名推理、してしまいました。
最近の王宮は、初めて来たときより、なぜかずっと警備が厳しくなっていた。
以前、麻薬団員の毒盛りの件でここへ来たときは、王城に入るときと王宮に入るときだけ、身元を確認される程度だったのに。
でもここ最近は、王城に入る前にも王宮に入る前にも、
行き先や要件を聞かれ、さらに鞄の中身まで必ず確認されるようになった。
お父様のいる国防省に入るときも同じで、身元確認と持ち物検査が当たり前のようになっていた。
不思議に思って、
「最近、ずいぶん厳しいですね。何かあったんですか?」
と、以前カイテルさんに聞いたことがある。
すると、
「うーん、まあ……ちょっとね……」
と、曖昧な返事が返ってきた。
――あっ、これは深く知らないほうがいいやつだ。
そう察して、それ以上は聞かないようにした。
「今日もありがとうな。昨日、ほとんど寝てなかったんだろう。早く帰って休むようにしなさい」
私はいつも通り、今日の七人の状況をお父様に報告した。
「今日は少し休みをもらいましたから、私は平気です。
それより、お父様のほうが顔色が悪い気がしますが……」
「あぁ、麻薬事件だ。また面倒なことが起きてな」
「そう、なんですね……」
その面倒なことが何なのか、ものすごく気になる。
でも、聞けない。
これ以上お父様の邪魔をするのはよくない。
そろそろ、大人しく失礼しよう。
「……では――」
失礼します、と言おうとした、そのとき。
――コンコン。
「アーロン大臣、エミール副団長がお見えです」
お父様の秘書さんが、そう報告した。
「通せ」
「失礼いたします。アーロン大臣、ルーカス・ブローカスの事件で、至急ご報告が――」
騎士団の副団長さんは、途中で私に気づいて言葉を切り、ちらりとお父様に視線を送った。
あらあら、もしかして……?
「リーマは大丈夫だ。報告を続けよ」
部外者の私がいるから、話していいか迷ったんだね。
「……あぁ。大噂のリーマさんですか?」
エミール副団長はさっきまでの真剣な表情から一転した。
ニヤニヤしながらカイテルさんをちらっと見て、そして私に声をかけてきた。
「初めまして。騎士団本部副団長のエミールです。以後お見知り置きを」
「……は、はい。よ、よろしくお願いします」
……大噂?
いい大噂だといいなぁ。
「では、ご報告いたします」
エミール副団長は、また一瞬で表情を引き締めた。
「一昨日の朝に発見された焼死体ですが、まだはっきりとルーカス・ブローカス本人と断定はできていません。
ただ、遺体の服に付いていたブローチは、間違いなくルーカスのものだそうです」
しょう……したい?
しょう?死体?
……傷?
……焼?
……あぁ。
焼・死・体、ね。
誰かが焼かれて死んだ、ってこと……?
「そのブローチにはブローカス家の紋章が彫られており、一つしか存在しないものです。
ルーカスが四六時中身につけていたと、ブローカス家のメイドが証言しています」
ルーカス・ブローカス……?
……誰だろう。
焼かれて死ぬなんて……可哀想。
「ブローチ以外に遺体がルーカス本人だと断定できる要素はない、ということだな?」
「はい。ただし、ルーカスの専属メイドはその遺体がルーカスで間違いないと強く主張しています」
「なぜ、そこまで言い切れる?」
「三年間専属として仕えていたため、体格や体の傷跡を記憶しているとのことです」
……専属メイドと旦那様。
恋愛小説でそんな設定、よくあった気がする。
身分違いの恋とか、密かな想いとか、なんとか……。
……もしかして、その二人も?
私は、エミール副団長の真剣な報告を聞きながら、うっかりそんな妄想を始めてしまった。
「他の使用人は?」
お父様は指で机を軽く叩きながら、さらに質問をした。
「遺体の損傷が激しく、はっきりとは分からないが、恐らくルーカスだろう、という態度でした」
「ルーカスの手は見つかったか?」
手?
「いいえ、まだ見つかっていません」
「手は、おそらく適当に森などに投げ捨てられていたのでしょうね〜」
ウィリアムズさんは、相変わらずのんびりした口調で言った。
こんな物騒な話の真っ只中でも、まるで世間話でもするかのように、口調がまったく変わらない。
……えっ。
焼かれて死んだうえに……そのあと手まで切られたってこと?
「そうだろうな。手はもう期待薄だろう。犯人の目星は?」
「ブローカス家には、執事から庭師まで八人の使用人がいました。
現在、七人は屋敷に残っており、取り調べを行っています」
エミール副団長は、淡々と続ける。
「ですが、庭師だけが一昨日から姿を消しています。
さらに三日前、その庭師はルーカスにひどく殴られていたそうです」
……殴られて?
ふむふむ。
「ルーカスに怨みを持っていた可能性があります。
そして庭師が姿を消したのはちょうどルーカスが殺された夜――時間的にも一致しています」
……なるほど?
「ふむ……しかし、あの男が簡単に殺されるような人ではないが……庭師は、どんな人物だ?」
「五年前からブローカス家で働いていたそうです。
最初は道具の修理や家の修理、使い走り、御者など——いわゆる何でも屋でした。
しかし二年前、屋根の修理中に転落事故を起こし、両手を骨折。
大怪我を負ったため、何でも屋の仕事ができなくなりました」
……両手を?
「その後、ちょうどルーカスが庭師を探していたため、庭師として雇われることになったそうです」
……ふむふむ。
三日前に雇い主にぶん殴られて、
怨みを募らせて、
一昨日その雇い主を焼き殺して、
しかも、自分を殴ったその手まで切り落とした……。
じゃあ、犯人は庭師確定じゃないかな?
私はそう思いながらも、お父様を見ると、どうにも納得していない様子だった。
……どうしてだろう?
死んだ人は誰なんだろう。
気になるね。
まあ、教えてもらっても知らない人だろうから、別にいいけど。
「現在も、その庭師を探していますが、まだ見つかっていません」
つまり、現在、絶賛逃亡中、と。
私は完全に他人事のまま話を聞きながら――
ふとある推理をひらめいた。
(……あっ!)
そっと手をポンと叩く――心の中で。
この推理って……
すごくかっこよくない!?
名推理じゃん!?
この短時間で、こんなかっこいい名推理をひらめくなんて……
この名推理、あとで忘れないようにお土産話リストに追加しとこう〜。
そう決めて、私はこっそり心の中で自分を賞賛しながら、改めてお父様とエミール副団長の話に集中した。
「……リーマ、ニヤニヤしているが、どうした?」
お父様は怪訝そうに私を見た。
「……っ!」
……えっ!?
わ、私、ニヤニヤしてた!?
お父様の前で!?
カイテルさんの前で!?
ウィリアムズさんの前で!?
しかも初めましてのエミール副団長の前で!?
みんな真面目な話をしているのに!?
私だけニヤニヤしてるとか最悪じゃない!?
そう気づいた瞬間、顔が一気に熱くなった。
「え、えーと……い、いいえ。何もありません……」
私は小さな声で答え、俯いた。
手が無意識にドレスをぎゅっと握った。
今の私の顔は――絶対真っ赤だ。
恥ずか死ぬ……。
「何か思いついたのか?」
カイテルさんはいつも通りの優しい声で聞いてきた。
でも今回は……聞かないでほしかった。
違うの。
絶対違うの。
絶対違うから恥ずかしいの――っ!
そう思うと、私はさらに俯き、顔を横に小さく振った。
「さっきの話、リーマはどう考える?」
お父様は微笑んで、温かい目で私を見た。
……その優しい眼差しの裏で、私はどう映っているんだろうか。
「……ちょっと、面白い仮説を思いついただけでして……」
「そんなに面白いのか?……どんな仮説だ?」
私は小さく息を吸って、覚悟を決めた。
「えーと……例えばですが……その死んだ男は、実は――」
一度、しれっとお父様たちの反応を見て――
「自分が殺されたように見せかけるために、庭師を殺して、その手を切断して、死体を焼いて……
そして、その死体に自分のブローチを付けた……とか……?」
シ――――――――――――――ン。
お父様も、カイテルさんも、ウィリアムズさんも、エミール副団長も――
四人そろって硬直し、誰一人として口を開かない。
……は、恥ずかしいっ!
誰か反応してくださいっ!
「……ど、どういうことだ?」
しばらくの沈黙のあと、お父様がようやく言葉を探しながら口を開いた。
「死体が誰だったのかを隠すために、焼き殺したんだと思うんです……」
私は俯きがちに話した。
「でも、その庭師は二年前に手を大怪我していましたよね?
ただ焼いただけだと、あとで『これ、本当に本人?』って疑われるかもしれません」
話しているうちに、だんだん楽しくなってきてしまい、声も次第に大きくなっていく私がいたのだ。
「だから――誰にも気づかれないように手首も切ったんじゃないでしょうか!?」
やっぱりこの名推理、結構かっこよくない?
「……なるほど……」
お父様は眉間に皺を寄せ、何かを考え込んだ。
「つまり、死んだのは庭師で、実際に行方不明――というか逃げているのは、あの男のほうです!
この仮説、どうですか!?
面白いと思いませんか!?
庭師が逃亡しているって聞いた瞬間――
私、すぐにこの名すい……仮説を思いついちゃって!」
「……」
四人とも、じろりと私を見つめた。
「庭師を殴った事件も、計画の一部だったのかもしれませんね〜。
庭師に動機があるように見せるために!
つ・ま・り、計画的殺人ですっ!」
「……」
四人は黙ったままだった。
……まったくウケてない。
「なるほど……そういう見方もあるんだな。確かに……面白い……」
お父様は両手を組んで、顎についた。
……おっ!
お父様は面白いって言ってくれた!
「あと、あの専属メイドも怪しいと思います。
焼死体だと、本当に自分だって誰かに証明してもらわないと困りますよね?
だから、共犯のメイドに、『これはご主人様です』って言わせたんじゃないでしょうか。
利害関係者とか……?恋人とか……?」
私は聞かれてもいないことをペラペラ話し続けた。
もう完全に、自分の中で盛り上がりすぎて止まらない。
「……なるほど……なるほど……」
お父様は何度も頷いた。
「……その男を捕まえるには、どうすればいい?」
カイテルさんは静かに口を開いた。
「うーん……専属メイドを尾行するのはどうでしょうか?
もし協力しているなら、あとでどこかで落ち合うかもしれませんし……
国外とか、海の向こうとか……一緒に逃げる可能性もありそうです〜」
身分差の恋愛といえば、駆け落ちが定番だもんね。
「なるほど……」
カイテルさんも頷いた。
お父様はエミール副団長に視線を送り、静かに頷いた。
エミール副団長は真剣な顔で頷くと、そのまま執務室を出ていった。
……今の視線と頷き……どういう意味だろうか?
まさか、私の名推理、採用されちゃう?
「リーマ、ありがとう」
お父様はふっと微笑んだ。
「参考になったぞ。もう帰って休んでいいよ」
本当に参考になったかは分からないけれど、素直に帰ろう。
これ以上、お父様の大事な時間を取るわけにはいかない。
「はい、お父様。お邪魔しました。失礼します」
そしてカイテルさんと一緒に、執務室を後にした。
でも、執務室を出る直前に見たお父様たちの顔は、私の名推理を面白がっている顔には見えなかったな。
少しでも役に立てたら、いいけど。
このときの私は、自分の名推理がどれだけお父様に役に立ったのか、まだ知る由もなかった。




