#8 Alice'n'Alice
幻想郷は昨日の朝から降り続いている雪に覆われていた
それだけであればまだ「ああ、冬なんだな」と納得できたのかもしれない
だが今は第百十九季の弥生・・・外の世界の紀年法、というより新暦に直せば5月上旬である
予想外に長引いている冬で困惑している者は数知れず
そして、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットもそれは同じであった
・・・厳密には彼女自身が直接被害を被ってる訳ではない、のだが
「咲夜ー、さく・・・そういえばさっき巫女の所に直談判してくるって言ってたわね」
そう、あくまでも『直接』被害を被っていないだけであり、館をほぼ1人で取り仕切っている十六夜咲夜が『もう少しで暖房用の燃料が切れる』という理由で出かけていってしまったのである
「全く・・・自分でお茶を淹れるのは何年ぶりかしら」
従者が居ないため、仕方なく自分で紅茶を淹れる為に立ち上がったレミリアだったのだが・・・
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「・・・だからって、メイド服着てそんな口調で喋らなくてもいいのに」
・・・その前に扉が開き、ティーカップ2つとティーポットの載ったトレイを持ったジャスミンが現れた
「どこか変でしょうか、お嬢様」
「やめて気持ち悪い」
・・・実の所、彼女が紅魔館に来てから、レミリアはずっと自分がいじられているようで仕方がなかったのだ
ジャスミンはハーフとはいえ、年齢は倍以上
加えて、魔力の保有量も明らかに彼女のが多いのだ
それであるにも関わらず、彼女がこの館の主とならずに今の位置に甘んじているのはあまり野心が無かったことと、とある人が来るのを待っているから、というのを本人から直接聞いた
尤も、その『待ち人』について訊いた途端に鮮やかかつ見事に話を逸らされた辺り、なんとなくからかわれている気がしたのだが、その後の自分への態度を見るとあながち間違いでもなかったな、とレミリアは振り返る
そもそもここに来たばっかりの時は完全に男口調だったわけだし・・・
そんな思考を振り払うように
「咲夜はいつ帰ってくるのかしらね」と呟いた
その問いに答える者は誰も居なかった
ほぼ同時刻、魔法の森では服の端が所々焦げた人間・・・の姿をした者が立っていた
彼女の周りには人形が複数浮いているのだが、それを操っている彼女の方が人形のようでもある
彼女はアリス・マーガトロイド
この魔法の森に住む魔法使いである
・・・というより、先ほどまで自らの家の目の前で戦っていたのだが
彼女は『襲撃者』の飛び発っていった方向を見上げ、溜息をつく
最初は特に戦闘をするような状態でもなかったのだが、何よりアリス自身の好戦的な性格故か、話を引き延ばし、そのまま命名決闘法・・・所謂スペルカードルールによる戦闘を行ったのだ
結果はアリスの惨敗
彼女と戦った紅白の巫女は「まあ、こんなものね」と言い切り、後ろにいた白黒の魔法使いと銀のナイフを持ったメイドは寒さのせいか、若干怠そうな顔をしていた
そんな、先ほどの戦闘を思い返しながら玄関の扉を開けようとしたその瞬間
「きゃあっ!?」という少女のものらしい短い悲鳴が聞こえ、直後に何か物・・・というより人間が落ちたような鈍い音が聞こえた
流石にこの魔法の森に魔力を持たない妖怪やただの人間が入ってくるとは思えない
それに、アリスの家は魔法の森でも深い位置にあるのだ
拡声魔法でも使わない限り、森の外から人間の声が聞こえるはずもない
なんとなく興味を持った彼女は踵を返し、声の聞こえた方に向かうことにした
「イタタタタ・・・
転送には成功したみたいだけど、魔力の制御に集中しすぎて座標指定を間違えたみたいね」
辺りを見回し、直前に見た風景と違う事に気が付いた彼女はそう呟いた
そもそも自分が普段使えない程膨大な魔力を使う術を使うならそれも仕方がないか、と観念した彼女は自分の方に近づいてくる足音に気が付いた
ジャスミンであればいいんだけどな、と思いつつ顔を上げると見知らぬ少女が立っていた
綺麗な金色の髪に透き通るような青い瞳
肌もまるで人形のように白いが、そこに病的な感じは見受けられず、むしろ周りの不気味ささえ感じる木々によって、むしろお伽噺のような幻想を見ている感覚になった
「私はアリスというのだけれど、貴女は?」
「私もアリス、アリス・ソル・メイディアといいます」
「ファーストネームは同じなのね
貴女、転移魔法か何かを使ってここに来たんでしょ?
とりあえず、うちでしばらく預かってあげるから、付いてきなさい」
「ありがとうございます、ええっと・・・」
「マーガトロイド、アリス・マーガトロイドよ
呼び方は好きにしていいわ」
「ありがとうございます、マーガトロイドさん」
その後、少し歩いた所にあった家の中に通される
ダイニングらしい部屋の椅子を勧められ、腰掛けると、目の前の湯気の立った紅茶が差し出された
「どうぞ」と自らも紅茶を啜りながら言う彼女の言葉に甘え、自分も紅茶を口にする
「さて、とりあえず何も訊かずに来てもらった訳だけれど・・・
貴女、ここが何処なのか知ってるの?」
「はい、元々は友達と一緒に来る予定だったのですが、用事があって少し遅れて来たら座標がずれてしまったみたいで」
「・・・なんだか話が噛み合ってない気がするのだけれど、まあいいわ
それで、その友達っていうのは?」
「ジャスミンっていうんですけれど、黒い髪の半吸血鬼です
ジャスミンに誘われる形でこの幻想郷を知って、一緒に来るはずだったんですけれど・・・」
「半吸血鬼・・・聞いたことはないけれど、吸血鬼が住んでいる館があるから、今度行ってみるといいわ
ただし、門前払いされる可能性はあるけど」
「そうですか・・・
ところで、今晩泊まる場所が無いのですが」
「それなら空いてる寝室を貸してあげるから、今晩はそこで寝てもいいわ」
初めて会った人(?)に部屋を貸して貰えるようなので、お礼を言おうと口を開こうとした瞬間、強烈な眠気に襲われ、私は意識を手放した
「全く、あれだけ大規模な術を使ったら倒れるでしょうに」
アリス(マーガトロイド)は目の前で突然テーブルに突っ伏せるようにして眠ってしまった少女を眺めながら呟く
先程、このアリスと名乗る少女を保護したのは単純に興味が湧いたから、というだけではない
悲鳴が聞こえる寸前、一瞬だけ大規模な術に使われるような膨大な魔力を感じ取ったからこそ、彼女はその魔力を感じ取った方向に向かったのだ
もし、その時の相手が自分にとって脅威になるものであれば、容赦なく吹き飛ばす気でいたのだ
・・・幸いにも、その場にいたのは持っている魔力を無理矢理増幅して飛んできただけの少女だったのだが
寝室に運ぶためにテーブルに突っ伏せるようにして寝てしまった彼女を抱え、持ち上げる
それに伴って顔に掛かっていたブロンドの髪が流れ落ちた
・・・名前は同じで、容姿の微妙に異なるこの少女は何を思ってここにやってきたのか
一瞬考えたが、それがどうでもいいことであることに気づいたアリスは少女をそっとベッドに寝かせ、寝室を後にする
「それにしても半吸血鬼なんて聞いたことがないのだけれど・・・
もしかして、前にも感じた『あれ』がそうだったのかしら」
アリスはふと1年ほど前にあった事を思い出し、呟く
「ま、考えてても仕方がないし、本人たちに任せましょうか
・・・ねえ、妖怪の賢者さん」
「やっぱり、貴女ほどの魔法使いにでもなれば誤魔化せないようね」
突如、何もない空間が裂け、そこから金の髪の少女が現れる
・・・尤も、長い髪は毛先を複数の束に纏められ、頭に帽子を被っており、さらに放っている雰囲気はとても少女のそれとは思えないほど重く、不気味さが漂ってはいるが
「わざわざこんな鬱蒼とした森の中に何の用かしら?」
「あら、てっきり私に用があるのかと」
「・・・ま、何でもいいけど
問題は本人たちで解決させた方がいいでしょうから、部外者はあまり出張らない方がいいと思いますよ?」
「まあ、それもそうね
既に異変は始まっているようだし、私はここでお暇させていただきますわ」
ではご機嫌よう、と不気味な笑みを残し、彼女は居なくなった
「異変・・・ね
それにしてもこの寒さは・・・もう終わりかしら?」
先程まで降っていた筈の雪は止み、雲の合間から青空が見え始めていた
えー、とりあえず隔週更新と言いながら間に2週間空けたことをお詫びしておきます
気が乗らなかったり気分が悪くなったりで書けませんでした
そしたら1名ほど登場する予定の無かったキャラクターが出てきてしまいまして、意味ありげな会話を残して逃g(スキマ
そして漸く主人公の内のもう1人を登場させることができました、ええ
中身が薄い?
そりゃいつものことです