巻之四 華、鵺妖怪と対峙せし候
また時は移って、とある山の中に一人の少女がおりました
短く切り揃えられた黒い髪に暗い赤茶の瞳、赤い縁取りの白い式服に身を包んだその容姿は正に陰陽師・・・ではなく、退魔師なる独特の商売を営んでいる者
逢河深山華でございます
なぜ華がこのような所に居るかと訊かれれば、『仕事』あるいは『依頼』と答えるのが筋と言うものでありましょう
底辺とはいえ貴族に育てられながら、都の陰陽師と比べれば遙かに低い額で依頼を受けている華の元には主に都の外の商人・農民からの依頼であり、このような数日掛かりの仕事も少なくないのでありました
・・・今回も引き連れた数人の従者と共に山を下っている華を見下ろす1つの影
その影は退屈凌ぎのために度々都に出ているのでありますが、それは亥の刻を過ぎる頃
故に太陽が出ている時間は常に暇を持て余しているのでありました
そんなところをわざわざ人間が通ったのでありますから、好奇心というかなんというか
彼女の性分を考えると仕方がないのでありますが、ちょっかいをかけてみたくなったのであります
・・・不意に背後から感じた妖気に華が振り向きますと、そこには自分と瓜二つの少女が立っておりました
「・・この妖気、貴様、妖怪だな?」と華
「あ、やっぱりバレた?」
華に瓜二つの少女・・・いや、よく見るとところどころ違い、華よりも僅かに長く、切り揃えられていない黒い髪に深紅の瞳
そして着ていた式服を脱ぎ去ると背中から生えた妙な物が現れます
そして、背中のそれに気を取られてすぐには気付かなかったのでありますが、式服の下に着ていた物はおおよそこの時代には無いであろう形の黒い服
「妖怪が私に何の用だ?」
「退治されに来た・・・って言ったら?」
「ならば・・・覚悟ッ!!」
華が術符を投げると、その人の形をした妖怪はあっさり避け、姿を消します
「奴め、どこに・・・ッ!!」
一瞬の後には、眼前に地面が迫っておりました
「危ないじゃないの、いきなりあんなものなげちゃあ」
気が付くと、背後から押し倒され、後ろ手に組み伏せられて、喉元には自らが持っていた筈の短刀が添えられておりました
「歳にしちゃやる方だけど、まだまだ私には適わないね
殺気は抑えられてないし、見たところ私みたいなのとの実戦経験ないんじゃない?」
組み伏せられていたのは僅かな間だけだったようで、すぐに解放されます
「ま、私としても今はその気じゃないし、見逃してあげる
それより、あんたが引き連れてたのはどっか行っちゃったけど?」
「どういうつもりだ?」
「私らみたいなのはみんなこうだとは思うけど?
わざわざ人間を探してまで襲わなくても気分が乗った時だけでいいし」
華は構えを崩さなかったのですが、次の瞬間には目の前の少女は姿を消しておりました
「何だったんだ?前に感じた妖気といい、今回のといい」
首を傾げながら従者を追って行く華なのでした
後日、清涼殿にて鵺が討たれた・・・というのはまた別のお話
これまで全く今章主人公の容姿を書いていないことに気付き、冒頭に挟みました
華はこの時代の前後に元ネタ(と思われるもの)のあるキャラクターとは基本的に敵対関係になります
因みに信貴山縁起の舞台もこの後位の時代なので、他の星蓮船組とも合わせようかと一瞬考えて、即却下しました
平氏が政権握る前じゃ白蓮生まれてるかどうかも怪しいですし