015 知らせ
気の重くなるような知らせが届いたのは、その日の昼過ぎだった。
ノックの音がして、本日何度目かになる執事のリンドウがドアをひらいた。メイド服にネコ耳としっぽ、腰に短剣というあいかわらずの格好だが、胸に見覚えのない薄紫の風呂敷を抱えている。そのふんわりとした膨らみに、夕子はとてつもなく嫌な予感がした。
「それは?」
「お召し物でございます」
「服?」
夕子はうっと息を詰まらせたような顔をする。グイドからだろう。どうせまたろくでもないドレスを寄越したにちがいない。軽く息をつき、夕子は受け取った荷物を押し返そうとした。ところが。
「こちらに着替えて出席するようにとのことです」
「出席……? なにかあったっけ?」
「三時に茶会を予定しております」
「なんで茶会――」
はっとしてリンドウの顔を仰いだ。その感情のない顔からは何も読み取れない。しかし茶会といえば一つだけ思い当たる節がある。今朝の会話だ。
――ほら、なんていうの? こんないい天気だしお茶日和っていうか……うーん、おいしいお茶が飲みたいなぁーって。
――それでしたら食後に紅茶をご用意いたします。
――ううん、そうじゃなくてさ!
夕子はぱっと自分の口に手を当て「あれか!」と心の中で全力で叫んだ。まさかこんな風に解釈するなんて思ってもいなかった。というより、誰が予測できただろう。
夕子は目の前のリンドウにちらりと視線を上げた。もちろんその鉄壁の表情に揺らぎなどない。おそらく彼女にとってはこれも仕事のうちなのだろう。しかし普段そっけない人物が自分のために働きかけてくれたとなると、やはり嬉しいものがある。
そして嬉しいことは続くものだ。
「これに着替えればいいの?」
「そのように言付かっております」
「へえー……えっ」
瞬いて、リンドウを見上げる。それから手元に視線を落とし、もう一度顔を上げる。ついで風呂敷の中身を両手に掴んだ。
黒いワンピースだ。
「これ……」
「必要なら靴も用意するとのことです」
「ううん靴はある! それよりこれ……これ……」
夕子は夢を見ているような顔でワンピースを見つめた。もしかしたら、ほんとうに夢なのかもしれない。
なんて普通の服なんだろう。
飾り気はない。色は黒一色。裾が広がるようなデザインでも、丈が短いわけでもない。シンプルを追求したワンピース。きっとコンドルが見たら、また色気がないと鼻先で笑うだろう。しかし夕子にとっては文句のつけどころのない、まさに夢にまで見た理想の服だった。この普通さが、荒んだ心の奥深くにじいんと沁み渡るのだ。溢れてくる感情を抑えきれず、ワンピースがぐちゃぐちゃになるのも構わずに強く抱き寄せた。
「問題はございませんか」
「問題? ないに決まってる!」
感激のあまり震えている夕子の頭上から、一歩どころか百歩引いたように冷静な声が降ってくる。
「それでは滞りなく受け取られとお伝えいたします」
「ついでに褒めといて! やればできるじゃん……これだよこれ、私が求めてたのは……!」
「そのように」
「でも――それにしてもどうしちゃったわけ?」
ふと気になってワンピースから顔を上げた。今気づいたが手触りがすごくいい。シルクだろうか。すべすべした布地に頬ずりしながら、夕子は形だけでも心配してみせる。
「急にまともなセンスになるなんて変だよ。もしかしてグイド頭打った?」
「グイド様がいかがなさいましたか」
その返しに、一瞬何かが引っかかった。ほんの些細な違和感だ。しかし見過ごしてしまいそうなほどの引っかかりは、ニ秒後には夕子の頭から消えていた。
寄せていた眉を戻し、何もなかったようにまたうっとりした表情で夕子はワンピースを見つめる。喜びはなかなか収まる気配がなく、リンドウがいなければ今頃ベッドの上でピョンピョン飛び跳ねていたことだろう。
さっそく宇宙人ドレスの背中に手を伸ばしながら、夕子は目だけをリンドウに向けた。
「お茶会って二人で?」
「そう聞いております」
「ふーん」
さすがにコンドルは呼べないだろう。
苦しそうな鼻息とともに、長いこと夕子が背中に回した手をプルプル震わせていると、見かねたリンドウが無言で後ろに周り、ツツーッと音をさせてファスナーを滑らせた。長い睫毛を伏せ黙って離れていく。その腕を、夕子はふっと掴んだ。
「リンドウも一緒にしようよ。発案者なんだし」
「そのようなわけにはいきません」
「どうして?」
「私は一介の使用人でございます」
「だからなに?」
「使用人がお客様と同じテーブルに着くことなどあってはなりません」
まただ。また何か引っかかった。
リンドウはもう一度目を伏せると、力の抜け落ちた夕子の手から離れていった。夕子はリンドウの顔を覗いだ。この引っかかりの答えが書いていないかと思ったが、ヒントのヒの字も見当たらない。それでも、そのまま向き直った格好でしばらく頭を働かせた。
きっかけはなかった。急に、違和感の正体に思い至った。
「“お客様”?」
そうリンドウは口にしたのだ。
しかしそれはおかしな話だ。彼女にとって夕子は「お嬢様」であり、グイドは「ご主人様」、けして「お客様」などではない。そして夕子とグイド、使用人ばかりのこの屋敷に、今現在「お客様」と呼べる人物が一人しか存在しないことを、夕子は知っていた。
まさか。
夕子は手元の黒いワンピースに視線を落とす。握っている手が微かに震えている。胃がキリキリキリと悲鳴を上げる。いつかの、冷たい声が耳元で嗤った気がした。
「ねえ……これってだれが……?」
「はい」
とリンドウは夕子の気も知らないで、その名前を口にするのが恐縮するとばかりに十二分に時間を置いて、やっと告げたのだ。
「グイド様の客人――アリス様からの贈り物でございます」




