てもスーツはぶかぶか。それは彼が極度のなで肩だったせいでもあるが、理由はそれだけではないだろう。ワンサイズ間違っているとかそういった話でもなく、言ってしまえば、大人用か子ども用かの違いだ。ランタナは、一見すると、ランドセルが似合いそうな外国の男の子にしか見えなかった。
ランタナの薄いブルーの瞳が、くちゃくちゃにたるんだスーツの袖のほうに動く。右手、そして左手と順に、ランタナは手を上げる。
「ちび助なので」
「半ズボンなのは?」
「ちび助なので」
そういうものなのか。
納得したような表情でいちおう頷いてみせたが、すぐさま首がこてんと横に動いてしまう。やはり理解できない。
ちらりと正面を見る。ランタナはぼやぁとした顔で腕組みしている。もしかするとほかの答えを考えてくれているのかもしれない。
そんなことを思いながらしばらく夕子が待っていると、急にランタナは胸の前でバッテンをつくり、てれっと頬を染め、言い直した。
「おれ特別なので」
「そんな感じはする」
特別に変わっているのだとは言わない。
朝食に割ける時間ははっきりと決まっているわけではない。しかしだいたいが一時間か、それより少し短いぐらいだ。そのあとに予定が詰まっているのでもないのに、きまって一時間を過ぎたころからドアの外に人の気配を感じるようになる。さらにそれから少し経つと、まるで今やってきたかのような調子でリンドウが催促のノックを響かせるのが恒例だった。おそらくこの日も同じだろう。
夕子は椅子を引きながら腰を浮かると、頬杖をつくランタナにちらりと目を向けた。
「それじゃあ……」
正直なところいつにもまして気が乗らない。寝起きの自分はいったい何を考えていたのだろうとすら思う。どうせリンドウにプレッシャーをかけられながら嫌々カタログをひらいたところ、明らかに毛色の違う男の子の、それも場違いな笑顔が飛び込んできて、深く考えずに指名しただけなのだ。
ランタナの無防備な振る舞いがそう思わせるのか、それとも年下としか見えないその姿のせいか、彼との食事はコンドルのときよりずっと気が引ける。だけど。
やるべきことは、やらなければならないだろう。




